Neetel Inside ニートノベル
表紙

見開き   最大化      

10 御堂春―フェイクマン―

 フォークを投げる様に皿の上に置くと、春は深いため息を吐いた。
 カウンターの向こうに立つ薫は、グラスを磨きながら「もういいのかい?」と尋ねてくる。
「ええ、ごちそうさま」
 腹の中には、薫特製のオムライスが心地いい存在感を放っている。そのおかげかはわからないが、力がみなぎってきたような気がしてきた。おそらく、もう変身も可能だろう。
「あ、そうだ。優さんの分、晩御飯作らなくても大丈夫かい?」
「ええ、まだ寝てますから」
 時刻はもう夜の八時。優はあれからずっと寝続けている。
「にしても、昨日は驚いたよ。いきなり優さんを背負って帰ってくるし。その上、アキラくんと珠子さんまで連れ帰ってくるなんて」
「すいません」
 昨夜、春が三人を連れ帰った時、春はまず薫に謝った。三人を連れ帰ったことは許してくれたが、薫はノキがどこに行ったのかを春に訊いてきた。しかし、答えられるはずもない。
 言葉を濁していると、薫は春の肩にそっと手を乗せこう言った。
『今言えないなら、いつか、言えるようになってからでもいい。――でも、一つだけ。ノキは無事に帰ってくるんだね?』
 もちろんだと、春は力いっぱい頷くと、薫は納得してくれた。
「さて……それじゃ、俺はノキちゃんを迎えに行ってきます」
「ああ、悪いね春。気をつけて」
 スツールから立ち上がると、春はゆっくりとドアを開ける。
 そして一度振り返ると、店の中をじっくりと覚えた。椅子の数、壁の色、グラスを磨く薫の顔。素性も知れない自分の居場所になってくれたその場所を。
「それじゃ、薫さん。ノキちゃんは、任せてください」
 カウベルを背に、春はコーヒーベルトを出た。
 夜の住宅街、その明かりを眺める。あの夜、改造人間にされた夜に感じた美しさ。
 あの美しさも心に刻む。この美しさの中にノキを返してやれることを願うと、春はAB社に向かって歩き始めた。場所はアキラに聞いて、既に知っている。
 胸に手を当てれば、心臓の鼓動を感じることができた。俺はまだ生きている、この命に代えても、ノキちゃんを助ける。
 決意を結び直し、怒りを燃やし、春は歩いた。

 2

 ランドマークプラザを抜け、桜木町の街を歩く。
 AB社は割といい位置に本社を構えているらしく、桜木町の駅からそこまで遠くはなかった。
 大きな門は、口を開いて待っていた。まるで春を待ちわびていたかの様に。
 その門を潜り、サッカーが出来そうな程に広い駐車場を抜けると、自動ドアの入口へと入る。
 白いエントランスホール。床は大理石で敷き詰められ、春の顔がぼんやりと映るほどぴかぴかだ。受付のカウンターには誰もいない。もう社員は全員帰ったのだろう。
 空の受付を横目に、その先のエレベーターホールへと足を踏み入れた。
 長方形の部屋。オレンジ色の照明で照らされた薄暗いそこに、エレベーター四機が左右の壁に二機ずつ配置され、それを操作するための円柱型操作盤が部屋の中央に鎮座していた。
 腰の高さまであるそれに近づき、じっくりとそれを観察する。
「……優が言ってた操作盤は、これか」
 三角が背を向け合い、上と下を指しているボタンがあるだけの、なんの変哲もない操作盤に思えた。だが、優の言葉を信じて操作盤を調べてみることにする。
 円柱の腹の部分をポンポンと叩いてみたり、全身を摩ってみたりしてみるが、まったくなんの反応も示さない。試しに、円柱の縁を掴んで持ち上げようとしてみると、意外にもすんなり持ち上がった。そのまま押し上げてみると、まるでオイルライターの様に開いて、中からはもう一つ、下を指すボタンが出てきた。
「……」
 それを押すと、いきなり地面が揺れ始める。
「なんだ……?」
 振り向くと、入り口の向こう側にあるはずのエントランスが消え、真っ暗闇になっていた。
 そこで春は気づいた、このエレベーターホール自体が、巨大な一つのエレベーターになっているということに。
 天使らしい、といえばらしい。そう思って、春は呆れてしまった。
 そのエレベーターは、ものの三十秒ほどで目的の階についたらしく、揺れが収まり、入り口の向こうには白い部屋が見えた。
 エントランスではない。病院の様な雰囲気の部屋。消毒液の匂いが鼻につき、その部屋の中に存在する無数の培養カプセルが春の不快感を増幅させる。もちろん、中身はスパルトイだ。

