Neetel Inside ニートノベル
表紙

現神凉子と人造人間をつくろう
現神凉子と宇宙人を探そう

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「はじめ少年は宇宙人を信じるか」
 現神凉子(アキツミカミ リョウコ)が言ったのは、テーブルゲーム同好会の部室で将棋をさしているときだった。
 こいつはたまにこういうことを言う。まあ病気みたいなものだ。最近はそんなこともなくて、安心していたらこれだ。
 どう答えるべきか考えていると、現神は金を手に持って、それを裏返そうとする。
「金は成らないぞ」
 今から一時間ほど前だろう。現神がとつぜん将棋がしたいと言い出した。こういうわがままならよくあることだ。
 別に俺としても将棋をやるくらいならいくらでも付き合う。宇宙人なんかよりもはるかにましだ。
 が、だ。現神の将棋をやりたいという衝動は突発的なもので、盤もなければ駒もない。
 現神は顎に手を当てながら、教室を行ったり来たり。しばらくして手をポンと叩いた。
 「行こう」と俺の手をとると、文化部の部室がある特別教室棟の一番端の部室、テーブルゲーム同好会にやってきた。
 俺と現神はここの部員(会員か?)ではない。というか、俺はこの部活の存在を現神に連れてこられるまでまったく知らなかった。
 現神はなんの躊躇もなく部室に入ると、とつぜんの来訪者に驚いている部員たちをよそに、将棋盤を見付け出して、席に着くと、俺に笑顔で「やるぞ」と言うのだ。
 いざ始めてみれば、現神はまったくルールを知らなかった。
「成金というだろう」
「それは別の駒が敵陣に斬り込んで金と同じ働きができるようになることを言うんだよ」
「金が成るのではなく、金に成る のか」
 納得したのか現神は盤上に裏っ返した金を元に戻した。俺はその金を馬でとる。すると現神の手元から飛車がとんできた。
 現神は銀を手に取ると得意そうな顔をした。
「ふ、どうだ。目先の金に気を取られ、角を失ったぞ」
 得意顔はすぐに青ざめる。俺が桂馬で飛車をとったからだ。
「なんだ、その動きは。卑怯ではないか」
 まあ、なんとなく言いたいことはわかる。一マスとばして跳んでくるのだから。
だけど。
「最初に説明しただろう」
「知らん」
 現神は両手を組んで、そっぽを向いてしまう。幼い子供のようにほっぺを膨らませて。そんな姿を不覚にも可愛いと思ってしまうのは本当に不覚だ。
「お前って黙ってればかわいいのにな」
「よく言われるな」
 というわりには、心底嬉しそうに頬を緩めている。
「ちなみに褒め言葉じゃないぞ」
「そんなことはない。私がアメリカに一時期住んでいたことは話したな?」
 確か聞いた気がした。遠い昔に。ただそれが今関係あるのか。俺の顔に浮かんだ表情を読み取って語りだした。
「むこうの男性によく言われたよ。『僕は日本に詳しくないが、日本人形は知っている。きみの長い黒髪とカタナのような瞳、淡く白い肌はまさしくそれだよ。ああ、きみをもし日本人形のようにディスプレイに飾ることができたら最高なのに』とな」
 よくこんなことを言うアメリカ人がいるのならアメリカは焦土と化せばいいと思う。
 しかし、やっぱりほめられていない。
「要するに、人形のように物言わない存在だったら最高だってことだろ。しゃべったらうぜえってことだよ」
 現神はぶすっとした表情で不満を口にする。
「少年はひねくれている。そんなことだから童貞なのだ」
「マリア様の台詞とは思えないな」
「私の初めては好きな人に捧げるつもりだからな。ちなみに少年のことは好きだぞ」
「おだてたところで勝負は勝負だ。待ったはないぞ」
 結局のところ話をそらしているようで、どうにか飛車を奪われないように、待ったを俺に認めさせるために行動していたのだ。現神はそういう奴だ。変なところだけ賢しい。
 俺も最初は好きという言葉にどぎまぎしていいようにされてはいたけれど、人には免疫力というものがある。回数を重ねれば冷静にもなる。
「やっぱり嫌いかもしれない」
 俺がやさしくないとわかるとすぐに手のひらを返した。
 それからまた宇宙人の話をはじめた。
「それで宇宙人は信じるのか?」
「これが終わったらな」
 俺が盤を指さして言うと、現神は将棋盤をほおり投げた。その将棋盤は俺達の動向をさぐるように見ていたテーブルゲーム同好会会長を直撃した。が、現神はそんなこと気にもとめない。
「こんなものがあるからいけないのだ」
 自分がやりたいと言ったくせして、負けそうになると駄々をこねる。面倒くさい女だ。もちろん手を抜けばそれはそれで怒る。やっぱり面倒くさい。自分が気持ちよく勝ちたいだけなのだ。
 俺はそんなわがままに付き合ってはやらない。俺も現神と一緒だからだ。だから現神はよくへそをまげる。
それでも俺とつるんでいるのは現神に他に友達がいないからだ。
「人の事を言えた義理か」
 と、手厳しいツッコミが入るけれど現神よりは友達は多い。
「左手で足りるだけだろう」
 その通りだが、つけくわえるなら右手にもうひとりいる。恋人が。
 で、宇宙人を信じるかどうかだけれど。
「いたらいいな」
「実にきみらしい答えだな。いるとはこれっぽちも思っていないが、いたらそれはそれで面白そうだ ということか」
 俺のたったの一言で気持ちを完全に代弁してくれるのはありがたいことだ。
 もし宇宙のどこかに人間のような知的生命体が存在するのなら、地球とコンタクトをとってもいいはずだ。
「文明レベルが我々と同じだと考えれば未だに異星人が地球人類とコンタクトをとらないのもわかるだろう」
「で、それはどこにいるんだ。海王星か、元冥王星か、太陽系の外か? 雷王星なんて言うなよ。どれにしたって文明レベルが同じなら俺達が生きているあいだの遭遇はなさそうだな」
「ところが私は昨日、おみかげ神社の裏にある山の上を飛ぶ謎の飛行物体を」
 文明レベルの話はどこにいったと言いたいところだけれど、結局この話がしたかっただけなのだろうから言わないことにした。
 俺は現神の声を遮る。
「それは飛行機だ」
「きみは早漏すぎるよ」
「けれど事実だ」
 現神が見たものが飛行機だということで、俺は早漏ではない。
「私は確かに見た。UFOを」
「証拠は?」
「ならば行こう、おみかげ神社の裏山に」
 おみかげ神社の上空を飛ぶ飛行機を見た、と現神は言ったのだ。それがどうして山に行こうという話になるんだ。
「はじめ少年が早漏なせいで言いそびれたが、飛行物体はそのあと山に落ちたんだ」
「だったらニュースになってるはずだ」
「今時、戦闘機だってステルスなんだ。宇宙船なら完璧なステルス機能くらいあるはずだ」
「憶測でものを言うな! ステルスは消えるわけじゃあねえ。レーダーで捉えにくいだけだ! そして文明レベルの話はなんだったんだ!」
 現神は俺の叫びなどまるで無視してこう言った。
「うるさい。だまれ。私が行くと言ったら行くんだよ」
 現神は立ち上がると、さんざ迷惑をかけた同好会会長に挨拶もなしに部室を飛び出した。
 俺はそのすぐ後を追う。現神の背中にむかって言う。
「おい、現神。本当に」
 現神は急に振り返り、俺の唇に人差し指をあてて、子供をたしなめるように言う。
「凉子と呼べと言っているだろう」
 現神は自分の苗字が嫌いらしい。けれど俺としては下の名前で呼ぶのはどうにも抵抗がある。
 だから俺は意地悪く笑って言ってやる。
『私は自分の氏が嫌いだ。私を呼ぶなら名で呼べ。もっとも、話しかけないでもらうというのが最善なんだが』
 現神が自己紹介の時に言った台詞だ。
「そ、それは昔の話だ。それに名で呼べとも言ってるじゃないか……」
 恥ずかしさに頬を染めながら慌てふためくさまは愛らしい。
 俺は凉子の頭に手をぽんと置いた。
「さっさと行こうぜ、凉子さんよ」
 俺がどうして凉子とつるんでいるかといえば、それはやっぱり好きなんだろう、彼女のことが。
 だから変なわがままにも付き合うし、バカなこと言っても許せてしまうんだと思う。
「なに! それは本当か。可愛い奴じゃあないか。今度、デートのひとつでもしてやろう」
 目を輝かせて俺を見てくる。
「そういう意味じゃあねえし、デートなんてまっぴらごめんだ。てか、人の心を読むんじゃあない!」
「まさに文字通りだな」
「そういう発言もやめろ」
「いいではないか」
 こうやって俺とこいつのつきあいはこの先もつづいていくのだろう、と思う。

