Neetel Inside 文芸新都
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夏の文藝ホラー企画
掌編/稲川風/田中太郎

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 後ろから気付かれないように近づいて、相手の目を手で隠して「だ~れだ?」ってやるやつ、あるじゃないですか。あれって怖くないですか?
 目隠しされた本人は相手が誰だか分からない。声で知ってる人間だとすぐ分かればいいのですが、ピンとこなかったら本当に誰だか分からない。そこに本当に人間がいるのかも分からない。もしかしたら、手だけが自分の目を覆っていて、声だけが聞こえていて、そこに誰もいないんじゃないか、という気がしてきませんか?
 これは友人から聞いた子供の頃の話なんですけどね。目隠しされて「だ~れだ?」ってやられたら、それが誰の声か分からなかったら、絶対返事をしちゃいけないって言われてたんですよ。誰だか分からないのに返事をしたら、『さっちゃん』に連れて行かれるんだそうです。
 子供達は当然、そんな話を聞いたら面白がってみんなで「だ~れだ?」ってやるわけですよ。それも、簡単には分からないように、別のクラスの子を狙ったりとかしてね。
 夏休みの前のある日にね、生徒が一人、いなくなったんですよ。
「あいつどこいった?」
「おれ知らないよ」
「おれも見てないよ」
 みんな言うんです。
 先生が詳しく話しを聞いたら、どうもその生徒、昼休みまでは学校にいたらしいんです。生徒たちが言うには、その生徒、廊下で女の子に目隠しされてたらしいんですよね。おかっぱ頭で赤いスカート履いた女の子が、その生徒の後ろに立って目隠ししてたって。
 でもおかしいんですよね。その女の子は誰だ? って先生が聞いても、みんな知らないって言うんですよ。先生、他のクラスにも聞いて回ったんですけど、どうもそんな生徒はいないらしい。おかしいな、変だなって話になってね。
 その時にね、誰かが言い出したんです。
「おい、あいつもしかして、『さっちゃん』だったんじゃないのか?」
「そうだ、『さっちゃん』だ。きっと『さっちゃん』に連れてかれたんだ」
 先生、その『さっちゃん』の話を知らなかったんですね。馬鹿馬鹿しいって言って相手にしなかったんですよ。
 結局、行方不明の生徒の件は警察に任せる事になって、先生、当直で学校に残ったんです。
 で、日も沈みかけた頃、見回りで廊下を歩いていた先生を、突然、誰かが後ろから目隠ししたんです。
 先生、怒って振り向こうとしたんですが、体が動かない。コンクリート漬けにされたみたいに動かない。
 そこへ、女の子の声が聞こえてきたんです。
「だ~れだ」
 って。
 先生、学校に残っていた生徒のイタズラかと思ったんですけど、ちょっと待てよ、と。相手が生徒だったら、なんで大人の自分に目隠しできるんだ? って思ったんです。
 手が届くはずがない。これは普通じゃない、って。
 そして思い出したんです。生徒たちの言っていた『さっちゃん』の話をね。
 もう、うわああああ、っていうくらい震え上がって、先生、一言も喋らないでじっとしてたんです。
 そしたら、フッと気配が消えて、目を覆っていた手が外されたんです。
 先生、慌てて後ろを振り向いたんですけど、そこにはだ~れもいないんです。
 次の日からその学校じゃ、「だ~れだ」って目を隠すの、禁止になったんですよ。
 おかしいでしょ、だって生徒たちみんな、それまでやっていた「だ~れだ」をピタっとやめたんですよ。普通先生に言われたからって、すぐに全員、そんなに、言う事聞いたりしないでしょ。
 その先生、付いてたんだって。
 顔の、目のあたりにね。
 子供の手のひらの痕が、くっきりと。

       

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