Neetel Inside ニートノベル
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 更に翌日の練習試合では、なんと中学野球の練習試合にちらほらと観戦者まで見えてきた。部員の肉親や友人は除き、こんなことはまるで初めてだったので部員たちや監督の間にも緊張が走る。白仁田が高校で野球をやっている兄に能見のことを話したのがノーヒットノーランの日の夜で、それが高校球児や他校の中学生の間にまで伝わっていったらしい。目測だが130キロは超えているであろう速球、下手をすれば140キロ近いとも。
 自分目当ての観客に気を良くしたか、豪快かつ軽快にマウンド上で踊る右腕。結局、その気合は空回りして一失点してしまうものの、当たり前のように三試合連続の完投勝利。この観客に向かって、「エースは岩田です」とは誰も言えない。ちなみに、この間も貫己は当然のようにノーヒット。マウンドに能見を上げ、また能見や原口、白仁田の長打でねじ伏せるという清陽らしからぬ勝ち方であった。いや、清陽らしい勝ち方なんてのが確立できるほど勝ってもいなかったが、少なくともこんな風に数人の中心選手だけで勝ってしまう大味なチームではなかった。能見が一人入っただけで、チームはもう別物だった。
「スゲーな、ほんと」
 興奮気味の帰り道。今まで味わったことのなかった「強い」という実感に、自分自身が活躍している訳ではなくとも皆楽しそうに目を輝かす。
「あ、……いや、でもいきなり戻ってきてエースってのもねえ。やっぱりエースは岩田って感じだよな」
 会話に参加せず黙り込んでいる岩田の姿に気付いて、誰かが誤魔化すようにそう言って繕った。周りもそうだそうだと同意する。すると岩田は今度はパッと表情を明るくして「何言ってんの」と原口の肩をポンと叩いた。
「能見は本当に凄いよ。能見中心に中体連を勝ち上がるつもりなら、当然エースナンバーはアイツがつけなきゃ」
 本当に下手な作り笑顔を振り撒きながらも、岩田はそう言い切った。
「……まあ、お前が自分でそう言うなら良いけど」
 原口は少しホッとしたように、岩田の顔から目線を逸らした。ホッとした気持ちは他の者も同様だろう。
 ……みんなの会話が、打算と遠慮で繋がっていく。
 こんな風に感じたのは初めてで少し戸惑ったが、私はそのまま無言で皆の少し後ろを歩いた。

「大丈夫。……俺、エース諦めてないから」
 しかし岩田は、少し照れ臭そうに。とてもおこがましい事を言ってしまっているかのように、少し俯きながらも私と貫己に向かってそう言ってみせた。次の水曜日の練習後、暗がりのグラウンドで私と貫己を呼び止めた。
「お、おう!! てかそんなの当然じゃん! 頑張れば絶対大丈夫だって」
 バンバンと岩田の肩を叩いて、貫己は笑って励ましている。多分こいつは何も考えてない。
「……どういうこと?」
 岩田がわざわざ私達を呼び止めてこう言うのは、きっと何か理由がある。岩田は少し間を置いてから、また少し恥ずかしそうに話し出した。
「俺、ホークスの和田が好きなんだよね。分かる? 和田」
 杉内と並ぶホークスの二大左腕。少し特徴的なフォームからキレのあるストレートを繰り出す好投手。私も知ってはいるけど……。
「凄いよね、そんなにストレートが速い訳でもないのに。でも、あれだって分類すれば“変則フォーム”なんだよな」
 少し和田を真似たような投げ方で、その場でシャドーピッチングしてみせた。
「能見のようなストレートを投げられない俺には、これしか無いような気すらする。今、プロの第一線で活躍してるような変則フォームのピッチャーも、皆始まりはこういう苦悩からなのかもしれないと思うと、今はむしろワクワクが止まらない」
 すぐ傍にいる岩田の表情も見えにくいほどの暗闇で、たしかにその口が笑うのが見えた。
「俺は、“変則ピッチャー”になりたい」
 左腕が風を切り裂くように、もう一度力強くシャドーピッチングを繰り返す。
「やっぱり俺は、“左腕で投げてる”って事だけが能見に勝てる唯一だと思うから」
 貫己もそうだが……。どうにもウチには、才能こそ無くても根性のある奴が揃っている気がする。はっきりと自分の意志を語る岩田の姿は、やはり丸い頭の坊主のクセになんだか少しカッコいい。
「よっしゃー! さっそく投げてみようぜ!」
 貫己がグローブを持ってマウンドに駆け出した。
「え、いや今日はもう……」
「もう暗いっつーの! アホ! てめーは一人でバット振ってろ!!」
 マネージャーとして、私情を挟んで気持ちに差別を作るのは絶対に良くないだろうけど。
 それでも私は中体連で、できればエース岩田のスコアをつけたい。

       

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