Neetel Inside 文芸新都
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リセットロケット
五、スカイオブミューティレイション

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 翌朝。
 私たちは当然のごとく頭の痛みに悩まされていた。寝ている間に脳味噌と石のかたまりを交換されたような重たさを感じる。
 私はまた迎え酒でもしようかと思ったけど、アートに「さすがにそれはやめようぜ」と諌められたので、しかたなくこの二日酔いを味わい続けることにする。つくづく私にはこんな風に注意してくれる人がいないと駄目だな、とあらためて思い知らされた。
 スピーカーから通信が入り、一瞬甲高い音が流れる。私は「またライドだな」とすぐさま思った。思った後、そういえばライドにはアートの事を話してなかったなということに気付き、何かアートを利用してイタズラでもできないだろうかと、私は小悪魔的な頭脳を回転させる。
 しかしスピーカーの向こう側の様子を察するに、何かいつもと事情が違うようだ。
「おい、聞こえるか?」
 その声はライドのものではなく、年季の入ったようなしわがれ声だった。息を切らしながら吐き出した言葉は、事態の深刻さを物語っていた。
 私は操縦室へ行き、通信を行う。
「はい、こちら聞こえます」
「おお、あんたがいつもライドと話をしているリッカちゃんか。実は今大変なことになった」
「大変なことって、何ですか?」
 私は息を飲んで次の言葉を待った。
「ライドが、『殺人風邪』にかかっちまったんだ」


「殺人風邪」の恐ろしさは、私が一番よく知っている。
 かかった人はみんなわが身が蒸し焼きにされるような苦しみにもだえ、うなされ、一晩とたたないうちに死んでいった。私は何もかも奪われ、そしてまたひとつ大事なものを奪われようとしている。
 詳しい話を聞くとライドは今、他人との接触を避けるために個室に隔離されているらしい。私と交信できるように、通信機の子機を持たされて。
 それを教えてもらうと、通信はそこで途切れた。そしてまた新たに通信がかかってきた。
 ――ライドだ。
「や、やあリッカ、元気かい?」
 それは弱々しく、どこか孤独さを感じる声だった。途方もなく寒い暗闇の中、ひとりぼっちで縮こまって震えているような。しかし吐き出す息は、スピーカーを融かしてしまうんじゃないかと思うくらい熱っぽい。
 私は何を彼に話せばいいのか、その答えなんて永遠に出てこないのだろうと思われた。とにかく突きつけられた現実が残酷で、巨大で、重たすぎた――石のかたまりなんかよりも、ずっと。
 私が何も言いだせないでいると、ライドはぽつりと呟いた。
「リッカ、ごめんね」
 彼はただそう言った。そして同時に彼が私に詫びるに至らせた理由に気付いてしまった。
 ――ライドは優しすぎる。
 私の脳裏には、母が亡くなる直前の光景がフラッシュバックされていた。「一緒に居たい」と泣き喚いていた私を、母は死ぬまで部屋に入れようとはしなかった。ドア一枚を隔てた向こう側で、消え入りそうな声で母は最期に言った。
「ごめんね……あなたを一人にして」
 ライドの言葉は、それと重なって、私に涙を流させた。どうしてこんなにも優しい人たちが、あのどこまでも遠い空の上に行かなければならないのだろう。私は泣いて泣いて、泣きじゃくった。
 ライドはもう、何も言えなかった。


 

       

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