Neetel Inside 文芸新都
表紙

夏の文藝ホラー企画
掌編/ウソツキ/いそ。

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 その日は夏真っ盛りと言えるくらいの暑い日だった。現に、夕刻になった今でも暑苦しい。俺は車を駐車場に止めて出た。
「暑いなぁ……」
 わざとらしくそう言いながら、ネクタイを少し緩める。目の前には築40年といった所だろうか、ぼろそうなアパートが建っていた。
「早苗のやつ。元気かな……」
 久しく会っていない親友の姿を思い出す。もう、かれこれ6年以上は経つだろう。たしか、高校を卒業してから、彼女とは会うことを止めたはずだ。理由は覚えていない。いや、俺が思い出したくないだけだろう。
 そんな彼女から連絡があった。住所を移したという連絡だった。手紙の内容には、近くに来たときには、是非立ち寄ってくれと書かれていたので、俺は行くことにした。色々と、謝りたいことがあったからだ。
 ゆっくりとため息をつきながらも、俺はアパートの階段を上っていった。

「204……ここか?」
 手紙にあった内容を思い出しながら、俺は該当するドアの前に立った。
 一度大きく深呼吸して、俺は隣にあったチャイムに手を触れた。

 ピンポーン。

 懐かしいような効果音が辺りに響き渡る。だが、反応は無い。
「……おーい。さなえー?」
 チャイムでは応答がなかったので、俺はアパートのドアを何度かノックした。だが、返事は無い。
「……おかしいな」
 そう思い。今度はドアのノブを回した。

 ガチャリ。

「なんだよ。開いてるじゃねえか……」
 本人の許可なしに入ることは許されないことだろう。だが、そんな事よりもまず、俺は早苗の様子を心配した。もし、病気か何かで倒れていたら――そう思うと、中に入らずにはいれらなかった。

「おい。入るぞー」
 とりあえず断りの声を上げながら、俺は玄関を通り過ぎた。既に日は沈んでいたので、辺りは少し暗かった。ゆっくりと廊下に足を踏み入れる。その都度、床からミシッ……ミシッ……と、軋む音が鳴っていた。
 玄関を入った先にはダイニングキッチンがあった。台所の近くにはシンプルな食卓が1つ。そして、食卓のそばには古そうな扇風機が1台。それは首を旋回させながら、弱風を辺りに送り込んでいた。
「……もったいないな……」
 そう思ったのも確かだった。だが玄関の鍵を掛けずに、しかも扇風機の電源もつけっぱなしで外出するヤツなんていないだろう。だからこの時点で、俺は彼女が部屋のどこかにいると確信していた。
「とりあえず、コイツの電源を――?」

 カチリ。

 機械の電源スイッチを押す。だが、止まる気配は無い。

 カチリ。カチリ。カチリ。カチリ。

 幾度と無くスイッチを叩く。だが、やはり止まらない。

「だったら、直接コンセントを――……」
 言いかけて、俺は絶句した。

 俺が視線を泳がせたその先――。

 そこには、刺さっていないコンセントが転がっていた。

「っ!?」
 思考が現実に追いついたとき、俺は一度それから身を引いた。
(……なんだよ……こりゃぁ)
 どういうことなのか、さっぱり分からない。徐々に大きくなる心臓の鼓動音。それをなんとか落ち着かせようと、ゆっくり深呼吸する。部屋の中には、扇風機がただ回る音だけが鳴っていた。
(とにかく、彼女を探さないと……)
 冷や汗を拭いながら、俺は別の部屋に移った。

 そこは6畳の和室だった。気になるものと言えば、部屋の奥にちょこんと置かれている机。シンプルで書斎にありそうな形だった。何気なく、俺はそれに近寄った。机の面が少しホコリ被っている。
「……ん?」
 見ると、机の上に携帯電話がポツリと置かれていた。
(――あいつのか?)
 そう思うと、自然とそれに手が動いていた。そして、俺が持った瞬間だった。

 ピリリリリリッ!

「……っ!?」
 突如鳴り響く呼び出し音。言うまでも無く、この携帯からだ。ディスプレイに相手の名前と番号が表示されている。

 090○○○○2688。東雲早苗。

「早苗?」
 名前を見て俺は驚いた。もし本当に通話先が彼女であるのならば、この携帯は一体誰のなんだ? 考えている暇はなかった。俺はボタンを押して、ゆっくりと携帯を耳に当てた。
「もしもし?」

<…………>

「……?」
 応答は無い。それどころか、聞こえるのはノイズ音だけだった。不思議に思っていると、唐突に通話は切れた。
「なんなんだ……」
 気味が悪かった。とにかく、俺はこの携帯の持ち主を調べることにした。ボタンを巧みに操作して、この携帯のプロフィールにアクセスする。
 そこで、再び俺は言葉を失った。

 090○○○○2688。東雲早苗。

 ありえなかった。

 ピリリリリリッ!