     




 ことのあらすじをまとめておく。
 血で血を洗うデスマッチのすえ俺と現神が生き残る。俺は現神を見て、勝った、とそう思った。線の細い女の姿をしていたからだ。
 しかし、俺のそんな考えは愚かだ。一〇八名いたグラップラーの中から生き残った最後の一人なんだ。弱いはずはなかった。
 女という小さな体を利用した小気味いい素早い攻撃に翻弄され、無数の攻撃を受けてしまう。しかし、小さいということはパワーがないということだ。
 手数こそ多いものの、いままでの相手の中ではもっともダメージが小さい。ジョジョには蓄積していくものの焦る必要はなかった。現神の動きに目を凝らし、機を待つ。
 俺は現神の攻撃の中の一定のパターンを見抜き、反撃にでた。俺の右拳、悪魔を宿した右手が咆哮をあげる。
 俺の一撃をガードしながらも、デスマッチ用に作られた強化カーボン性の七層外壁を突き破り、闘技場の外へはじき出される現神。
 現神の服はボロボロに吹き飛び(肝心なところは見えていない)、血を吐きながら、それでも、いや、それゆえに現神は笑った。面白いと。
 そして現神も力を解き放つ。彼女もまたその体に悪魔を宿した――。
「いつまで続くんだ? その嘘あらすじは」
「バスがくるまで」
 現神が宇宙人と言い出して、おみかげ山に行くことになり、学校を飛び出したはいいけれど、山まではそれなりの距離がある。
 バスで行こうと現神が言い、俺達は軽高前のバス停留所にいるわけだけれど、かれこれ三〇分は棒立ちしていた。
 俺は普段自転車通学だから、この停留所を使用しないので仕組みがよくわからない。朝、登校時間にはよく軽高の生徒でいっぱいになったバスが走っているのを見かけはするものの、放課後そういったものを見たという記憶はない。
 たまたま偶然見かけていないだけなのかもしれないけれど、ある嫌な予感もでてくるわけで、それを考えないためにありえない妄想をしていたわけだ。
「どうせするならもっと艶っぽいのにすればいいだろう」
「俺とお前で色話? 考えただけで鳥肌がたつんだけど」
「失礼な奴だ。一年の時にミス軽高に選ばれた私じゃあ不服か?」
「一年の時だけな。一年の時だけ」
 見てくれで性格は覆うことはできない。メッキがはがれた二年ミスコンでは選外だった。
 待てども待てどもバスはやってこない。そうしているうちに少し風が出てきた。現神は風が吹いて髪が顔にかかるのをいやがり、耳に髪をかけた。
 無言の俺を怪しんで現神が言いがかりをつけてくる。
「何か失礼なことをかんがえていないか?」
「いんや」
「いいや。この汗は嘘をついている味だ」
 汗なんかかにていない俺の顔に、現神が舌をだして顔を近づけてくる。俺は現神の頭を掴んで、押し戻した。
「やめれ、気持ち悪い」
「失礼な奴だ。一年の時――」
 会話がループを始めようとしていた俺たちに陸上部の顧問が声をかけた。練習を見るために外に出てきたのだろう。
「何やってる?」
 汗を舐めようとする奇人と抗う奇人。いちゃついていると表するにはいささか奇妙な光景だったのだろう。
「バスを待ってるんですけど、なかなか来ないんですよ」
 俺が答えると、教師はあきれたような顔をした。
「放課後はバスここまでこないぞ。通りまででないと」
 いくら待ってもこないはずである。俺達は教師に軽く会釈をして、その場を後にした。

