Neetel Inside 文芸新都
表紙

夏の文藝ホラー企画
短編/Lack/山田一人

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 僕は毎朝、異端審問所の前を通って学校へ向かう。
 今日も審問所の前を通る。異端者の悲痛な叫び声が、建物から漏れて僕の耳に入り込む。嫌な感覚だ。よく晴れた清々しい朝だというのに、僕の気分は一気に落ち込む。
 とぼとぼ歩きながら僕は学校に到着。教室に入ると、鞄を机の横に掛けてそのまま机の上に突っ伏した。
「おはよう!」
 背中を叩かれて僕は身体を起こす。そして「おはよう」と返した。
 目を細めて僕に声をかけた人物を凝視する。友人のヨシトだった。
「登校して早々寝るなって。気分でも悪いのか?」
「そりゃあ、毎朝審問所の前を通って人の叫び声を聞いていれば気分も悪くなるよ」
「お前は馬鹿だなあ。馬鹿優しいやつだよ。異端者は殺されて当然。だろ?」
「うん、そう習ったね」
「だからお前がへこむことないって」
「ありがとう、ヨシト」
 ヨシトは友達思いのいい奴だ。僕の一番の親友でもある。
「おうよ。あっ、先生が来たから席に戻るな」
 そう言って、ヨシトは少し離れた自分の席に急いで座る。それと同時に、先生が教室の扉を開けた。
「出歩いている人はいませんね。お利口です。では、日直」
「起立!」
 日直のカナタ君が元気に号令をかけ、立ち上がる。それに続いて僕たちも立ち上がる。
「礼!」
「おはようございます!」
 教室にあいさつが響き渡る。先生は満足げな表情で頷く。それを見て、カナタ君は「着席!」とまた声を張り上げた。


 四時限目終了のチャイムが鳴り響く。それと同時に僕のお腹の虫もぐぅと音をたてた。
 待ちに待った給食の時間である。僕は教科書をしまうと、水道で手を洗い、割烹着を着る。今週は僕が給食当番なのだ。
 廊下に整列。他の当番が揃うと、僕たちは配膳室に向かう。各自が自分の担当するものを持ち、教室へと運んで行く。僕はサラダの入った小さな食缶を持って、教室へ運んだ。
 運んだ食缶を黒板の前に用意された配膳台の上に置く。全ての食缶が配膳台に置かれた時点で、並んでいたクラスメイトたちが食器を持って動き出す。僕はおたまを持ってサラダを分けていく。
 だが、僕はすぐにサラダをこぼしてしまった。遠近感が掴めず、食器よりも手前にサラダを落としてしまったのだ。
「ごめんね」と、僕はこぼした相手に謝る。
「しょうがないよ。ナオヤ君は目が悪いんだから。気にしないで」
 その優しい言葉に僕は感動する。なんて素敵なクラスメイトだろう。
「ナオヤ君、私が代わりにサラダを分けるよ」
 食器運びを担当していたミノリちゃんが申し出てくれる。
「ありがとうミノリちゃん」
 僕はお言葉に甘えてミノリちゃんに交代してもらった。
 割烹着を脱ぎ、給食を受け取るために列に並ぶ。そして自分の分と、配膳をしているミノリちゃんの分の給食を受け取る。
 僕の横では、ジュンヤ君とミキちゃんが給食を受け取れない他のクラスメイトの分を受け取っていた。
 みんながみんなを思いやり、助け合う。僕はこのクラスが大好きだ。