「やあ、御堂春。待ちかねたよ」

 カプセルで出来た道の先に、天使が立っていた。
白衣のポケットに手を突っ込み、タバコを吹かしている。
 そしてその後ろには、十字架へ磔にされたノキの姿があった。
 怪我はなく、まだ意識を失ったままらしい。それを見てホッとしたが、すぐに気を引き締め、春はゆっくりとカプセルの道を歩き、二人の元へ歩み寄っていく。五十メートルはあるだろうその距離を、徐々に縮めて行く。
「天使。お前、なんでこんなことをしたんだ」
 歩きながら、春は言った。天使は薄ら笑いを浮かべたまま、タバコを掌で消し、シケモクを白衣のポケットに押し込んだ。
「ふふ。この世が腐っているからさ」
「……どこが」
「無能だらけだからだよ。みんな僕より無能だから。僕が支配してやらなきゃいけない」
 道の真中まで来た辺りで、天使がゆっくりと歩き出した。
「さあ! やろうアスラ――いや、フェイクマン!! これが最後だ!」
「うおおぉぉぉぉぉぉぉッ!!」
 春は、天井に向かって叫んだ。
 人間として死んだ日と同様に、春は姿を変えていく。
皮膚は黒く、骨はその皮膚を飛び出し外殻へなり、フェイクマンに変身した。
 そして、右腕のガントレットを開き、槍を取り出し構える。
 天使も白衣を脱ぎ捨て、ネクタイを緩めると、酷く楽しそうに呟く。
「ふふ。本気で行くよ」
 天使の体が姿を眩む程に白く光る。
 フェイクマンと同じ様に姿を変えていき、光の繭を破る様にして天使は出てきた。
「なんだ、その姿は……?」
 思わず春は、槍を落としてしまった、
 天使の姿は、フェイクマンそっくりだったのだ。
 正確には、フェイクマンの様に鬼ではなく、を模した様な姿。白いマフラーはまるで翼の様に展開し、白い外殻はフェイクマンの様にごつごつとした角張った先ではなく、丸みを帯びていた。
「僕はこの姿を、シヴァと呼んでいる。さあ、来たまえ御堂春。私に勝たねば彼女の未来はないぞ!」
 無言で槍を拾い上げ、構え直して特攻。
「おおおおおおおッ!」
 手の内も見えない、だからと言って攻めないでは勝てない。考える前に攻める。
 そう決め、天使――シヴァに向かって走るのだが、シヴァがゆっくりと右足を上げる。
 すると、その足の周りに青白い光の弾が無数に現れた。
「行け」
 刀を振り抜く様な鋭さで足を振ると、その光弾が導かれる様にフェイクマンの元へ飛んで行った。
「っちい!」
 槍をバトンの様に回し、自分の前に壁を作る。光弾はその槍に弾かれ、フェイクマンの体には当たらない。
「ははッ! 対策くらいは考えてきたか!」
 しかし、それも予想していたかの様に、シヴァは取り乱さない。
 ゆっくりと歩き出すと、シヴァは左右の腕に取り付けられたガントレットを剣へと変形させる。そして、一瞬で加速し、フェイクマンの懐まで潜り込み、胸の外殻を切り裂いた。
「ぐうううッ!」
 外殻だからダメージはないが、それでも驚きからか一瞬足が止まる。
「ほらほら! どうしたどうした御堂春! まだまだ始まったばかりだぞ!?」
「うるっ、せえ!」
 槍でシヴァの繰り出す斬撃を弾き、反撃を試みるが、捌くだけで精一杯。とても反撃は繰り出せそうにない。それでも、天使は全力を出していないだろう気がして、余計腹が立った。
「だったら、意地でも全力出させてやるッ!!」
 両腕にエネルギーを集中。すると、フェイクマンの両腕が蛍光色に光りだす。
 腕に力がみなぎってくる。その力を使い、フェイクマンはシヴァの剣を弾いて距離を取った。
 五歩ほど距離が開き、その隙にフェイクマンは両腕の力をすべて使い、上半身のバネを活かした必殺の突きを、天使の腹にに向かって突き出した。
「オオオオッ!!」
「ちッ!」
 その瞬間、まるで鉄と鉄がぶつかったような、鈍い音がした。
 どうなったのか疑問に思い、フェイクマンは、そっと槍の先を見る。
「ふふ……いやいや、少し予想外だった。その生体エネルギーは、対象に向かっての打撃で叩き込む必殺技だったのだが――」
 槍の穂先は、柄をシヴァに掴まれた事で威力を消され、腹の外殻を突破することはできなかった。
「――私も使わせてもらったよ、生体エネルギー」
 見れば、シヴァの両腕も淡く蛍光色に輝いていた。
「こういう使い方もあるのか。やはり技術は、戦いの中で進化していくな」
 感心する様に言うシヴァ。だが、それだけで終わる訳には行かない。
「まだ、だ……ッ! まだだ!」
 春の腕のエネルギーが徐々に増えて行く。激しく光り、それに呼応するかの様に力も倍増する。
「おおぉぉぉぉぉッ!!」
 シヴァの手を押し切る様に、足をふんばり槍を押す。まるで山を押しているようにビクともしない。それだけシヴァとフェイクマンには個体差があるのだろう。
「負けてたまるか……ッ!」
 体が軋み始めた。天使に改造された機械の体に、限界が近づいてきたらしい。
 昨夜、ヴァーユとの戦闘。あれがフェイクマンの体に与えたダメージは軽くないのだ。
 それに加えて、高出力のエネルギー放出。体がバラバラになりそうな激痛が全身に走る。
 苦痛に耐え、歯を食いしばる。しかし、それでもシヴァを貫けない。
「もういい。御堂春。諦めて僕に従え」
 シヴァの言葉で、ヴァーユとの戦闘が頭を過ぎった。
 本当に天使の為だけに動く人形。それだけは許せない。