 通りまでやってくるとそれは簡単に見つかった。こんなところにあったかな、と考えたが、普段自転車で軽高に通う俺には関係ないから意識していなかったのだろう。
「お前ってバス使わなかったか?」
 現神は視線をそらして「そんなことは知らん」と言った。
 放課後すぐというわけでも、部活終了時刻というわけでもなく、微妙な時間だったため停留所には俺と現神の二人しかいなかった。
 現神は制服のポケットから時刻表を取りだして、「一〇分か」とつぶやいた。
「そんなものを持っていてなんでバス停を知らん!」
「ええい、黙れ! 乙女心というものがわからいでかっ!」
 俺のもっともな怒りに逆ギレする現神。キレル一〇代なんて言葉が昔流行ったらしいけれど、まさしくそれなんじゃあないだろうか。
 理由も意味が分からない。乙女心? そんなものを現神が持っているとは思えない。ていうか、乙女心を語る口調ではない。せめて「どうして! 私の気持ちわかってよ」くらいのセリフなら乙女心を感じることはできる。
 俺は今のセリフを言う現神を想像して、胃液が喉元まで登ってくるのを感じた。
 とはいえ、俺は純然たる男であるから、乙女心を完全に理解しているかといえば、答えはNOと言わざるえない。
 しかし、俺の思う乙女心はなんというかファンシーなもので、現神のイメージとは対極に位置する。外見だけなら竜泉寺先輩なんかそういう乙女心を持っていそうではある。ちんまりとした可愛らしい先輩なのだけれど。
「竜泉寺先輩のことを考えているな」
 少し不機嫌な声で現神が言う。
どうしてわかる。本当に心でも読めるのか。
「簡単なことだ。はじめ少年が竜泉寺先輩のことを考えているときは頬が緩むからな、頬が」
 そう言いながら俺の頬をつねり上げる。力強く、だ。
「嫉妬は醜いぞ、現神」
「だれが。それより名前!」
「悪かったよ、凉子さん」
 からかうように名前を呼ぶ。
「殴ってもいいか」
 といいながらげんこつが脳天に振り下ろされた。
 そうこうしているうちにバスがやってきて、それに乗り込む。
 少しふざけすぎたのか現神は車内ではずっと黙っていた。運転手をのぞけば二人きりの車内は気まずいとしかいいようがない。俺はバスの窓から田園風景を眺めて気を紛らわせようとしていた。そんな微妙な空気が流れているなか、バスはおみかげ神社前の停留所についた。
 現神はバスから降りると、うんと背伸びをして、ちょうど乗車賃を払っていた俺を振り返って、上機嫌な声で言う。機嫌はなおったらしい。宇宙人を前にして興奮が隠せないといところだろう。
「さあ宇宙人だ!」
 バスの運転手が怪訝な顔を俺達にむけた。俺は愛想笑いをして、現神の腕を掴むと、ささっとその場を後にした。
 まずは神社で参拝。おみかげ神社は境内こそそれほど広くないものの、夏祭りなんかはここで催される。神社の前の通りは歩行者天国になって、道の両側いっぱいに出店が並び、真夏の夜の夢を彩る。
 俺はなんの気なしに財布から小銭を取り出し、賽銭箱にほおった。それを見て、現神が訊いてくる。
「あたらしい出会いでも欲しているのか」
 どうやら俺が投げたのは五円玉らしかった。投げた本人ですらわからなかったのに、それを投てきされた空中で判断するとはなんという動体視力か。現神のポテンシャルには常々驚かされる。この力を平和と協調のために使っていれば、と思う。
「これは宇宙人とご縁がありますようにって」
 その場のでっち上げだったけれど、現神は感心した様子で目をきらめかせた。
 手をあわせてお願いことをする。友人の馬鹿が治りますように、と。
 俺が目をあけると、すでに現神はお願いごとを終えて、待っていた。
「よし、行くか」
 現神が号令をとり、俺達は山へ足を踏み入れた。