 全ての授業が終わり、帰りのホームルームが始まる。
 先生は教卓に手をつきながら、教室を見回して全員いることを確かめると、話を始めた。
「みなさん、今日も一日よく勉強しましたね。下校の前に今日も注意事項を話すのでよく聞いてくださいね。
 みなさんの知っての通り、この街にはいまだにたくさんの異端者が隠れています。とても危ない存在なので、彼らを見つけたら近くにいる大人に知らせましょう。そうすれば異端審問官を呼んで異端者を捕まえてくれます。
 異端者が捕まった場合、見つけた人には金一封が与えられます。きっとお父さんやお母さんが喜びますよ。
 いいですか。異端者を見つけたら、すぐに大人に知らせるんですよ」
「はーい」
 みんなが揃って返事をする。もちろん僕もだ。
「よろしい。これで先生のお話を終わります。日直」
「起立!」
 カナタ君が声を張り上げる。
「さようなら!」
 彼に続き、僕たちも声をそろえる。
「さようなら!」
 僕らの大きな声に先生も満足げに「みなさんさようなら」と返した。
「ナオヤ、帰ろうぜ」
 ヨシトが僕に声をかける。
「うん。それにミツル君も」
 僕は右斜め前の席に座るミツル君に声をかけた。ミツル君はこちらに振り向くと、こくりと頷いた。
 僕はいつもヨシト、ミツル君の二人と一緒に帰っている。家の方向が一緒だからだ。
 今日も三人で下校する。相変わらずヨシトはくだらない話が好きで、僕はいつも声を出し笑ってしまう。ミツル君もすごい楽しそうな表情で話を聞いていた。
「それでさぁ……っと、もうお別れだ」
 話に夢中になっているうちに、ヨシトと別れる場所へと着いた。
「この話の続きはまた明日な」
「うん。じゃあね、ヨシト。また明日」
 僕とミツル君は違う道を行くヨシトに手を振る。
「じゃあな!」
 ヨシトも大きな声で別れの挨拶をこちらに返す。手を振り返して貰えないのは残念だが、彼の右手は鞄で塞がれているからしょうがない。
 僕とミツル君は二人で歩いていく。今度は僕が一方的に話し続ける形になる。主に学校であった出来事などを話す。今日は歴史の授業で習った第三次世界大戦の話をした。この戦争を境に異端者が現れたというので、僕は好奇心をそそられていつもより熱心にこの授業を聞いていた。逆に昼寝をしていたミツル君に習ったことをたくさん話す。
 しばらく話しているうちにミツル君と別れる場所へと着いた。
「じゃあねミツル君。また明日」
 僕は手を振る。ミツル君も手を振り返してくれた。
 少し寂しいが、僕は一人で家までの道を歩いていく。
 このあたりは人通りが少ない。周りを見回しても僕以外の人は見当たらない。寂しい場所だ。
 しばらく歩いていると、前方からふらふらと歩く人が現れる。僕は目が悪いのでよく見えないが、おそらく大人だろう。体調が悪いのかな、と思う。
 その大人が男性だと分かるほどの距離まで近づくと、彼は小石に躓いて地面を転がる。その際に、彼の頭部から白い何かが取れた。
「大丈夫ですか?」
 僕は転んだ男性のもとに駆け寄る。彼の頭部から取れたのは眼帯だった。
「いてて……」
 男性は呻きながら身体を起こす。そして取れた眼帯に気づくと、慌てて拾い上げた。そして僕の方を見ると、土下座をした。
「すまない、見逃してくれ!」
 いきなり土下座をされて僕は困惑した。僕は彼に謝られるようなことをしただろうか。
「あ、あたまを上げてください」
 僕がそう言うと、男性は恐る恐る顔をこちらに向けた。そこで僕は気づいた。眼帯をつけていたのに彼の目には異常が見られない。
「あなた、異端者なんですね」
「見なかったことにしてくれ……!」
 男性は再び頭を下げた。
 なんということだろう。僕は初めて異端者に遭遇した。
 まわりを見回す。相変わらずここには人がいない。僕と彼の二人だけ。
『彼らを見つけたら近くにいる大人に知らせましょう』
 先生の言葉を思い出す。しかし、近くに大人はいない。
「早く眼帯をつけてください」
「え……」
「いいから眼帯を」
 男性は言われる通りに眼帯をつけなおした。
「いいですか。今、ここには大人も異端審問官もいません」
「本当か?」
 男性はきょろきょろとあたりを見回す。
「捕まりたくなかったら、僕についてきてください」