 そして、ノキがそうなるのは、もっと許せなかった。

「させて、たまるかあああああッ!!」
 ドクン、と心臓が大きく高鳴った。左胸だけでなく、右胸からも。
 その瞬間、腕を纏っていたエネルギーが突然増え、力が今まで以上に溢れ出る。
「貫けええッ!!」
 シヴァの腕を抜け、外殻も貫き、槍は深々と半分以上もシヴァの腹に埋もれていった。
「う、ごぷ……ッ!」
「はあ……はあ……ッ、な、んだ。これ……?」
 シヴァの懐に潜り込んだまま、自分の胸をまじまじと見てみる。
 心臓の鼓動を、両胸から感じる。しかし、あの力は一瞬だけだったのか、どんどん体の力が弱っていく。
「く、くく……やっと、発動したか……」
 頭の上から声がして、フェイクマンはゆっくりとシヴァから離れた。
 口から血が漏れ出しながらも、シヴァは笑みを絶やさない。その様は、酷く不気味だ。
「キミの、改造人間としての能力は……二つの心臓による超高出力のエネルギー放出……」
「……まさか」
 フェイクマンの頭に、一つの仮説が浮かんでくる。そして、その仮説は、おそらく百パーセント正しい。仮説を確認すべく、フェイクマンはその仮説を口にした。
「……まさか、もう一つの心臓は、夏のか?」
 シヴァは、ゆっくりと頷いた。
「そう……。君たち兄妹の心臓をエネルギーポンプとして改造した」
 フェイクマンは、拳を握る。強化された皮膚が千切れそうになるほどに。
 その拳で、シヴァを殴ってやろうと思ったその時、シヴァは今まで以上に凶悪な笑みで呟く。

「僕の、実験台としてね……ッ!」

 一瞬訳がわからず、殴ろうとした手を止めてしまった。
 しかし、その一瞬は改造人間に取っては充分な時間。シヴァはいつの間にかフェイクマンの前から消え、ノキが張り付けられた十字架の根元に立っていた。槍を投げ捨て、ノキを見上げる。
「起動した、という事は実験は成功か! 心臓を一人の人間に二つ、というのはいささか不安があったが、問題無いようだ!!」
 言うや否や、シヴァのマフラーが触手の様に蠢き、磔にされたノキを巻き取る。
「何を――ッ!?」