 いくら小学生が遠足でハイキングをしにくる山だからといって、広さは山だ。山 なのだ。
 俺達二人だけでくまなく探そうとしても、そうできるわけがなく、日が暮れても宇宙人の痕跡らしいものを見つけることはできなかった。
 そういえば現神が宇宙船にはステルス機能がといっていたのを思い出す。もし、万が一、奇跡的に、神の思し召しにより宇宙人がいたとしてもそんな機能があったんじゃあ見つけられないなあ、と薄ぼんやり思うほどに疲弊してきた。
 それでもそれを言葉にしないのは現神が一言も喋らないほど真剣に宇宙人を探しているからで――って、休んでるし。
 後ろを振り向けば現神は大きな木の幹によりかかって、アホ口開けて上を見ていた。
 俺の視線に気づくと、手をひらひらと振りながら、疲れたからあとはまかせる、なんてぬかす。
 俺だって疲れてると文句を言ったところで現神が納得するわけがなくて、適当に探すフリをして、時間が経てばむこうから「もう帰る」と泣きついてくるのだから、それを言わないのが正解なのだ。
 現神から一五メートルほど離れた、少しくぼんだ場所で俺はありえないものを見る。
 フットボール型の大きな頭、アーモンド型の二つの目は顔の面積の半分ほどあり、細く伸びた手はゆうに股下まであり、銀色の全身タイツを着ているかのような姿はグレイタイプ宇宙人そのものだ。
 タコさんタイプの火星人と知名度に於いて双璧をなす、あのグレイだ。
 さらにそのグレイの真後ろにはアダムスキー型UFOが。スカート付きの円柱に円錐の屋根をのせ、スカートの下には光る球状物体がついている。搭乗区画と思われる部分の外壁には丸窓がいくつも取り付けられている。
 宇宙人と言ったらこれだろ! みたいなステレオタイプで凝り固まった宇宙人像が俺の眼前に広がっていた。
「現神!」
 俺は思わず叫んでいた。遠くのほうで現神の眠たそうな返事が聞こえた。
「だから名前で呼べと」
「いいから見ろよ! あれ」
 俺の興奮した声に首をかしげる現神。
「あれとはどれのことだ」
 俺は現神からグレイのいた場所に視線を移す。が、そこにグレイの姿はなく、アダムスキー型円盤の姿もなく、その場所にはなにもなかった。
「今! 宇宙人!」
「グレイタイプにアダムスキータイプ? 今時何を言っているの」
 現神は肩をすくめて、俺を馬鹿にしたような目をする。
 確かに信じられないだろう。宇宙人にしろ、円盤にしろ、もっと近代的なイメージというものがある。
「だいたい昨晩、あれだけ私が探して見つからなかったのだから、いるわけないだろう」
「……いまなんと?」
「だから、私は昨晩宇宙船を目撃し、その直後ここを訪れ、捜索した結果、宇宙人の痕跡は見当たらなかった、と言ったのだ」
「なら何故連れてきた?」
「私一人無駄骨じゃあ馬鹿みたいだろう」
「てめえ! って、そうじゃない! いたんだよ、宇宙人がよお」
 結局、俺の言葉を証明する物的証拠は見つからず、無念のまま帰途につくことになった。

     



