Neetel Inside ニートノベル
表紙

シェンロン・カイナ
24.狂気

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 森の奥にある夕闇神社からほとばしった赤い光を指さして、カンナが低く叫んだ。
「見て、クリス、やっぱり神社でイレギュラーが暴れてるんだわ。ひょっとしたら、あの殺人鬼と闘ってるのかも」
「ああ」とクリスは茫洋とした顔つきでカンナを眺めていた。
 時刻は夜十時。
 夕闇が丘にとっては深夜にも等しい時刻に、天使から授かったという彼女のイレギュラー探知能力が発動しクリスは後頭部を蹴られて起こされ、二人はここまでやってきた。
 だがクリスの意識はそんなことには留まっていない。
 ただ、かつての快活さを取り戻したカンナの横顔を見ていられるだけで十分だった。
 イレギュラーなんてどうでもいい。
 彼女が彼女らしくいてくれればそれでいい。
「クリス? どうかしたの?」
 カンナが訝しげに眉をひそめる。
「なんでもない。それより、急ごうぜ。敵が闘ってるなら、被害が広がらないようにしねえとな」
「その通りよ。あんたも探偵の心得ってもんがわかってきたみたいね、クリス」
 木々の中に隠されるようにして佇む夕闇神社に辿り着いた時には、あたりは夜の静けさを取り戻していた。
 どこかでほうほうとフクロウが鳴いている。
 二人は息を潜めて境内に入り、そして見た。
 ひび割れた地面と、広がった血だまり。
 そしてぱちぱちと爆ぜる何かの欠片。
 黄金の体毛。
(師走)
 その痕跡の他には何もない。その跡を残した者は立ち去ったのだろう。
 クリスは膝をついて、血に浮かんだ黄金色の毛を指で絡め取った。
 それはまだ、体温を宿していた。
(おまえだったんだろ、師走)
 いなくなった弟、途端に起こった殺人。
(おまえがどうして人殺しなんかしたのかはわからないけど、俺はこのことをカンナには言えなかった。
 だってそうだろ、おまえとあいつが闘うところなんて見たくない。
 そう思っていたのに、マリを殺し、おまえまでこんなことになっちまうなんて)
 けれどクリスは反面、こう思った。
 これが相応しいのかもしれない。自分もいつか、こうなるのかもしれない。
 人殺しがのうのうと生きていける道理があっていいだろうか。
 むしろ、そうならないと思うことがおこがましいのだ。
 クリスは深いため息をついた。とにもかくにも、この町を脅かした殺人鬼は死んだ。それは事実なのだ。
 カンナが虫眼鏡を片手にあちこちを見て回っている。
「うーん、このイレギュラーの手がかりになるものはないかしら?」
 やれやれ、とクリスは苦笑した。
 カンナのやつ、いつも偉そうなくせに重大な証拠を見落としてやがる。
 ぽん、と肩を叩いて、クリスは事件の終わりを示す金色の体毛を彼女の前に晒した。
(ようやく終わったな、カンナ――)
 しかし、彼女の返答は彼の想像とはまったく異なるものだった。
「何それ、犬の毛? 何かの手がかりになるかしら」
 小首をかしげるカンナを見て、クリスは口元を引きつらせた。
 誰がどう見たって犬のものではないことは明らかだった。クリスの手が震えた。
 べっとりついたこの血が見えないのか。
「おまえ、なに言って」
 ハッとクリスはカンナの瞳を覗き込んだ。茶色い虹彩が不思議そうに見返してくる。
(もしかして、カンナは認めたくないのか、殺人鬼が死んだって。この一連の事件の始まりになった存在が、自分の知らないところで勝手にくたばったなんて、思いたくない、信じたくない、事件を終わらせたくない――そういう、ことなのかよ、カンナ)
 うふふ、とカンナが微笑む。
「ねえ、月が綺麗な夜だからって、ヘンなこと考えないでよね、クリス。私たち、捜査しにきたんだから。ね、殺人鬼を捕まえたら、ううん、イレギュラーをみーんな倒したら、二人でどっか遊びにいこうね、クリス」
 ああ、そうだな、そう答えることしかクリスにはできなかった。
 二人の頭上で淡い満月が狂ったように輝いている。



<顎ノート>
リア充が困ってる!困ってる!うひょーい!
頭いたい。

カンナって花の名前なんですけど、その花言葉は「妄想」だったりします。
お花屋さんって最近見かけないな……。

       

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