 もう一度、携帯電話が鳴る。相手先は、この携帯。
(……出るか? いや……)
 否も応もなかった。手を震わせながらも、俺はもう1度電話に出た。
「……早苗。なのか?」
<――グスッ、ヒック……>
 スピーカーの向こうから聞こえてくるのは、誰かが泣きじゃくっているような声。不安になって、もう1度俺は尋ねた。
「早苗、だよな?」
<――どうして?>
「え?」
 はっきりと聞こえた声。早苗の声だった。彼女は俺が応答せずとも、構わず続けた。
<なんで? 私がいるのに……大好きだって言ってくれたのに……ねぇ。どうして? どうして、そんなやんちゃな後輩なんかにばかり目を向けるの? ねぇ……>
「……」
 俺は絶句した。いや、そんなはずはないと必死に自分を励ましていた。きっと、他の誰かのことだろうと逃避しようともした。だが、残念なことに彼女のセリフには思い当たる節があった。

 だが――どうして、早苗は知っているんだ?

「ち、違うんだよ。あれは、ただ……そう。たださ、あいつがほら、練習中に怪我しただろ? だから、たまたま俺が、家まで送っただけなんだ。そう。それだけのこと、なんだ」
 まるで詭弁だった。嘘なのは自分が一番知っていた。だが、それ以上に、通話越しの彼女のことを思うと胸が痛くなった。

<……本当に?>
「ああ、本当さ」
<送っただけで、キスまでするの?>

「……」
 今1つ分かったことがある。彼女は、俺の何もかも知っている。だが、白状はできなかった。今日はそのためにここに来たのだから。そう。彼女に謝りたくて、俺はここに来たのだ。だから、電話越しに解決なんてことはしたくない。
<――手紙>
「え?」
<きたでしょ? 手紙>
「あ、あぁ。届いたよ。だから、今、俺はここにいるんだ」
<……ふぅん>
 なんだ。彼女は、何が言いたいんだ。不意に、俺は気になったことを思い出した。
 手紙が着いたのは2010年。つまり今だ。だが、彼女が綴った文の最後には、2007年と書かれていた。つまり3年前だ。俺はてっきり、今日になって彼女が送ったものばかりと思っていたが……不思議に思い、俺はゆっくりと早苗に質問した。

「――なあ。早苗。今、どこにいるんだ?」




「ここ」

 後ろを振り向くと、そこには血まみれの早苗が立っていた。




「――し――もし――もしもしっ!」
「ん……」
 聞きなれない声に目を覚ます。窓からはうっすらと日が差し込んでいる。どうやら、あの部屋で気絶していたようだ。
「ああ、よかった。気がつきましたか?」
 上体を起こしながら、声がした方向に目を向ける。そこにいたのは中年ぐらいの男性だった。思わず、俺は質問した。
「……あなたは?」
 すると男性は、にっこりと微笑みながら言った。
「ここの大家です。朝の見回りに来たら、ここの部屋が開いていて、それで、中に入ってみるとびっくりしました。あなたが倒れていたんです」
「ああ、大家さん……ですか」
 まだ血のめぐりが良くない。長い夢を見ていたみたいだ……夢。夢?
「っ!?」
「ど、どうしました?」
 先ほどの光景を思い出し、俺は不意に立ち上がった。辺りを見回す。早苗の姿は、どこにもない。
「あの、すみません。突然なんですけど、東雲早苗って人のこと――」
「東雲さんですか?」
 大家さんはすんなりと彼女の名前を口にした。どうやら、間違いないらしい。彼女はここに住んでいる。
「……そうですか、彼女の友達ですか?」
「え、あ。はい」
 俺が頷くと、大家さんは深くため息をつきながら言った。
「――お気の毒にねぇ」
「はい?」
 嫌な予感が……いや、嫌な予感しかしない。

「まだそんな年でもないのに……首を斬って自殺だなんて」

 その瞬間、俺のありとあらゆる感性が麻痺した。それじゃあ……俺が、俺が見た早苗は一体……。
「どうしました?」
「い、いえ……実は――」
 俺は、昨日の夕刻にあった出来事を大家に話した。一通り話が終わると、彼は難しそうな顔をして言った。
「それは……供養かお祓いをしてもらった方がいいかもしれませんね……」
「そう。ですね」
 言いながら、俺は窓を見た。もしかすると、昨日のは夢だったのかもしれない。そう思えるほど、綺麗な朝日だった。
「それじゃ、俺、行きますね。迷惑かけて、ホントすいません……」
「いえ、早くお祓いしてもらった方がいいと思いますよ」
 その言葉に互いが笑いあう。なんて気さくな大家さんなんだろう。
「それじゃ。ありがとうございます」
 大家さんに再度礼を告げながら、俺は部屋を後にした。

「暑い……」
 早朝と言えども季節は夏。夕刻とはまた違った暑さが、俺に容赦なく襲い掛かってきた。
 アパートを降りて車に入る。ここでまた、むあっとした暑さが俺を包み込む。異常な温度に耐えながらもエンジンキーを挿して回す。問題なく、車は動いた。
「ふぅ……」
 運転席に座り込んで、俺はゆっくりと深呼吸をした。昨日のことを思い出す。血まみれだった彼女の表情は、冷酷そのものだった。辺りはこんなにも暑いのに、思い出すたびに俺の肌は鳥肌を立てていた。
(……本当に、祓いにでも行こうかな……)
 思いながら腕をさすり、車内のクーラーをつける。涼しくなるのには時間がかかりそうだ。
「しかし、あっついなぁ……」
 運転席に座りなおしながら、俺はわざとらしく襟のタイを緩めた。




「――ウソツキ」

 後ろから声がした。

       

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Neetsha