「いた、だき、ます」

 しゅるしゅると布ズレの音を立てながら、天使は背中にノキを取り込んで行く。
 ずぶずぶと、底なし沼に填ったかの様に、ノキの体が天使に飲み込まれる。
「ノキちゃん!?」
 ゆっくりと、最後に残った腕も飲み込まれた。
 その腕はまるで、助けを求めていた様に見え、その瞬間フェイクマンはあの夜を思い出す。
 夏の最後。助けを求め、春に手を伸ばしていた。それを春は掴んでやることができず、妹を見殺しにしてしまったのだ。
 そして今、同じ事を繰り返し、ノキまでも天使の犠牲にされた。
「くくッ。思った通り、この子は改造人間の素材として――いや、僕のエンジンとして、最高の素材だ! 力がみなぎってくるぞッ!!」
 体が先程より一回り二回りも大きく、シヴァの体躯は筋肉でがっちりと固められている。
「さて……実験と行こうか。どれだけの力を秘めているのかを、ね」
 禍々しい輝きを増した左右の刃をこすり合わせ、フェイクマンを睨んだ。
 そして次の瞬間には、フェイクマンの目の前に立っていた。
 先程までと同じ一瞬でも、スピードの質が違う。今度は、フェイクマンの目にも写らない程のスピード。
「フッ!」
 瞬く間に体中を切り刻まれ、全身から血が吹き出す。
「あッ……!」
 ガードをする暇すら与えられず、フェイクマンは地に膝をついた。
「だが、まだまだ」
 丁度いい位置まで落ちたフェイクマンの頭を、シヴァの蹴りが真横の弾く。
「ぐう……ッ!?」
 頭が揺れる。視界も定まらない。今自分が立っているのか、倒れているのかすらもはっきりしない。
「で、も……! 負ける訳には……」
 地震が起こっているかの様に揺れる地面を押し、震える膝で立ち上がる。
「おお、おおおおおッ!」
 シヴァに向かって踏み込み、渾身の右ストレート。
 だが、それも硬い外殻に阻まれ効果はない。外殻に阻まれなかったとしても、シヴァを倒せるだけの力など、もうフェイクマンのは残っていない。
 その拳を見て、シヴァは心底がっかりしたかの様な深い深いため息を吐いて、呟いた。
「終わり、だ」
 その一言と同時に、シヴァの刃がフェイクマンの胸を貫いた。
 どくどくと傷口から赤い液体が漏れ出し、命が失われていく感覚を実感する。
 刃が抜かれると、フェイクマンは床に崩れ落ち、血はさらに激しく漏れ出してきた。
「キミはそこで死んでおけ。世界征服が済んだら、洗脳して生き返らせてやる」
 フェイクマンを一瞥し、身を翻してエレベーターに向かおうとするシヴァ。
 その足を、フェイクマンは残った力で掴み、なんとか足止めしようとする。
「ま、て……まだ、終わってない……」
 しかし、抵抗空しく、あっさり腕を振り払われ、天使はフェイクマンが乗ってきたエレベーターを操作し、上へと向かった。
「くそ……ッ! ごめん、ノキちゃん……ごめん、みんな……」
 守ると約束したのに。
 天使を倒すと約束したのに。
 全部果たせないまま、こうして死んでいく。
 それが酷く悔しくて、涙が流れた。
 結局、改造人間になっても弱いまま、何も守れないまま死んで行く。それが悔しかった。
『諦めちゃだめだよ。お兄ちゃん』
 ――トクン。
 小さいながらも、力強い鼓動が胸を叩いた。
『まだ終わってない。ノキちゃんも、まだ生きてるんだよ? 夏も力を貸すから、行こう!』
 ――ドクンッ!
 強く、胸を飛び出してきそうなほどに大きな鼓動が胸を叩いた。
「な、つ――なのか……」
 ああ、そうだな。夏。
 涙を拭いて、ゆっくりと立ち上がる。
 体は相変わらず限界。頭はクラクラするし、血がたりない。けれど。
「……まだ、ノキちゃんが生きてるならッ!!」

 約束は、終わってない!