 久々にこの場所に来た。僕以外の誰も知らない場所。昔作った秘密基地。
 廃ビルと廃ビルの間にダンボールやビニールシートを使って作られており、人が一人寝ることができるくらいのスペースがある。
 荒らされた形跡がないことから、ここに気付いた人はいないと思われる。
「ここは……?」
「秘密基地です。ここに隠れていれば誰にもバレません」
 僕は少し得意げに言った。
「なぜ君は私をここに? 何をするつもりだ?」
 男性はまだ僕に警戒しているのだろう。だけど――
「僕はあなたを大人や異端審問官に引き渡すつもりはありません」
「ほ、本当か!?」
「ただ、異端者に会うのは初めてだったので、少し話してみたいと思っただけなんです」
 それは本音だった。これだけ世間で忌み嫌われている異端者がどんな人なのか。純粋に知りたかった。
「僕はなんで異端者が忌み嫌われて、殺されているのかが分からないんです」
「それは本当かい?」
「本当です。だから、あなたをここに連れてきた」
「そうか。まだこの世界にも、君のような人がいたんだな」
 男性はほっとしたのか、表情を緩めた。僕は少し顔を近づけて彼を良く見た。歳は三十台くらいだろうか。頬はこけ、疲れた目をしていた。
「な、なんだい」
 男性は急に顔を近づけられて戸惑っていた。
「すみません、目が悪いもので」
「なるほど、な」
 男性は僕の顔を見て、納得したようだった。
「あなたは目が良いんですか?」
「両目とも2.0はあると思う」
「羨ましい。それで、あなたは……」
「コサカだ。君は?」
「ナオヤって言います。それで、コサカさんは何をしている人なんですか?」
「何をしている、か。そう聞かれたら逃げている人、としか言えないな。異端者はみんなそうだ。私は昔から色々な街を転々として、審問官から逃げてきた」
「じゃあ、さっきも逃げている最中だったんですか?」
「そういうことだ。とは言っても、この街の審問官にはまだ見つかってはいないがね」
「そんなふらふらになりながら、ずっと逃げてきたんですね」
「最近はあまりゆっくりと寝ていないし、満足に食事もとれていない。君にもあっさり見つかってしまったし、この調子では審問官に見つかるのも時間の問題かもしれない」
「だったら、この秘密基地を使ってください。誰にも見つからないからゆっくり寝られますよ」
「いいのかい?」
「それに、食事だって僕が給食の余りを持ってくれば問題ないでしょう?」
「どうして……どうしてここまで私に優しくしてくれるのだ」
「僕が、コサカさんと色々話をしたいから、かな。それに、僕は異端者が殺される意味が分からない」
 コサカさんは目に涙を浮かべると、僕の両手を握りながら、何度も何度もありがとうと言い続けた。


 それから僕は、学校が終わると給食の余りを持ってコサカさんの元へ通うようになった。
 コサカさんは色々な街を渡り歩いてきたし、異端者として何度も特殊な体験をしてきた。僕はいつもその話を聞いていた。彼の話はとても刺激的で僕の心をくすぐる。
 そんな日々が続くうちに、僕はコサカさんに不思議な感情を抱くようになった。家や学校にいるときは何とも思わないのに、彼の姿を見るとその感情が胸の奥からふつふつとわいてくるのだ。
 この気持ちは何だろう。過去に同じような感情を抱いたことがあるかもしれないと思い、暇なときは昔を思い返すことが多くなった。
 そして、この感情は小さいころにヨシトにも抱いたことがあることを思い出した。いつだったか、ヨシトは親に買ってもらったのだと大きなロボットのおもちゃを僕に見せびらかした。
 僕の親はあまりおもちゃを買い与えてくれなかったので、ヨシトのおもちゃが羨ましかった。一時期、ヨシトに会うたびに羨ましいと思うようになっていた。
 それと同じなのだ。僕がコサカさんに抱く感情は。
 僕は何が羨ましいのだろうか。コサカさんの豊富な経験? この街から出たことがない僕は、コサカさんが色々な街で経験した出来事を羨んでいるのか。
 よく分からない。でも、僕の欲しいものを、コサカさんは持っている。


「こんにちは、コサカさん」
 今日も僕は給食の余りを持ってコサカさんの元へ行く。
「やあナオヤ君」
「今日はコウジ君が休んだから余った牛乳も貰ってきたよ」
 僕はコサカさんに食パン数枚とバナナ、牛乳を手渡した。
「いつもありがとう。とても助かるよ」
 コサカさんは笑顔でそれを受け取った。
 十分な睡眠と給食の余りのおかげで、コサカさんはだいぶ体調が良くなってきたようだった。今は季節的に暑すぎず寒すぎず、過ごしやすい環境だというのもあるだろう。
 それから、いつも通りコサカさんの話を聞く。今日は彼が三人の審問官に追いかけられ、命を落としかけたときの話を聞いた。映画や小説の冒険活劇にも劣らないハラハラした話に僕は夢中になっていた。
 だけど、話が終わると同時に胸の中のもやもやに気づく。あの羨ましいという感情だ。
 日に日に強くなるその感情は何に対してのものなのか。もう少しで気づけそうな気がする。だが、深く考える前に帰らなければいけない時間になった。
「それじゃあ、コサカさん。また明日」
「今日もありがとう。さようなら」
 僕は秘密基地を出る。少し歩いたところで偶然お父さんと出会った。仕事中なのだろう。スーツを纏い、手には鞄と書類の入った封筒をいくつも持っている。
「ナオヤ。どうしてこんなところに」
 お父さんは、僕がここにいるのが不自然だと思ったに違いない。なにせ鞄を持ったままだ。家に帰らず通学路ではない場所を歩いているのだから仕方がない。
「ちょっと寄り道したくなったんだ。最近はいろんな道を通って帰ることにしてるんだ」
「寄り道はいいがもっと早く家に帰るようにしなさい。母さんが心配するだろう」
「はーい。分かりました」
「よろしい。まっすぐ家に帰るんだよ。それと、異端者を見つけたら、すぐに近くの大人に通報しなさい」
「……はい」
「それじゃ、お父さんはまだ仕事中だから」
 お父さんと別れる。これからはもうすこし早めに帰るようにしなきゃいけないかな。
 僕は家に向かって歩いていく。


