Neetel Inside 文芸新都
表紙

夏の文藝ホラー企画
掌編/トンネル送り/りょーな

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※一部ノンフィクションを含みます。一応、お読みになる際は自己責任でお願いします。











 私が小向先輩と知り合ったのは、大学2回生の夏であった。友人のサークルで開いてるバーベキューに混じった時に、友人から紹介してもらったのだ。彼は見た目は大人しく真面目そうであったが、実際は授業をサボっては廃墟や心霊スポットを巡るが大好きな不良だと聞いて驚いたものだ。
「このあと俺の家に来ないか?まだ誰にも話してない、唯一俺が出会った霊の話をしてやろう」
 私が聞いてきた都市伝説や怖い話は、文章や漫画、噂話…つまり、所詮は『又聞き』でしかなかった。これは初めて『直聞き』できるチャンスではないか?しかもまだ誰にも話してないということは、新鮮なネタということだ。二つ返事で私はその日の夜、先輩の家にお邪魔することにした。
 これが、私が初めて恐怖体験談を『直聞き』する経緯である。



 先輩の住んでいるアパートは大学から徒歩5分くらいの、めちゃくちゃ近い位置にあった。しかし、先輩はその距離ですらバイクでかっ飛ばして登校してくる。先輩のスピード狂はサークル内では有名であった。
 この日も、先にバイクで帰るといって住所だけ教えてもらった。友人も誘ってみたが、アブない予感がすると言って逃げられてしまった。
 バーベキュー終了後、彼のアパートへ訪れるとなんとパンツ一丁で出迎えてくれた。
「すいません、失礼しました」
 友人の予感は当たったらしい。私が訪問して数秒も経たないうちに引き返そうとしたところ、小向先輩の怪力で無理やり中へ引き入れられた。
「こんな格好で言ってもアレだが、変な事はしない!理由があるんだ、聞いてくれ!!」
 女の後輩を部屋に招いておいて、ほぼ全裸で出迎えられた私の不安は分かっていただけるだろうか。今思い返しても恐ろしい話だが、当時の私はその言葉を信じて先輩の話を聞くことにしたのだ。…なんと無防備な。
 先輩の淹れた粗茶をすすりつつ、例の怪談話を聞くことにした。
「時は、1年前の今と同じ頃に遡る」




 


 当時から俺は授業をサボっては、バイクで好き勝手に走り回っていたという。県内の全ての廃墟、心霊スポットは全て巡ったが実際に怖い目に遭ったことは無い。単に噂でしかないのか、それとも俺自信に強い耐性があるのか。とりあえずこれだけ動いたのだから、一回くらいは霊を見てみたいという思いが日に日に強くなっていった。
 夏休みに入った時、圏外にまで足を運ぼうと考えた。そこで当時仲の良かった1年下の後輩、柚山にどこか知ってるかと尋ねたところ、「AB山のCDトンネル」との答えが返ってきた。
 「中の灯りが全部消えてるトンネルなんスけど、夕方そこの中を歩いているとヤバい化物に遭うらしいんスよ。コム先輩ぱねぇんで、行ってみたらどうスか?」
 幽霊、お化けが出ると聞いたことはあるが、「化物」が出るとは聞いたことがない。
 すっかり好奇心に火をつけられた俺は、さっそく柚山と一緒にそのトンネルへと向かった。
 AB山のCDトンネルとは隣県との県境にある古いトンネルで、中の灯りが全て壊されているという少し怪しいトンネルである。何回か改修工事が行われたらしいが、今も灯りは壊されたままらしい。
 いざ到着すると、思ったよりも綺麗なトンネルであった。改修工事の際に、中の壁も新しくしたのだろうか。入口にバイクを置くのは不安だったので、バイクを牽きながらトンネル中の歩道をあるくことにした。
「その化物って、どんなのか知ってるか?」
「えっと、よく分からないですけど古い時代の化物らしいッス。だから昔の格好とかしてるんじゃないスか」
「人の形をしてるのか?」
「多分…。服を着てない化物って、なんかマジモンぽくてヤバそうっすもん」
 だから「化物」と呼ばれるんじゃないのか。どうも柚山の言う「化物」は、妖怪に近いニュアンスで使われるようだ。どっちでもいい、噂が本当なら。
「お前ちゃんと調べとけよ、怖さ半減じゃん」
「すいません。俺も又聞きなもんで。…そろそろ出そうっすよ」
 時計を見てみる。午後4時半くらいだ。
「出なかったらメシおごれよ」
「勘弁してくださいよ」
 軽口を叩きながら、薄暗いトンネルの中を進む。入口から射す光が届かないところまで来たので、そこからは雰囲気を出すために懐中電灯で前方を照らしながら進んでいく。
 灯りが無いトンネルは、本当に真っ暗であった。まるで洞窟を探検しているような気分になる。
 どんな化物が出てくるかについて柚山と語っていると、トンネルの出口らしき明かりが見えてきた。
「なんだ、反対側に出ちまった。戻るか」
 引き返そうとして後ろを振り向いたその時、シャツの裾を掴まれた。
「あ?なんだよ、ゆずや…」
 隣を見ると、青ざめた柚山が俺のほうを見つめてた。俺の裾を引っ張る「何か」は、背後にいるようだ。
「コム先輩…」
 情けない声を出した柚山の服の裾を、白くて小さな子供の手が引っ張っている。俺は思わず振り向いた。
 俺と柚山の中間に、小学生くらいの子が立っていた。浴衣を着ていて、坊ちゃん刈りだ。俯いているので顔は伺えないが、直感で男の子だと思った。
 男の子は鼻息がとても荒く、ふーふーと肩で息をしていた。よく見ると威嚇する犬のように歯をむき出しにしている。
 怒っているんだ、と思った。



