Neetel Inside ニートノベル
表紙

シェンロン・カイナ
28.決着

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 見舞いにやってきた友人たちを笑顔で見送り、空木アキラは病室のベッドに深く身を埋めた。
 かつて藍馬カンナがお気に入りの安楽椅子にそうしたように、深く深く。
 謎の傷害事件の被害者として、アキラは病院に収容され、そのまま入院した。
 骨折した箇所は数え切れない。鼻骨は砕かれ、左足も折れている。
 だがアキラは何も感じなかった。苦しいとも痛いとも。疲れ切ってしまって、もう感じる、ということを身体も精神も拒否しているのかもしれない。
 だから、その朝、個室の引き戸を開けたのが見慣れたナースではないことにもさほど驚かなかった。
「よう、乱暴そうな看護婦さんだなァ。注射は嫌だぜ」
「ぶっすぶすにしてやんよ」
 気の毒がることもせず、架々藤ミルナが病室に入ってきた。
「殺しに来たのかよ、俺を」
「カンナもそう言ってたけどさァ~どんだけ殺されたいの? あんたら」
「違うのか」
「当ッたり前でしょうが」
 ミルナはパイプ椅子の背もたれに顎を乗せて座り、首を傾げた。明るい砂色の髪が流れる。
「ちょっと聞きたいことがあるのだよ」

「あんたたちが、能力者を異端と決めつけて狩りまくっていた――でもわからないことがまだある」
 アキラは窓の外の枯れた木を見ていた。
「それは死体をどうしたのか。あれだけの連続殺人で死体をすべて隠し通すなんて無理」
「カンナんちの庭に埋めてあるのさ」
「そんな跡なかった」
「調べたのか。暇なやつだな。本当は、カンナが魔術でぜんぶ消滅させちゃったのさ」
「それも嘘」
「なぜ」
「そんな魔術があるなら、マリの死体も消したはずでしょ。ああ、魔術って言い方は正しくないね。ただの超能力なんだから」
「……」
「なんでマリの死体を消せなかったか。それはいつも死体の処理をしていたやつが、カンナの前で能力を使うわけにはいかなかったから。だから、あの子の死体だけはそのままにして、ホールを後にしなければいけなかった……ねぇアキラ?」
 アキラはため息をつき、身をよじって、食事用のテーブルの上のペットボトルを手に取った。
 そして、それをテーブルにとくとくとこぼした。シミルナはじっとしてその様子を見つめている。
 アキラが人差し指で水に触れると、波紋が広がった。その波紋は消えることなく水面を往復し続け、やがて、水は青くなった。
 ミルナが覗き込むと、水面の奥になにかあった。
「……なにあれ、雲?」
 もくもくとした入道雲が、のんびりと動いていた。ミネラルウォーターの中を。
「俺の力は、水に触れると異世界の空と水面を連結させることができる。そして、その空の天気も操れる。
 なぜマリが敗れたか、教えてやるよ。ホールの天井に俺が触れた水を撒いて、空に繋げ、雨を降らせた。
 知ってるかどうかわからんが、マリの糸は雨に溶ける性質があったからな。そうして後はカンナがマリをこんがり焼いちまった、ってわけだ」
「死体も、その空に落とした?」
「ああ。もっとも、カンナはイレギュラーを探知する能力を天使から授かったとかで、やつが眠ってる間にしかできなかったがな。今もこの空の向こうにゃ、永遠に落ち続ける死体どもがわんさかいるんだろうよ」
 これで満足か、とアキラは空ろに笑った。
「洗いざらい話してやったぜ。もう満足したろ。帰れよ。もう何も考えたくないんだ」
 ミルナは席を立たなかった。まるで、もうひとり誰かがそこにいるように、中空へ視線を注いでいる。
「天使って?」
「ああ、なんだったんだろうな。カンナにイレギュラーの存在を教えて、そいつらが能力を使うと居場所がわかる能力をくれた、とかいってたが……今となっちゃ、それもあいつの妄想だったのかもな」
 なァ、とアキラは帰りかけたミルナを呼び止めた。無視していってしまうかと思ったが、彼女は振り返った。
「ひとつ、俺の妄想をいってもいいかい」
「ん?」
「天使っていうのは、おまえのことなんじゃねえのか」
「……」
「おまえは暇をもてあました天使で、ついこの間、天界から降りてきたんだ。
 闘いとか賭け事が大好きで、人間界が羨ましすぎて堕天してしまった陽気な天使。
 地上に舞い降りたおまえは、カンナに目をつけた。
 こいつなら自分と闘える。ワクワクできる。そう思って、カンナに闘う理由を与えて炊きつけて、次に自分の記憶を封じた。
 敵の正体がわかってるなんて、面白くないとでも思ったんじゃないか。
 そうして、人間のフリをした。その身体がおまえのものか、誰かのものをのっとっているのかはわからない。
 でも、そのエメラルド色の眼が証拠だ。
 そして、十分面白おかしく遊んで、俺たちをめちゃくちゃにした天使様は、これから天国へ帰るところなのさ」
 その妄想は、入院してから白い天井を見続けてきた、アキラの解答だった。
 カンナを失った現実を、アキラなりに整理して辿り着いた、答え。
「そんなに、生きてることとか、自分にわかりやすい理由がほしい?」
「え……」
「バカじゃないの?」
「…………」
「あんたらはもっと、ヘンな自分を信じてあげればよかったのだよ。あんたも、師走も、カンナも、自分がヘンだと思い込んで、暴走してしまった。
 どうしてもっと、信じてあげられないんだろう。他にはいない、たったひとりの自分なのに」
 ミルナは窓を開けた。冬の冷たい外気が室内を取り巻く。
「それでも」
「え?」
「それでも、俺はカンナの味方だったんだ。俺だけは、裏切るわけにはいかなかった。たったひとりの、おまえには分からないだろうが」
「……まだやるつもり? カンナの味方を。もうどこへ行ってしまったかもわからないのに」
 アキラは力なく、ベッドに倒れこんだ。
「それが俺の、生きていく言い訳だからな」
「フゥーム」
架々藤未流那は愉快そうな顔で少年を見やった。



<顎ノート>
で、冒頭に繋がる、と。
わかりにくいですが、カンナは失踪して行方不明になってます。
行方不明になったあとは、今度は自分を吸血鬼と勘違いしてまた気が狂う設定予定があったけど、そんなことはなかったぜ

       

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