Neetel Inside 文芸新都
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リセットロケット
六、ファイナルデスティネーション

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 ライドが罹っていたのは、ただの風邪だった。数日間横になって安静にしているだけで、ずいぶんと快癒に向かっていったのだから、ロケットの他の搭乗員や私たちの心配は何だったのかと問いただしたい。
「やあリッカ、化けて出てきたよ。ヒュ~ドロドロオ」と、元気になったいの一番にライドはそう言ってくる。
「ははー。成仏してくださいよさっさと。きっと地獄ではあんたが死ぬか死なないか亡者さんたちが賭け事をしていたと思うぜ。けれどあんたは何だ何だ、幽霊になっちまって賭けはすべてパーだ。さっさと地獄に堕ちるか現世に戻るかしないと、もし地獄に堕ちたとき、やつらは容赦しないぜ」
 私は死ぬほど心配したんだから。
「じゃあオイラ、この世に戻ってくることにするよ」
「おかえり、ライド」
「ただいま、リッカ」


 今日はそんな夢を見た。ライドが亡くなってから、もう半年近くが経つ。他のロケットからの通信も、もう来なくなっていた。
 私とアートは、もう話すことがないなっていうくらいお互いに話をした。会話で正気を保つためのバリケードを張り巡らしていたのだ。しかしその会話の雲から抜け出した沈黙の空には、丸裸にされた私たち二人の姿が垣間見えるような気がして、そんな不安を私たちはずっと頭の隅に隠していた。
 そしていよいよその不安が顕在化してきた。更に悪天候続きでロケットの上に植えていた作物がことごとく枯れてしまって、深刻な食糧不足に陥っていた。今まで何度もそう思ってきたけど、今度こそもう駄目だ、と思った。今度のは逃げ込む場所がどこにも無さそうに思えた。


「いや、逃げる場所ならあるぜ」アートはそう言う。
「一体どこに逃げるっていうのよ」
「大地だ」
 アートは遥か下方を指差す。
 確かに、その方がいいのかもしれない。こんな狭いロケットの上で一生を終えるよりかは、一度でいいから地平線の広がる世界に降り立ってみたい――たとえ、ドラゴンに喰われようとも。母やライドのように、最期は人間らしくありたい。
「いいね、大地に行こう」
「そうだ、大地に行こう。俺たちには失うものが何もない……この空の下に広がる風景を、一目でいいから見てみたい」


 私たちは、ロケットの最終目的地決定ボタンの前に立った。
「ちゃんと平地の場所に設定したんだよな?」
「したよ、ちゃんと」
「そうか。それじゃ押すぜ……一、二の」
『三!』
 私とアートは、同時にボタンを押した。船体が下方に傾き始める。
 私たちは、座席に自分の体を固定した。
 これからは、もう空の上に戻ることはできない。安全で守られた空間は、この先には存在しない。しかしこれは私の選んだ道なのだから、後悔はしていない。それでも私の頭の中を支配したのは、絶対的な死、それに対する恐怖の感情だった。
 私は震える手を、アートの手の甲に重ねた。しかし震えていたのは彼も同じだった。
「なあ、俺たち」アートが言う。「怖いんだね」
「逃げ場なんて、結局無かったのかもしれない」
「ああ、そうだ。俺たちは立ち向かったんだ」
「ねえ」私は言う。「ドラゴンなんかに突っ込まなくたって、英雄にはなれるものなんだね」
「そう、俺たちは英雄さ。少なくとも、それだけで十分だ。見ろ! 地面が見えてきたぜ……ああ、広いな……」
 緑色の草原から、茶色い土が顔を覗かしている。それは遥か遠方の山まで続いているように見えた。
 ロケットは数回バウンドをして、周囲の景色を擦りながら、速度を落としていく。そして地面を抉り、完全に停止した。


 

       

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