 目の前に、いくつもロウソクが並んでいた。
「え!?はぁ?」
 俺は混乱して辺りを見渡した。裾を掴んでいた子供は居なくなっていた。
「先輩!ココ…、ど、どこッスか?」
 柚山が隣でパニックになっている。
 ここはどこかの祠のようだ。目の前に大きな祭壇があり、後ろにはトンネルが見える。俺達はトンネルと祭壇の中間にいるようだ。トンネルの横にある看板には、聞いたことのない地名が記されていた。







「俺達が居たのは、ここから200キロくらい離れたところにある廃道だった。その廃道の一番奥に祀られている祭壇の前に、いつの間にか『飛ばされた』らしい」
 先輩はそう言うとタバコの煙を吐いた。
「え、どういうことですか?」
「俺達が遭った子供に名前を付けるとしたら、『妖怪トンネル送り』。そのトンネルに大昔から居て、そいつに服の裾を掴まれるとどこかのトンネルに『送られる』らしい。飛ばされた、の方がしっくり来るがな。地元では有名な怪談だそうだ」
「先輩達はなんでそのトンネルに送られたんですか?」
 小向先輩は灰皿にタバコをぎゅっと押し付けた。
「知らん。その祭壇について調べたが、トンネル送りとは何の関係もなかった。多分ランダムなんだろう」
 なんとも現実味のない、不思議な怪談である。少し拍子抜けしてしまった。
「お前、あまり本気にしてないだろう」
「だって私、妖怪とか信じてないですもん」
「俺がなんでこの話を誰にも言ってないか分かるか?」
 一拍置いて、先輩は口に銜えたタバコに火を付けた。
「この話は現在進行形なんだ」
「…え?」
 少し背筋が寒くなった。
「俺と柚山はバイクごと飛ばされたんで、なんとかその日の内に帰ることができた。まだ帰れる距離だったから相当運が良かったんだろう。少し混乱してたが、生まれて初めてお化けを見た興奮と恐怖を語りあいながら帰ったさ。…次の日、柚山は死んだ」
「え?な、なんで…」
 ふーっと煙を吐く小向先輩は、どこか遠くを見つめている。
「E県の高速道路のトンネルで、トラックに跳ねられたらしい。…パジャマ姿でな」
 E県はここから相当離れた県だ。飛行機でも使わない限り、一日で辿り着くことは不可能である。
「あいつの部屋にあった置きっぱなしの財布から、事故に遭う直前に大学前のコンビニに行った記録が記されたレシートが見つかった。そんなの見なくても、俺はピンと来たよ。『あいつはトンネル送りにやられた』…ってな。どうやら、俺と柚山は憑かれてしまったらしい」
 彼はそう言って顔を上げた。暗い瞳で見つめられ、ゾクッとした。これは聞くべきでは無い話だ。冗談半分で聞いてはいけなかったのだ。
「俺は服の裾を掴まれないように、ウチに帰ると服を全部脱ぐ。こんだけ近い距離でバイクをカッ飛ばして登校するのも『アイツ』対策だ。学校の中でも、なるべく集団で行動している」
 タバコを灰皿に押し付けると、先輩は「もう帰れ」といった。
「すいません、その…私…」
「お前が聞きたかったのはこういう話じゃなかったと思う。でも、俺がもし油断して『飛ばされて』死んだ時に…理由を知っている奴が一人でもいれば、と思うと少し楽になれるんだ」
 勝手ですまん、と玄関で頭を下げられた。私も何か元気づけるようなことを言ったと思うが、動揺していたので今は覚えていない。
 ドアを閉める直前、手を振る先輩の後ろに何か見えた気がした。
 その日から、私はあまりサークルに顔を出さなくなった。なんとなく気まずい感じがしたからだ。







 翌年の冬。
 小向先輩を紹介した友人から、彼の訃報を聞いた。
 異常な死に際で、Yシャツにパンツ一丁という格好でF都の地下鉄の電車に轢かれたらしい。珍しくサークルの飲み会に参加した次の日の事故であったという。
 以来、私はドライブなどでトンネルを迂回するようになった。もちろん、地下鉄も避けている。
 不思議なことに、小向先輩が事故に遭った日にCDトンネルは崩れてしまったらしい。原因もよく分かっていない。
 …この一連の怪異に、なんの因果が会ったのか。未だに謎である。






       

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Neetsha