Neetel Inside ニートノベル
表紙

昨今の美少女恋愛シミュレーション(以下略
8thActress 不在

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 その男の人生には、『ヒロイン』と呼べる存在がいなかった。
 男は病室のベッドに寝そべりながら、モニターに映る主人公を眺めていた。どうやら今は学校に向かう途中のようだ。相変わらず表情は良く見えないが、機嫌が良いという事はまずないだろう。男はこれまでずっと主人公の事を見てきたが、主人公が喜んでいる所などはまず見た事がなかった。
 両親を戦争で亡くし、小さな町工場に勤め出した時から男の人生は始まった。工場では、どうにか暮らしていける金しか稼げなかったが、夜露を凌げるだけの2畳一間に住み、畑から野菜を盗んで闇市で売って金を作った。
 何年かして、男はそれまでで貯めた貯金を元手に金貸しを始めた。戦後復興の折、資金を求める客はいくらでもいたし、男は良心を捨てて徹底的な取立てを行った。男の能力は高く、金貸しの才能があった。自殺に追い込んだ家族の数は覚えていない。男のせいで、人知れず死んだ者もいるだろう。男が直接殺した者もいる。
 男は幾千の屍の上に『成功』の城を築きあげた。
 金貸し業はいつしか合法を得て、投資に形を変えて更に資産は膨らんだ。政界へ太いパイプを通し、暴力団を飼い慣らし、優秀な部下を育てた。その頃の男は夢の中でも仕事をしていた。痛い目を見る事も少なくなかったが、自分を出し抜いた者には必ず復讐を果たした。
 男にとって敵はもちろんの事、味方さえも騙す為にある存在だった。金があれば、女はいくらでも寄ってきたが、セックスは男にとって時間の無駄にしか思えなかった。自分は完全な人間であるからして、その子孫はすべからく劣化にしかならない。よって、子孫を残す意味は無いと達観していた。それくらいでなければ、歴史に名を残すレベルの莫大な財産も権力も築けなかっただろう。
 そして男は後悔する。齢60を過ぎた頃、ある日突然気づいてしまう。自分の人生には、色が無い。ただひたすらに灰色の札束が積もり積もっていくだけの人生。常に金の事だけを考え、他人を蹴落とす事に何の抵抗も示さなかった男が、死という圧倒的現実に直面した時の反応は、ひどく無様な物だった。最初に見つかった肺の癌を、金で雇った最高の医者に治療してもらった後、すぐに別の場所に新たな癌が発見されて、いよいよ男は策を打った。
 とてつもなく現実離れした計画であった。男は、以前から自分と同じ高い能力を持った人材がいれば金稼ぎの効率は非常に良くなると考えていたので、『クローン』の研究に多額を投資していた。それが偶然にも役に立つ時がきた。大抵の場合、悪魔の計画は人間が完成させるものだ。
 男は、自分自身の『クローン』を用意させた。無論、それは倫理上許されない行為であるが、金に物を言わせてそれを可能にした。そしてその『クローン』は、何も知らされず偽りの両親に育てられ、中学にあがるのと同時に、用意された町の中に隔離された。
 そこでそのクローンもとい主人公は、自らの出生の真相を知らされる。自分がクローン人間である事と、両親は偽者である事、そしてこの町は、主人公が恋愛をする為だけに作られているという事。
 しかし最も重要な事実は伏せられた。主人公と誰かの恋愛が成立した場合、主人公は死ぬという事。
 男は、幸福を求めた。では幸福とは何か。現実主義者の男はこう考えた。幸福は、頭の中にしかない。
 真に手術しなければならないのは、体中に次から次へと亡者の恨みのように湧いてくる癌細胞ではなく、自らの脳みそだ。精神、肉体共に老いて、信じられる者はなく、真相はひどく孤独である。男の欲したのは記憶だった。愛された記憶、愛した記憶。それに伴う感情、勇気、そして信頼。
 男のクローンである主人公は、男とまったく同じ遺伝子を持った個体であるからして、脳や臓器の移植手術に拒絶反応は起きない。世界で最高クラスの外科医を揃える金も立場もある。男は計画を遂行した。主人公に恋愛体験をさせ、その記憶を横取りする。そして、今となっては得られなくなった精神的な若さと幸福を手に入れる。
 だがその計画は、出だしから頓挫した。町につれて来た主人公は言葉を失い、他人に興味を示さなくなった。10年以上両親だと信じていた人間に裏切られたショックもあるだろう。クローン人間ゆえの、自己の存在意義に対する葛藤もあるだろう。若い肉体に宿る若い精神は、男が思うよりも脆く折れやすく、主人公は言葉を失くした。
 とはいえ、それで諦める男でもない。新しいクローンを作った所で、これからまた育てるのに10年もかかるのでは、その頃には自分が死んでしまうかもしれない。男は金を湯水の如く使い、美しい女を揃え、プロデュース出来る人間を雇った。もちろん、男の計画を知っていたのは、『出資者』として町に指示を出す側近のみ。町に住むあらゆる演者は、金持ちの道楽か、あるいは実験か何かくらいにしか思っていない。とにかく主人公と恋仲になれば莫大な金が手に入るという事実。それだけでいとも簡単に人は動かせた。
 主人公が町にやってきてから、1年が経ち、2年が経った。やがて高校にあがっても、『その時』は訪れなかった。主人公は次から次にやってくるヒロイン達に拒否反応を示し続け、ひたすらこの作られた町で、作られた日常に従事していた。スタッフは何度も入れ替わり、様々な手が尽くされた。だが、結果は出なかった。
 男は主人公の様子を、大量にモニターの設置された病室で見続けてきたが、その命にもいよいよ限界が見えた。そんなある日、新しく就任したプロデューサーから、1つの提案がもたらされた。
「主人公の殺害許可が欲しいんですけど」
 男の手先である出資者の1人が相手をしたが、上者名の発言は録音されて男にも届けられた。
「いいですか? これまでに足りなかったのは徹底的なリアリティーです。前プロデューサーが失敗し続けてきたのはそのせいです。この町にいる少女たちは、見事に役割を演じきってます。しかしそれがそもそもの間違いだったのです。
 主人公は、『真実』を求めているのですよ。プログラミングされた人格ではなく、生のキャラクター。人それぞれが持っている、現実の性格。そしてそれによって起きる事件、現象、つまりイベントです。
 私に殺害許可をください。それを見せてさしあげましょう。もしも本当に、主人公が死んでしまって、取り返しのつかない事態になった場合、私も責任をとって命を捧げる事を誓います」
 男はほとんど悩まず主人公の殺害を許可した。上者名の熱意、それと揺るぎの無い自信に動かされたというのもあるが、残りの自分の寿命を考えると、これ以上同じ事を続けていても「じり貧」だというのが大きいだろう。男は、主人公とこの町の秘密を守る、普段は待ちの住人を装う傭兵部隊に命令を下した。
『明日、主人公が命を狙われても手は出すな』
 命令は守られ、上者名の作戦は決行された。
 沢渡と陣内の戦闘は熾烈を極めた。結果は沢渡が勝利し、主人公の命は守られた。命の危機に瀕した事によって、主人公は少しだけ表情を見せたようだった。
 そして今日、2度目の殺害許可が下りた。今度は主人公が拉致されそうになるシナリオらしい。男はぼんやりと、その様子をモニターで眺める。