 全身から、鮮紅色のエネルギーが漏れ出した。
 まるで今までダムに塞き止められていたかの様に、濁流となって溢れ出す。
「うおおおおおおおおおおおおおッ!! 行くぞ、天使ァァッ!!」
 膝を曲げ、真上に向かって跳躍。
 天井も拳で突き破り、一気に一階エントランスまでやってきた。
「……フェイクマン?」
 ちょうどエレベーターから降りてきたシヴァと鉢合わせ、彼は首を傾げながらフェイクマンに歩み寄ってくる。
「なんだ、そのエネルギーは。どこにそんな力を隠していた?」
「……これは、夏の力だッ!」
 今度は先程の仕返しとばかりに、フェイクマンが一瞬でシヴァの懐へ潜り込む。
 ガントレットを変形させた刃でシヴァを切り裂こうとするが、それはシヴァの両腕の刃に防がれた。
「くくッ……弾き返してやる」
「フンッ……ガアッ!!」
 鮮紅色のエネルギーを腕に纏わせると、まるでシヴァの両腕なんてないかのように刃を砕き、シヴァの胸に縦一文字の傷をつけた。
「なっ!?」
 血が勢いよく噴出し、返り血がフェイクマンの体に付着する。
「馬鹿なッ!」
「まだまだあッ!」
 左のストレートをシヴァの顔面に放つと、シヴァの体は受付カウンターに向かって勢い良く飛んだ。その衝撃でカウンターは破壊され、シヴァは瓦礫に埋れる。
「すごいな、その力……ッ!」
 しかし、すぐに瓦礫から這い出してくるシヴァ。
「キミをこのまま放っておくのは危険らしいな……。最大、最高の敬意を表して、ここで御堂春を殺す」
 シヴァの体から漏れ出すプレッシャーに、フェイクマンは右腕をガントレットに戻し、優から受け取った銃を取り出した。
「フッ、オオオオオッ!!」
 シヴァの全エネルギーが、彼の右腕の刃に集中していく。
 フェイクマンも右手に銃を持ち、銃口をシヴァに向けて構える。
 そして、自分の体を取り巻く全てのエネルギーを、銃に――銃の中にある弾丸に込める。
「さあ、行くぞ御堂春ッ!!」

 先に動いたのはシヴァだった。
 刃を振りかぶり、一瞬で距離を詰め、振り下ろす。
 それをフェイクマンは、銃を左手に持ち替え、ガントレットで剣を受ける。
 わずかばかりエネルギーをガントレットに移動させた為、ガントレットは破壊されたが腕は無事だった。
 そして、左手にあった銃は、天使の腹に突き刺さっていた。先程フェイクマンが風穴を開けた場所に。

「終わりだ、天使。お前の犠牲になった人たちの分。しっかり味わえッ!!」
 凄まじい音がした。ダイナマイトでも爆発したのか、という様な大きな破裂音。
「か――ぁ……ッ!」
 シヴァは覚束ない足取りでフェイクマンから離れ、力ない目でフェイクマンを見る。
「ふふ。……ははは。負けたか……。負けるつもりは、なかったのになあ」
「天使。ノキちゃんを、返せ」
 ダメージが許容範囲を超えたのか、シヴァの変身が解け、ゆっくりと天使へと戻っていく。
 そして――まるで天使と分離するようにして、ノキが現れ、フェイクマンに倒れかかってくる。それを優しく支えてやり、フェイクマンから御堂春に戻る。
 人間に戻っても、やはり体中傷だらけで、体力も底を尽きそうだ。
「安心しろ。まだ生きてる」
「ああ……知ってる。夏から聞いた」
 それを聞くと、天使はただ息を吐き出す様にして笑う。
「はは……そうかそうか。死んだ妹から、聞いたか……。――御堂春、何がキミをそこまでさせるんだ。……それだけ体をボロボロにして、得るものがあったか……?」
 春はノキの顔を見る。安らかに、不安なんて何もなさそうに眠る彼女の寝顔は、見ているだけ癒された。
「得る物なら、あったよ」
 そして、天使に聞こえるか聞こえないかくらいの声で、ささやく。

「この子が俺を救ってくれた。この子がいる限り、俺は人間でいられるんだ」

 それを聞いた天使は「そうか」と頷いた。
 春はズボンのポケットから、アキラの手錠を取り出し天使へと一歩踏み出す。
「自首しろ天使。お前は夏や――犠牲にした人たちに、償わなきゃいけない」
 すると天使は、白衣のポケットに手を突っ込み、携帯電話ほどの黒いスイッチを取り出し、親指でゆっくりと押した。
「――それには及ばない。僕は今、死を選んだ」
「お前、今何をした……?」
「ふふ……。僕はいつでも、自分の逃げ道を作っておかないと気が済まないタチでね……。今押したスイッチは、いつか警察が乗り込んで来た時に使おうと思っていた、この会社を爆破させる装置の起動スイッチだ……」
「な――ッ!」
「早く行け。あと少しで爆発するぞ。キミも死にたいのか」
 春はノキを抱え、入り口に向かって走った。
 自動ドアを蹴破り、外に出て、この会社の敷地外まで一気に走り抜ける。
 そして、門を飛び出し、まだ爆発しないのかと後ろを振り返った時だった。
 
AB社は先程の銃声以上の轟音を上げ、内から飛び出してきた爆炎によって崩れ落ち、赤い炎を燃やす。
 それはまるで、天使が痛い、苦しいと泣いている様に見えて、どこか後味が悪かった。

       

表紙
Tweet

Neetsha