Neetel Inside ニートノベル
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 9 風祭優―探偵―

 長くて不愉快な夢だった。
 マッドサイエンティストに体を弄繰り回された挙句、自分の意思も奪われくだらない遊びに付き合わされた。嫌いな人間に捕まった時のような不愉快なその夢から、風祭優は覚めた。
 目を開いた先にあったのは、木目調の天井。
 ゆっくり体を起こすと、そこは少女らしさが全面に押し出された部屋だった。
 薄いピンクのシーツ、勉強机の上に置かれたうさぎのぬいぐるみ、一際大きな本棚がある六畳間。そこから優は、本好きの学生が使っている部屋だろうと推理する。
「……ここはどこ?」
  記憶を遡ると、だんだん思い出してきた。
 先ほどの夢が現実であることや、自分がすでに人間ではないこと。曖昧な記憶だが、その中でもはっきりと覚えている。自分を救ってくれた青年の事を。
「……結構な迷惑、かけちゃったみたいねえ」
 苦笑、もしくは嘲笑。
 起き上がり、その青年を探しに行こうとするが――
「痛ッ!」
 全身の激痛で、起き上がるどころの話ではなかった。
 見れば、優の服はワイシャツだけ、あらゆる箇所に包帯が巻かれており、昨夜の戦いの激しさを痛々しい程に物語っていた。いくら改造人間でも、ギリギリなダメージだったらしい。
「あー、最悪……」
 動けない事がこんなにもどかしく思ったことはなかった。
 礼は早く言っておくに限る。借りっ放しは性に合わない。
「ん……んん」
 と、床から声がした。女性の声だ。
 下を見ると、ブラウスと青い下着だけを身につけた女性がタオルケットにくるまって眠っていた。その姿の所為か酷く幼く見えるが、優と同年代だろう。
「ねえ、ちょっと」
 その少女とも言える容貌の女性を揺すり、声をかける。
「う、ん……?」
 頭を起こし、優を見ると、焦点の合っていなかった目がゆっくりと優に向かって合って行く。
「お、優ちゃん!」
「ゆ、優ちゃん!?」
 そんな呼ばれ方はされたことがなかったので、うろたえてしまった。
 その隙を狙ったかの様に、彼女は優の首に向かって飛びついてきた。
「きゃー! 意識が戻ったー!」
「ぎゃあああああ! 痛い痛い痛いいいいいッ!!」
 優の体は昨夜の戦いで全身を負傷しているのだ。抱きつかれれば傷に障るのは当たり前だ。
 優はすぐに彼女の肩を掴んで引き剥がす。
「アンタ誰!? ていうか、ここどこ!」
「うう? ああ、そっかそっか。ヴァーユとは会ってたけど、優ちゃんとは初めてだっけ」
 失敗失敗、と可愛らしく舌を出し、ごめんと頭を下げた。
「ここはコーヒーベルト。斗賀ノキちゃんの部屋。そして私は水島珠子。昨日、あなたを助ける為に走りまわったんだけど、覚えてない?」
 昨夜の、うすらぼんやりとした記憶を探る。
 夜の山下公園。そこに立つヴァーユになった自分。そして、フェイクマンと人間の二人。
「……あ、もしかして、山下公園にいた」
「そうそう! 思い出したみたいだね?」
 昨夜自分を助けた三人の内の一人、という優の予想は当たっていたらしく、彼女は嬉しそうに歯を見せて笑った。人懐っこい子だなあ、と内心で苦笑してしまう。
 と、その時だ。
 部屋のドアがノックされ、返事も待たずに春が入ってきた。
「おーい。今なんかすごい声したけど――って、何してんのお二人」
 何をしているのか、という問いがわからず、優は首を傾げた。
 しかし、すぐにその意味がわかった。優と珠子の顔が近すぎて、キスする手前の様な状況だったのだ。
「ごめん。終わったら呼んでくれ」
「だあああッ! 違う、違うって春! 誤解だから!」
「そうだよ春くん! 私たちレズじゃないって!」
「――お邪魔じゃない?」
「「全然!」」
 二人の声が重なり、なんだか逆に怪しい様な気もしたが、春はあっさりと受け入れ「ならいいけど」と言ってくれた。
 ほっとため息を吐き、優は珠子を離し、再びベットに寝転んだ。
「あー、なんだかどっと疲れた……無理させないでよ、病み上がりなんだから」
「上がってないじゃん」
「言葉の綾よ」
 珠子の言葉をめんどくさそうに返すと、目に手を当て気怠げに呟く。
「春」
「ん?」
「その、……ありがと」
「どういたしまして」
 少しだけ手を退け、ちらりと春を伺うと、彼はにっこりと屈託なく笑っていた。
 それを見ていると、なんだかさらに恥ずかしくなった様な気がして、また手で目を覆う。
「御堂さん? さっきの声は――」
 開けっ放しのドアから、今度はスーツ姿の男性が入ってきた。上半身を起こし、その男性を見ると、彼も昨夜の山下公園にいた人物だとわかった。
「風祭さん。意識が戻ったんですね」
「アンタは……?」
「私は鳴海アキラ。刑事です」
「……なんで刑事が?」
 尋ねると、アキラと珠子が深刻そうな顔で視線を交わす。
「そうですね、話しておきましょう。私達が、風祭さんの捜査をし始めた理由を――」
 アキラはぽつりぽつりと語り始めた。
 五十嵐が逮捕されたこと、その五十嵐から捜索を依頼されたことを。