 夜中のことだ。俺はなんか気持ちイイ夢を見ていた。その内容は思い出せないけれど気持ちイイ幸福感に溢れた夢だった。
 その夢の半ばで、俺は妙な気配を感じて目を覚ました。
 何かがいる。俺の部屋に。気配を感じるのだ。
 何かと言っても自宅の自室だ。家族の誰かでしかない。おそらく妹だろう。こいつらは夜中にトイレに起きると寝ぼけて俺の部屋にやってくる。
 漏らされても困るので俺は起き上がり、妹をトイレに導こうとした。
 気配のするあたりに目を凝らす。ゆっくりと暗闇の輪郭をとらえる。薄ぼんやりとなにかが鈍く光っている。銀色っぽい灯りがゆらめく。
「――ッ!」
 声にならない叫びをあげる。
 グレイ。俺の部屋にいたのはグレイだった。音楽グループのじゃあない。グレイだ。昼間の。宇宙人のグレイだ。
 なんで? どうして? 俺の思考を疑問符が席巻する。
 グレイは長い手を自分の口の前に持って行き、人差し指を唇の前にたてた。
 静かにしろ。そう言っている。
 俺よりもさきにグレイが言葉を発した。
「夜分遅くに申し訳ありません。いきなりのことで驚いているかと思いますが、話を聞いていただけないでしょうか」
 俺は唖然とする。
 宇宙人が、能面みたいな顔したグレイが流暢でクソ丁寧な日本語で喋ってやがる。
「……話ってなんだよ」
 俺は混乱しながらも状況に対応していく。
「実は困っていま――」
 俺は手をかざして宇宙人の話を制した。
「ちょっとその前に言っていいか?」
「え? はい? ……どうぞ」
 宇宙人は少し困惑した声で答えた。
 俺はすーっと大きく息を吸い込み、まくしたてる。
「なんでグレイなわけ。別にグレイが悪いってわけじゃないよ。そりゃあ超ポピュラーなわけだし。でもさ、普通さ、こういうときのセオリーとしてだよ? グレイはないんじゃあない。
 なにが言いたいかってえとね? 女の子なんだよ。俺が、いや、みんながって言い換えても過言じゃあないけど求めているのは女の子なんだよ。わかる。わかんないかなあ。だれもグレイタイプの宇宙人の登場なんて望んでないわけ。昼間の見間違いでもうお腹いっぱいなのよ。それこそ現神だって大きくため息ついて肩を落とすよ? グレイタイプなんてさ。
 しかも、この場合かわいい女の子なわけ。そりゃあ一個グーループの男女の比率が一対九で、しかもその九が全員絶対可憐なんてことは常識で考えればありえないわけだけど。
 だって、不細工もいればブスもいるわけだし、この世に美男子と美女しかいなければそれはもはや美男子でも美女でもなくなってしまうよね。
 俺達のまわりには常に空気ってもんが存在しているじゃん? それはO2とかCO2とNとかって意味じゃあなくてだよ。それは目に見えないし、触れることもできないけれど、俺達はそれを必死こいて読まなきゃいけないわけ。たとえそれが宇宙人だとしても。だから。
 ねえ?」
 ここまで息継ぎなし。興奮しすぎて口調もなんか偉いことになっている。でも、俺の意見は至極真っ当なもので、宇宙人のためにも言ってやらねばならないことなのだ。
 宇宙人は情報過多に陥ったらしく、目をぐるぐるさせている。いまにもプスプスと頭から煙がでそうだ。
 しばらくして、どうにかこうにか俺の力弁の意味を噛み砕いた宇宙人が言った。
「あの。灰色っていうのが何を指しているかいまいちわからないんですが、私の容姿に不満があるということでしょうか」
 俺はうなずいた。ちなみにグレーとグレイはつづりが違う。
「あの、私の惑星と地球の視覚認識の構造は大きく違うらしくて、今あなたが見ている私はあなたのイメージが形成した私であって本来の私ではないんです。
 あなたから見た私は宇宙人であって、その宇宙人という認識があなたの中の宇宙人像を形成して視覚に投影しています。
 私が灰色に見えるのは、あなたの中の宇宙人像が灰色なのが原因だと思われるのですが、どうでしょうか」
「うん、わからん」
「あなたのイメージが私の容姿を決定しているわけで、イメージ次第でどうとでもなるということです」
「つまり想像して創造する、と?」
 宇宙人がうなずく。
 つまり、俺のイメージした姿がそのまま宇宙人の容姿に反映されるというわけか。
 いやはや、便利だな、宇宙人。都合がよすぎるほどに。
 俺の好きにできるというなら、好きなようにやらせてもらおうではないか。
「外ハネの金色ショートカット。褐色の肌。ぷりっとした唇。豊満な胸。ゆるやかな腰にかけてのライン。ハリのある尻。すらっと長い足。ま、こんなもんか」
 表現力はないがイメージはできている。人差し指をこめかみにあてて、目を閉じてイメージする。南国あたりのエロい外人のねーちゃんを。
 俺は別に巨乳フェチじゃあないが、俺のまわりは貧乳――といえば鉄拳抗議がきそうだから、普通よりややこぶり、とでもいっておくが、そういう奴しかいない。フェチじゃあなくてもたまにはそういうのがみたくなる。
 だんだんとイメージが固まってくる。
 俺は期待を込めながら、ゆっくりと目をあけた。
「うおぇっ」
 思わず声がでてしまった。
 さっきまでグレイがいたところに褐色娘が立っていた。しかも俺好みの。って、それはあたりまえか。
 しかし、俺のイメージ力万歳! さすが健全な男子高校背だぜ。女と密着しても勃たないハーレム系の主人公とは一味違うということだ。
「あの。ちょっと顔がこわいですよ」
 おっと、いかんいかん。俺としたことが。ん? てか、自分の妄想で興奮している? なんか自分で描いたエロ同人誌でする作家みたいでヤダな。
 そう思った途端に俺の興奮はすっかり冷めてしまった。
「まあ、よいこの全年齢向けだもんな」
「………」
「………」
「………」
「なんかツッコめよ! メタるな、とかさあ」
「え? あの、すみません」
 こういうとき俺は現神とは持ちつ持たれつなんだな、と強く思う。
 ここで宇宙人が感嘆の声を漏らす。
「それにしてもすごいですね。これほとんど私の本当の姿と同じですよ」
「ほとんど?」
「はい。胸部の脂肪を薄くすればってセクハラです!」
 どうやら巨乳とは縁がないようだった。
 ところで、だ。俺のイメージした姿が容姿に反映されるということは、別の人間でもそういうわけで、俺の見る宇宙人とそいつの見る宇宙人は違う姿をしているのだろうか。
「それなら対他星系惑星視覚固定デヴァイスがあるから大丈夫です」
「よっ、でました! 痛々しい固有名詞。聞いてるこっちが恥ずかしいからやめてくれ」
「なっ、なんでそういうこと言うんですか。ひねくれてますよ」
 そんなことは言われなれ……あれ? 宇宙人に言われたのははじめてだよな。てことは俺は宇宙規模のひねくれものということになるのか。少しショックだ。
「で、それはどういうものなのかね。聞いてやるから話しなさい」
「訪れた惑星の多数種族の視覚情報をもとに、それを模したかたちで私の姿を固定するものです。他惑星を訪れたときにまず最初にやることですね。そうしないと同時に複数の対象から知覚してもらえないんです」
 まあよくわからないけれど、誰がどう見ても同じものに見えるようにする装置なんだろう。しかし、わざわざそんな簡単なことを固有名詞を用いて、小難しい言葉を併用して説明する宇宙人のほうがよっぽどひねくれていると思うのは俺だけだろうか。
「で、最初にやることなのになんでグレイに見えたり、美女に見えたりするんだよ」
 宇宙人は当初の目的を思い出したらしくハッとした顔をした。
「そう、それなんです。視覚固定デヴァイスを含む万能ツールを拾われてしまったんですよ」
 それが俺と何か関係あるのだろうか。あるんだろうなあ。あったらやだなあ。ないといいなあ。でも、なかったら来ないだろうな、宇宙人が俺のところに。
 面倒くさいことに巻き込まれそうだなあ、と思いつつも宇宙人に話の続きを促す。
「あなたが昼間、山を訪れたときに一緒にいた方に拾われてしまったんです」
「現神にか?」
「そうなんです」
「いつ?」
「昨晩、彼女が一人で訪れたときにです」
 ここまでくればみなまで言わずとも理解できるというものだ。つまり、俺にその固有名詞アイテムをとりかえして欲しい、とそういうわけなんだろう。
 が、しかし だ。俺にはそんなこと関係ない とは言えなくもないけれど、知ったこっちゃあない とも言えないけれど、現神が謎の固有名詞アイテムを手放すとは到底思えなかった。
「だから、あきらめろ」
 俺は宇宙人の肩にポンと手を置いて諭してやる。宇宙人はあわてふためいた声をだした。
「そんなの困ります! あれを銀河連邦非加盟惑星の生物に使われてしまったら、私、死刑にされてしまうんです! だから、お願いします」
 そんな宇宙人の懇願は途中から俺の耳には届いていなかった。具体的に言えば銀河連邦という単語がでてきたときからだ。
 銀河連邦。なんていい響きだろうか。やっぱりこういう単語こそが宇宙人だよな。銀河パトロールとかいるんだろうか。宇宙海賊とかも。
「固有名詞は駄目なんじゃあないんですか」
「銀河連邦をあんたの創作単語と一緒にするな! 死ね。死んでしまえ」
 宇宙人は黙ってうつむいてしまう。言い過ぎたかなと思って、宇宙人の顔を覗き込むと、目には涙が溜まっていた。
 宇宙人は泣きながら、俺に足に抱きついて必死に懇願してくる。助けてください、と。なんだか俺が悪いことでもしているような気分になってくる。その一方で。
 抱きつくということは必然的に豊満な胸がふともものあたりを圧迫するのだけれど、よく考えればこの宇宙人はこぶりなわけで、つまり俺に見えているきょぬーは空気おっぱいなわけだけれど、俺の肌を圧迫する感覚がしっかりと現実にある。しかし、そんな細かいことはどうでもよくて、俺は全身ふとももに変化していた。
 そんなでれーと鼻の下を伸ばしている俺を見て、宇宙人は少し眉をつり上げて、怒った声をだした。
「人が生きるか死ぬかの瀬戸際なのになんですか、その顔は」
 と、言われても原因はあなたにあるんだから仕方がない。
 若干の役得を得て、俺の気持ちはやや協力的に傾いていた。
「手助けくらいはしてやってもいいけど、そのなんとかデヴァイスだっけか、は危なくないのか。てか、どんなもんがあるんだ」
 宇宙人は指折り数えながら言う。
「視覚固定デヴァイス。惑星情報収集ツール。言語翻訳機。高次元物質変換器。銀河ネット通信システム。それからー、えーっと、あっ……危なくないですよ」
「なんだその間は」
「危なくないですって」
「顔をそらすな!」
「アブナクナイデスヨ」
「棒読むな!」
 俺は機能の中にひとつ気になるものがあって、聞いてみる。
「高次元物質変換器ですか? 空気中のアリュファーエーテルを用いて物質を生成する装置ですよ。たいていのものなら作れます」
 宇宙の科学力? ってものは地球とは比べものにならないんだな、と感心しつつも嫌な予感がする。
「とりあえず  だ。俺は眠い。それじゃあ」
 俺は布団に横になり、毛布をかぶった。宇宙人が何かを言っているが聞こえないフリをして眠りについた。
 意識が途切れる寸前、あの容姿であの話し方はないよな、と思っていたようなきがした。