「ナオヤ君、私はこの街を去ろうと思う」
 いつも通り給食の余りを持って秘密基地向かった。すると、着くやいなやコサカさんは僕にそう言った。
「実は、昨日の君と君のお父さんとの会話が聞こえてね」
 申し訳なさそうに、コサカさんは言う。耳が良い人だ。異端者なだけはある。
「これ以上君に依存していたら、近い将来きっと君に大きな迷惑がかかる。異端者と仲良くしていたなんて他の人に知られたら大変だ」
「大丈夫だよ。ここは秘密基地なんだ。誰もバレてない」
「いや、駄目だ。昨日のお父さんのこともある。君がここから出るところを人に見られたらお終いだ」
「だけど……」
「ごめんよ。これは君のためなんだ。私はまた終わりのない逃亡の旅に出る」
 コサカさんの優しく、そして憂いを含んだ笑顔。
「ありがとう。君のような人間に出会えてよかった。それだけで、僕はきっと異端者の中で一番の幸せ者だ」
 もう彼の話を聞けないのかと思うと、悲しい気持ちになる。だが、それ以上にあの感情が胸の奥でうごめいている。
「さてと」
 コサカさんは立ち上がると、軽いストレッチを始めた。出会った時とは違い、目に、顔に、身体に活力が戻っているように見える。
「おかげで体調も良くなった。これならこの街を出るまでは問題なさそうだ」
 僕は彼の身体を見回す。身長は僕よりも高い。力強く身体を支える両足に、がっしりと筋肉の付いた両腕。十本の指をぐっと握り、拳に力を入れている。
「実は筋トレをしていてね。ずっと寝転がっているだけじゃ身体が衰えてしまうから」
 かさついているが健康的な色をした唇に生え揃っている歯。少し高めの鼻に大きく開いた両目。少し耳たぶの垂れた両耳に黒く伸びた毛髪。
「いつここを出るんですか?」
 僕はコサカさんに問う。
「そうだね、今日の夜にはここを発つつもりだ」
「少し待ってもらえませんか」
「どういうことだい?」
「明日のこの時間まで待っていて欲しいんです。しっかりとあなたを見送りたい」
「……ありがとう。君は本当に優しい少年だ。分かった、明日まで待とう」
 よかった。コサカさんは明日まで待ってくれる。今日ここを発たれては困るから。コサカさんの何が羨ましかったのかが分かったから。


 そして翌日。僕は秘密基地へ来た。給食の余りは持っていない。
「こんにちはコサカさん」
「こんにちはナオヤ君」
「ねえ、コサカさん。僕がいいって言うまで目を瞑っていてもらえますか?」
「え? ああ、いいけど」
 コサカさんは不思議そうな表情をしながらも、素直に目を瞑ってくれた。
 僕は鞄からあるものを取り出すと、それを掲げた。そしてそれを、全力で振り下ろす。
 鈍い音とともに、コサカさんは昏倒。僕の手に握られたレンチが鮮血に染まった。