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 その話を聞いて、優はそっと呟いた。
「そう。逮捕されたんだ」
 あっさりとした物で、表情はどちらかと言えば明るい。
「ま、ヤクザはいつ捕まるかわからないものね。……もしかして、あたしも捕まるのかしら?」
 優も一応、AB社に不法な手段で侵入している。本来ならすぐに逮捕されてもおかしくはないはずだ。
「いえ、被害届は出されてないですし、現行犯でもないので。我々にできることはありません」
「あら、いいの?」
 優は目を見開き、アキラの顔を見た。
「ええ。……その代わり、もう二度と、あんなマネはしないようにしてください」
「わかってるって。流石に、一回改造されたら、もう懲り懲りよ。――それより、春に一つ、聞きたいことがあるんだけど」
「ん、なに」
「ここ、ノキの部屋だって聞いたけど。……ノキはどうしたの?」
 先程から気になっていたのだ。珠子にこの場所を聞いた時から。
 優の予想通り、春の顔つきがにこやかな物から真剣なものに変わった。
 そして春は、小さく呟いた。
「……ノキちゃんは、天使に拉致された」
 やっぱり、と優は頭を掻いた。この状況では、その可能性が高かったので、彼女も予想はしていたのだ。
「それで? いつなのよ、戦いに行くのは」
「今日の夜。変身できるようになってから」
 自分の体のダメージを計算してみる。今日の夜、戦いに行けるかどうかを考えてみたが、無理そうだった。見れば、春の体にも包帯が巻かれている。怪我はまだ治っていないらしい。
「で、あんたは大丈夫なの?」
「大丈夫」春は力こぶを作って見せ、平気な様をアピールする。それが逆に強がりとも思えたが、少なくとも今の自分よりはマシだろうと思い、納得しておいた。
「どうせ、止めても行くでしょ。野暮な事聞いたわ」
 本当に野暮だったと思う。どうせ、もう戦えるのは春しかいないのに。
 優はベットの隅に置かれた自分の衣服を漁り、その中から銃と弾丸を掴んで春に投げた。
「使いなさい。――それで天使を、ぶっ殺してきなさい」
「……いいのか?」
「もちろん」
 本当は自分の手でやりたかったが、この体では無理。ならばいっそ、自分の力を春に使ってもらおうと考えたのだ。
「それと、天使の研究施設には、アイツ以外普通はいけない。でも、元配下の私だけが知ってる特殊な出入口からなら簡単に行ける。一階のエレベーターホール、エレベーターの操作盤をよく調べなさい」
「エレベーターの、操作盤……」
 できうるだけ、自分の知っている情報を春に告げると、突然眠気が襲ってきた。
 まだ疲労が体に残っているのだろうか。とにかく我慢せず、優はベットに頭を落とす。
「じゃ、あたしは寝るけど……全部終わったら起こして」
「ああ、おやすみ、優」
 春の声を聞いて、優の意識はすぐに暗転した。
 次に目覚める時は、すべて終わっていると信じて。

       

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