     


 目が覚めて、初めに思ったことは眠たい、だった。昨日というより今日なのだけど夜中にグレイから美少女に変身した宇宙人が訪ねてきたせいで、俺の睡眠時間は二時間以上削られてしまった。
 押入れに目をやる。部屋は静かだ。
 まぶたをこすりながら階下に降りると、珍しく妹たちがもう起きていた。
 ちょうど食パンを焼こうとしているときだったので、俺の分も頼む。ダイニングテーブルに座る。
「何枚?」と台所の妹が言うので、俺は指を二本たてた。それを見て、俺の向かいに座る妹が「二枚だってー」と台所にむけて叫んだ。
トースターをかけて、戻ってきた妹が、もうひとりの妹の隣に腰をおろしながら、俺の顔を見て、心配そうに言う。
「大丈夫? 寝てないの?」
 するともうひとりが馬鹿にしたように笑う。
 心配そうに声をかけてくれたのが下の妹のしい。少しおっとりしたやつだけど、かわいいやつだ。長い髪に少し垂れ目で母親似だ。
笑ったのが上の妹のみい。しいとは打って変わって活発な奴。今年に入って三回も親が学校に呼び出されている。男子と喧嘩したという理由で。わけを聞いてみれば、相手の方が悪いといえるのだけれど、兄としては中学生なのだからそういうことから卒業して欲しい。
兄妹そろって一二二三四の連番だ。正確には二はないけれど。
「そういえば夜中にお兄ちゃんの部屋からなんかしゃべり声がきこえたような」
 と、しいが言うと、みいがにししと笑う。
「にいちゃんだってそういう年ごろなんだから、気づかないふりをしてあげるのが出来た妹ってもんでしょ、しい」
 しいは納得した様子で「……ビデオか」とつぶやいた。
「おまえらが想像しているようなことはしてねえよ」
 俺は少しあきれながら言い放った。気をつかってくれるのはいいが、こういう気の使われ方はやめてほしい。そういう性知識がさかんに入ってくる中学生という時期だから仕方ないといえなくもないけれど。と、数年前まで中学生だった俺が大人ぶって言ってみる。
 しかし、朝っぱらから兄妹間でこんな話ができる我が家族はたいしたものだ。
「で、なんで起きてんの?」
 いつもこいつら姉妹は俺よりあとに起きてくる。学校が近いから家をでる時間が遅いということもあるけれど、みいが朝に弱い。そんなとこだけ母親に似ている。
「部活だよ、部活」
 と、みいが言うけれどこいつらは基本帰宅部だ。
 基本。そう基本は。けれど、よく運動部から助っ人を頼まれる。この姉妹はなぜか運動神経がいい。体育の成績で五以外とったことがない。しいなんか見た目からでは想像しづらい運動神経のよさだ。
どんなに頑張ったところで四以上の成績がとれない兄と血がつながっているとは思えない。四というのは俺が努力した場合の希望的観測であり、現実は最高で三であることを考えれば、ますます兄妹とは思えなかった。
 はたしてどっちが橋の下でひろわれたのだろうか。
 チンとトースターが鳴ると、誰よりも速くしいが立ち上がる。台所に向かうしいを横目に見ながら、みいに訊く。
「今度は何部だ」
「テニス部だよ」
 俺がいたときの女テニはスケットを頼むほど困ってはいなかったと思う。
「今、テニス部六人しかいないよ。三年生なんて一人もいないし」
 盛者必衰の理ということか。しかし八面もあるテニスコートを六人で。少し贅沢だな。
 パンを皿に乗せて戻ってきたしいが、それを持ったまま、椅子にも座らないでいる。
 何か言いたそうにもじもじしている。
 どうかしたのか、と訊くと首を振った。用があるのは俺ではないらしい。
「あ、あのね、みいちゃん」
「なに?」
「朝練は明日 だよ」
 しいの言葉にみいが固まる。相当ショックがでかかったらしい。ポカンと口をあけて、焦点のあっていない目で空中を見つめている。
 しばらくそうしていた後、なんでと大声をあげた。しいは驚いて、身をすくませた。怯えた様子で申し訳なさそうに口を開いた。
「だって、みいちゃんが起こせって。理由訊く前に寝ちゃうし」
「お前が悪いんじゃん」
 みいは頭をかかえて、床をのたうちまわっている。
「貴重な睡眠時間んんんッ」
 

