Neetel Inside 文芸新都
表紙

リセットロケット
二、ライトニンライド

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 操縦室といっても、機械や計器類が入り組んでごちゃごちゃしているわけではなく、中身は非常にシンプルだ。ここにあるものといえば、他のロケットと連絡を取り合う通信機と、うんざりするほど変化のない空の世界を見せてくれる窓と、数種類のモニターと、あとはこのロケットの最終目的地決定ボタンだけ。
 わずかな軌道のずれや速度のずれなどはロケットのメインコンピューターが勝手に処理し修正してくれるために、手動操縦に関するものは不要と全て取っ払ってしまったというわけだ。
 中でも最終目的地決定ボタンというのは、文字通りロケットの終着点を決めるボタンで、座標を入力するだけでその場所に着陸することができる。しかしボタンを押すにはなぜか最低でも二人を必要とするので、私には海中深くに潜る事も空の真ん中で急停止することもできない。
 することといえば、通信機をつかって「おはよう」とでも挨拶するか、この閉じられた環境で無理に世間話でもほじくり出すか、愚痴や呪詛の言葉を吐き出すか、そんな自分に吐き気がして嫌になって酒を飲むか、というか他人がいないために客観的な自分というものが欠乏し現実を直視できなくなって布団の中に逃げ込んで夢を見続けるか、気が狂ったと見せかけて本当は狂ってないけど歯止めがきかなくなって本当に狂ってしまうか、ロケットのハッチを開けてパラシュートなしのスカイダイビングを敢行するか。
 なんだ、することいっぱいあるじゃん、私。


 操縦室についた私は通信機でライトニンライドに話しかける。
「ようライド、化けて出てきたぜ。ヒュ~ドロドロオ」
「ヒィ! ごめんなさいごめんなさい、生まれてきてごめんなさい! ナムアミダブツ、ナムアミダブツ……」
「ハハハ! ちょっと気になったんだけど、あんた何教なわけ?」
「宗教はロックだ。そう思わないかい?」
「あんたが言うと、説得力が九割九分九厘くらい減るね」
「アハハ、それってほとんど無いじゃないか。そういうリッカの宗教は何?」
「んー、空飛ぶスパゲッティ・モンスター教かな」
 私は真面目に答えるのも馬鹿らしいと思ったので、どうせならできる限り馬鹿らしい返答をしようと思い言った。そうしたら彼はツボにはまったらしく、スピーカー越しに彼の笑い声が絶え間なく響いた。
「ちょっと、そんなにおかしかった?」
「アハハハハ、だって、アハハ……ふぅ。ところでひとつ聞いておきたい事があるんだけど」
「何?」
「『アーメン』よりも『ラーメン』の方がよかったかな?」
「お好きにどうぞ」


「ところで」ライドが尋ねる。「ご飯とかちゃんと食べてる?」
「いや、全く。今ではウイスキーしか飲んでないよ」
「えぇ、いつからそうなの?」
「うーんと……半年くらい前かな」
 多分そうだった気がする。
「半年も! よくそんなので生きていられるね、感心するよ。ひょっとすると、ここに新たな進化を遂げた人類が誕生しようとしているのかもしれないね」
「それも私一代で終わりだけどね」
「あ、ごめん」
 ライドは申し訳なさそうに口をつぐんだ。気まずい空気が流れる。しかし私はそれをどうしようとするでもなく、ライドとの通信を切り、音楽を流し始めた。
 少年ナイフの「ロケットにのって」だ。
 私は歌を口ずさむ。「行こう、行こう」私はどこに行くのだろう。ひとりになった私は、どこに行けるというのだろうか。音楽は、私の空元気の中でむなしく響きわたる。胸の奥から感情が暴走し膨張し、頭に開いた穴という穴から体積を奪われて居場所を失ったしょっぱい液を搾り出す。
 モニターに目を落とすと、文字が赤く明滅しているのに気づいた。外部に取り付けられた貯水タンクが故障したことを私に知らせている。
 まったく、世話のやけるロケットだね。私がいなくなると、あんたも寂しくなるだろうに。
 私は心の中でそう呟き、異常を確認しにハッチを開け、ロケットの外へ出た。


 

       

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