「目が覚めた?」
 目を開いたコサカさんに、顔を近づける。
 彼はうめき声をあげながら、顔を苦痛に歪める。もぞもぞと動くが、両手両足を縛っているため、芋虫のようになっている。
「ど、どうして……」
「僕はね、気づいてしまったんですよ」
「まさか……」
「ずっと異端者であるコサカさんが羨ましかった。何が羨ましいのか分からない日々が続いたけど、昨日やっと気付いんだ。身体に欠けている部分が何一つないことが羨ましい。僕と違って両目が揃っているのが羨ましい」
 僕は片方しかない目でコサカさんの両目を見つめる。
「だから、ね。コサカさんの目を貰おうと思います」
「君も……他の人間と同じになってしまったのか」
「大人が異端者を嫌う理由も分かりました。みんな嫉妬しているんです。羨ましいんです。何一つ欠けていない異端者が。だって僕たち一般人は何かしら身体の一部が欠けているんだもの」
 コサカさんが悲しそうな表情で僕を見る。まるで、僕を憐れんでいるような。どうしてだろう。僕は少し大人になっただけなのに。
「だけど、僕だけコサカさんの目を貰うのはズルいですよね。みんな羨ましいんだもの。だからね、今日は友達を呼んできたんです」
 僕は後ろで待機していたクラスメイトたちに合図する。すると、待ってましたとばかりにみんながずらずらと現れた。
「おいナオヤ。本当に貰えるのか?」
 左腕が欠けているヨシトが僕に問う。
「本当だよ。ほら、ミツル君もこっちにおいでよ」
 舌が欠けているミツル君をコサカさんのそばに呼ぶ。コサカさんの口の中を見て、ミツル君は嬉しそうに笑った。
 他にも足の指が欠けているカナタ君や、鼻が欠けているジュンヤ君。両耳がないミキちゃんや臓器が欠けているミノリちゃん。多くの友人が次々にコサカさんへと近づく。両足が欠けていて車椅子で生活しているマサヒロ君もいるから秘密基地の周りはぎゅうぎゅうのすし詰め状態だ。
「じゃあ僕からいただきますね」
 僕は手を伸ばすと、コサカさんの右目に指を突っ込むと、眼球を引き抜いた。コサカさんが叫ぶ。僕は手のひらに眼球を乗せると、うっとりとしながらそれを眺めていた。
「ナオヤ君。終わったならどいてよ」
 後ろの人にせかされ、僕は後列に下がる。みんなノコギリやナイフを持って次々と自分に欠けている部位をコサカさんから奪っていく。それだけ、異端者が羨ましいということなのだ。
 一般人なら当たり前の感情だ。……僕は最近気付いたのだけれど。
 コサカさんの叫び声が絶え間なく響き渡る。
「おい君たち! 何か起きたのか!」
 突如、大人の声が聞こえた。僕のお父さんだ。スーツを来ているということは、また仕事中にこの近くを通りかかり、悲鳴に気付いたのだろう。
「ねえ、聞いてお父さん。僕、異端者を見つけたんだ」
「なんだって! ここで待ってなさい」
 お父さんは慌てて走っていく。異端審問官を呼びにいったに違いない。
 みんなが自分の欲しい部位を奪い終わって少ししてから、お父さんが審問官を連れてもどってきた。
「君たち、そこをどきなさい」
 審問官の指示に従って、僕たちはコサカさんだったものから離れた。もはや原型をとどめていないと言ってもいいそれを見て、審問官は言った。
「一度、君たちが奪った部位を元の場所に戻しなさい。それで、彼が異端者かどうかを確かめる」
 手放すのは名残惜しいが、審問官の言うことは絶対だ。僕たちは順番に奪った部位も元に戻す。
「これで全部だな。少し待ってなさい」
 審問官はコサカさんのチェックを始める。
「……ふむふむ。うん、問題ない。こいつは異端者だ。奪った部位は君たちにあげよう。君たちにはその資格がある。」
 僕たちはコサカさんだったものに群がり、それぞれ奪った部位を持っていく。よかった、この眼球が正式に僕の物になるんだ。
「こいつを最初に見つけたのは誰かね?」
「僕です」
「そうか。まだ子供なのに良くできた。君たちだけでこの異端者を処理したのだろう?」
「そうです」
「君たちは将来有望だ。きっと素晴らしい審問官になるぞ!」
「ありがとうございます!」
 とても偉い役職である異端審問官に褒められて、僕たちみんなは思わずにやけてしまう。
「あなたもいい息子を持ちましたね」
「私も鼻が高い。彼は自慢の息子です」
 お父さんにも褒められ、僕は有頂天になる。こんな嬉しい日は生まれて初めてだ。
「のちほど報奨金を贈りましょう。君たち全員にだ」
「ありがとうございます!」
 お父さんも満足げだ。
「ようし、みんないい子だからおじさんが夕ご飯を御馳走してあげよう!」
「本当? やったあ!」
 僕は飛び上がって喜ぶ。
「おじさんありがとう!」
 クラスメイトたちも僕に続いて飛び上がる。
「ようし、お寿司でもステーキでも何でも食べさせてあげよう!」
 廃ビルが立ち並ぶ場所で、僕たちの笑い声が響き渡る。ああ! 今日は人生で一番幸せな日だ!

       

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Neetsha