 俺は学校に向かいながら、どうしたら現神から「んたらデヴァイス」を貰えるだろうか考えていた。
 それは青いしずく型の小さな石のついたイヤリングの形をしているそうだ。
 そのことについて少し疑問がある。あの現神がイヤリングなんか拾うだろうか。私服は中学時代のジャージという女が、だ。おしゃれになんてまるで興味がない現神が、だ。
 それが宇宙パワーのこもった素敵アイテムだと知っていれば拾いもするだろうが、見た目ではそんな高性能を秘めているなんてことはわかるはずもなくて、どうして現神が拾ったのか俺には甚だ謎だった。交番に届けるなんて選択肢が現神の中にあるわけもなし。
 まあ、どういう気まぐれが働いたにせよ、面倒なことをしてくれたと思う。
 結局、なんのアイディアも浮かばないまま俺は教室のドアをくぐることになった。
 自分の席に座って一人でいる現神の姿が目に映る。ああ、本当に友達がいないんだなあと憐れみさえ感じながら、話しかける。
「よお」
 ぼおっとしていたのか、俺が声をかけると少し驚いた顔をみせた。
「お、おはようございます」
「いやに丁寧じゃあねえか」
 現神はなにか考えるような仕草をして言う。
「こういうのが好みなのかと思ってな。ついでに日焼けサロンにでも通おうか」
 まるで昨晩の出来事を知っているような口ぶりに俺は驚きを隠せないでいた。デヴァイスには盗聴器でもついているのだろうか。
 そんなことはどうでもよくて、だ。知っているなら話が速い。
「どこまで知ってる」
「なんの話だ」
 ニヤニヤと口の端を持ち上げて現神が笑う。
「人のものを盗ったらいけないって教わらなかったのか?」
「借りているのさ」
「勝手だな」
「勝手だよ」
 わかっていたことではあるけれど、やっぱりただで返す気はないようだ。
 現神はそういう奴だ。困っているれば、手を差し伸べるどころか、さらに困らす。
 俺としてはあの宇宙人を速く家から追い出したい。なにをとちくるったのか取り返してくれるまで、俺の部屋に居座ると言い放った。頑固なもので押しても引いても動かない。
 しょうがないので押入れに詰め込んではきたが、いつばれるともわからない。女の子を押入れに拉致監禁っていうのが俺の現状。言い訳は通じそうにない状況。
 そうなれば妥協しなくてはならない。
 ひとつ息をついて訊く。
「望みはなんだ」
 返ってきた答えは予想外のようで予想内なやっぱり予想外だった。

     



「デート……か」
 俺はベッドに寝転び天井にむかって、小さくつぶやいた。
 デート。そう、デートなのだよ。何故か現神の要望はデートをすることだった。それもデートしてくれませんか、ときたもんだ。意味が分からない。してやろう、ならまだわかる。現神らしい。だけど、してくれませんか、はないだろう。
 どういう意図があるのかどうにも読めない。
「女の子なんですし」と床に正座しているグレイ(そう呼ぶことにした)が言った。
確かに現神も生物学上は女、femaleではある。が、どうだろう。あいつの言動、行動はデートを少し恥ずかしそうに申し込んでくる女とは逸脱している。
 それが今回に限ってそういう態度となれば裏があると勘ぐるのは俺だけではないだろう。特に宇宙人なんてわけのわからないものが絡んでるのだから、なおさらだ。
「デート嫌なんですか」
 とグレイが言うけれど、そういう話ではない。なにかがおかしい気がするということを言いたいのだ。
「嫌いなんですか」
「そうは言ってない」
「じゃあ」
「そうも言ってない」
「素直になりましょうよ」
 グレイの言葉を遮って、否定する。好きとか嫌いとかそういう話はしたくない。
 なにか言いたそうにグレイが俺を見る。
 彼女が口を開こうとした時、俺の部屋のドアを誰かがノックした。
「兄ちゃん、ちょっといい?」
 みいだ。
「ちょ、ちょっと待ってろ」
 グレイを押入れに詰め込み、ドアをあける。
 なぜかみいは俺の部屋をきょろきょろと見渡す。
「なにしてたの?」
「なにも」
 みいは少し間を置いて「そう」と短く言った。
「まあいいけど。宿題教えてよ」
 と言いかけて、みいは視線を足元にむけた。
「デートマニュアル?」
 遊園地に行きたいとだけ言われて、あとは任されてしまったためにこんなものを買うはめになったのだ。グレイのことばかり気を取られてこっちを隠すのを忘れていた。
「なに? 兄ちゃん。デート?」
 嬉しそうな、楽しそうなみい。
「まあ な」
 ドタドタと廊下を走る音がして、しいが俺の部屋に飛び込んできた。
「デート!?」
 心底驚いた顔をしてしいが言う。
 そりゃあ冴えない兄がデートをするなんてのは驚き以外の何物でもないんだろうけど、なにもそこまで、と思う顔をしていた。
その後もしいはしどろもどろになりながら要領を得ない質問をしてくる。どう答えていいか、困っている俺にみいが和訳してくれる。さすがお姉ちゃんだ。
「しいも遊園地に行きたいんだってさ」
 みいはニイっと笑う。
「そうか。なら今度行くか?」
 しいは途端にぱあっと明るい顔になったかと思えば、今度は下をむいて、指をもじもじ絡ませだした。
「みいも行くだろ?」
 と言うと、なぜかみいは顔をおおって大きなため息をついた。
 その後、妹たちといってもほとんどみいの協力を得て、デートとしてのそれなりの格好が出来上がったと思われるプランが完成した。