 主人公の隣に黒塗りの車が停まった。中から数本の手が伸び、主人公を捕まえると、あっという間に車の中に引きずりこんだ。猿轡と両手に手錠。両隣には黒いスーツを着てサングラスをかけた女が2人、きっちり主人公の行動を制限している。
 助手席にも女が1人座っている。運転席に座っているのも女のようだ。
 呆然とする主人公に、助手席の女が振り向いて声をかけた。
「おはよう、主人公君」
 主人公は、その顔に見覚えがあった。確か、妙なコスプレをして近づいてきて、いきなり告白してきたのを自分が断った女だ。
「2度目の自己紹介になるけど、私の名前は上者名結衣。あなたの事を拉致りにきました。あ、心配しないでね、フラれた腹いせとかじゃないから」
 主人公はうろたえつつも、両隣の顔を覗く。サングラスで良くは分からないが、確かに見覚えがある。右が命の恩人でもある格闘家沢渡海。左が高峰一陽という超能力者だ。
「詳しくはまだ言えないけど、これからあなたにはついてきて欲しい所があるの。まあ、ここまでしておいてこう言うのも難だけど、大人しくしといてね」
 車は町を離れ、西の山のふもとまでやってきた。この町は、四方を山に囲まれた村を男が買い取り、道路を塞ぐ工事をして完全に陸の孤島と化している。山のふもとまでは車でいけるが、そこから先は4WDでも突破不可能だった。この町から脱出する方法は、町に1つしかない駅から列車を使うか、あるいは外部からヘリコプターしかない。
 主人公を乗せた車がやってきたのは、山のふもとにある廃工場だった。町から離れている為、取り壊される事も無く、監視カメラが設置される事も無かった。


 男は手元のリモコンを操作し、一番大きなモニターに、上者名の持ったカメラの映像を映す。
 主人公が工場の柱に縛り付けられている映像が流れる。
 今回も、どうせ上者名は正義のヒーロー役を用意して、そいつに主人公を助けさせるつもりなのだろう。ありがちなシナリオだが、確かに実際に巻き込まれればそれなりの恐怖はあるだろう。助けにきた者に恋心を抱く可能性もある。
 そんな事を考えながら、男がモニターを見ていたその時、
「ご覧いただいてますか?」
 モニターに突然、上者名のドアップが映った。
「これから展開する物語の結末は、誰も知りません。主人公達は悲願を達成し、悪の黒幕を打ち滅ぼす事が出来るのか、それとも追っ手に捕まって、この世から抹消されてしまうのか……これぞまさしく筋書きの無いドラマと言えるでしょう」
 上者名の芝居がかった口調、男は言葉の意味を図りかねる。
「ですが、これだけは約束しましょう。もしも、私達が勝った場合、あなたには滅びをプレゼントしてさしあげます。あの世に勝ち逃げなんてさせませんよ。地位も名誉も金もきっちり全て吐き出してから死んでいただきます」
 男がベッドから体を起こし、目を見開く。上者名は笑顔で続ける。
「これが最後の機会になるかもしれませんから、ネタばらししちゃいますね。要するに、陣内ちゃんと沢渡ちゃんの決闘は、今日このシナリオを通す為の演技だったという訳です。本来ならば許されるはずのない主人公の拉致監禁。似たような前例があれば簡単に通る物です。ふふふ、伏線と命は張っておいて損はないですね」
 男は声を張り上げ部下を呼ぶ。病室に、何人もの部下がなだれ込んでくる。
「では、主人公君はいただいていきます。あなたの罪を証明する。大事な大事な証人ですから。あなたと同じ遺伝子を持った主人公君さえいれば、あなたの配下にある警察でも握りつぶす事は出来ませんよ」
 その後、投げ捨てられたカメラが撮影した映像には、拘束を解かれた主人公と、その手を引っ張って逃げる女と、2人を追いかける上者名の姿が映っていた。3人は工場から飛び出して、山の方に向かっていく。
 男はベッドに立ち上がり、あらん限りの大声で叫んだ。
「奴らを殺せ!」

       

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