 当日の朝を迎えて、俺は妙な緊張感に包まれていた。デートといったところでちょっと現神と遊びに行くだけなのだから、いつもと変わらない。はずなのだけれど、なんか現神の様子がおかしいものだから変に意識してしまう。
 押入れに言う。
「今日、一日おとなしくしてろよ」
 しかし、返事がない。
寝てるのか。押入れを開けてみれば、そこにグレイの姿はなかった。俺は首をかしげた。
帰る準備でもしているのだろうか、宇宙船で。
結局、グレイはプラン建てのときもいなかったし、自分のものを取り返すというのにまるで役に立たなかった。
最後にがんばれの一言でも欲しかったのだが、まあ、いいか。
押入れの引き戸をしめて、部屋を後にした。

遊園地入口ゲート前。俺は言わずもがなだが、現神を待っていた。妹曰く、女の子を待たせるなんて言語道断らしいので少し早くでてきた。
一〇分ほどだろうか。思いのほか早く現神はやってきた。待ち合わせには計画的遅刻がモットーの現神にしては早過ぎる到着だった。
髪をアップにまとめて、服装もいつになくおしゃれしている。とてもジャージ女にはみえない。
 いつもならからかいもするのだけれど、一応デートだし、俺と現神の普段の様子を少しは知っている妹様からのこれまたアドバイスで、とにかく褒めろとのことだ。
 ただ褒めるといってもなんと言っていいのか。
 そんなことを悩んでいる俺を怪しんだのか、現神が言う。
「どうかしたか?」
「あー、いや、なんだ。いつになくかわいいなと思ってな」
「……バカなこと言ってるんじゃない」
 現神は一人でつかつかと歩いて行ってしまった。
 ま、台詞のわりに口元が緩んでいるのが見えたからいいか。
 前売り入場券(定価三パーセントオフ)で、中に入ると、現神はまるではじめてきたかのように目を輝かせて、園内を見回している。
 俺が声をかけると、びくっと肩をふるわせた。トリップしていたようだ。
「え、ああ、まあ、なんにせよ、あなたと来るのは始めてでしょう」
 なんてことをはにかんで頬を染めて言うものだから、俺は思わず現神のおでこに手を当てる。
「熱でもあるのか?」
 俺の手を払って、現神はうつむいてしまった。表情はわからないが、耳が赤いのはわかる。
「おい。本当に具合悪いなら」
「大丈夫。行きましょう」
 現神が並ぼうとしたのはジェットコースター。
「ちょっと待て」
「なに」
「こんなもんに乗ったらちびるぞ、俺は」
 遊園地に来てなんだが、俺は絶叫系がまるで駄目なのだ。
「異論は認めません」
 ジェットコースター、なんか上から落ちる奴、船みたいなので前後に揺れるやつ、ジェットコースター、超高速コーヒーカップ、ジェットコースター、と嫌がらせのように絶叫系のオンパレード。
 俺はベンチの背もたれに体を預けて、空をあおぐ。
「あーーー――」
「大丈夫ですか?」
「ですかじゃねえよ。まじでですかじゃねえ」
 ですかじゃあないよな。本当にさ。
 頭がぐるぐる、視界がぐにゃぐにゃ、大地が回る。


 すっかり日も暮れて、他の来園者たちはパレードの場所取りにメインストリートに集まっていた。
「パレードいいのか」
「んー、うん」
 俺に背を向けて、星を見上げていた彼女が振り返る。
 真剣さとほのかな恥ずかしさの入り交じった表情で言う。
「最後に いいですか」
「なにが」
「目、つむってもらえますか」
 俺は彼女の態度に茶化す気も失せて、言われた通りにする。
 目をつむっても、遠くの灯りがまぶたの裏にうつる。
 どれだけたっただろう。たぶん一〇秒か二〇秒か。時間の流れが遅く感じる。パレードの灯りと音が近づいてくるのがわかる。
「いつまでこうしてりゃあいいんだよ」
 俺の声が遮られる。唇に柔らかい感触。それは一瞬ですぐに離れる。
 目をあける。しかし、視界は光に包まれる。
 目がもとに戻ったとき、彼女の姿はなかった。
 閃光に包まれたとき、かすかに金色の髪が見えた気がした。


 机の上に手紙が置かれていた。
 自分で言っていて恥ずかしいのだけれど、ファーストコンタクトの時、グレイは俺に一目惚れしたらしい。
 どうにかお近づきになりたいと、俺と一緒にいた現神のもとを最初に訪れた。グレイが事情を説明すると、現神は最初は断っていたが、デヴァイスの貸与を条件に、協力することを承諾した。
 現神と俺の関係はものが間に入ればいくらでも融通のきく、そのくらいの関係なのだ。
 現神発案の本作戦を実行したと。
 思い返せば、言動の節々におかしなところがあった気もする。気づいてもよさそうなものではある。

 手紙の最後にこんなことがかかれていた。
  現神さんの姿を借りたのはあなたのメモリの一番奥にあった姿が彼女だったからです。少し悔しい気もしますが、こればっかりは恥ずかしい固有名詞でもどうすることもできませんし。
  遊園地は本当に楽しかったです。現神さんじゃなくてすみませんでした。
  最後に、しっかりつかまえていないと、女の子はするりといなくなっちゃいますよ。素直になりましょうよ。

 本当に余計なお世話だ。

       

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