Neetel Inside 文芸新都
表紙

リセットロケット
四、プラトニックアート

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「ちょっとあんた、大丈夫?」私は仰向けになった少年に向かって言う。
 少年の目は私ではなく、どこか遠くのほうを見つめたまま動かない。それはどこまでも広がる青い空だろうか、それとも別の何かだろうか。時折見せるまばたきだけが人間的な印象をもたらす。彼は視界の隅に私を見つけて、焦点を合わせる。
「ここは、どこだ?」少年は小さな掠れた声で言う。
「ここはロケットの上よ。あんた一体どこから来たの?」
「俺は……空の島から来た」
 少年はそういって上体を起こそうとする。しかし体の節々が痛むらしい、「イテテテ」と呟いて苦戦している。
「そんなに痛むのなら、無理せず横になっていたほうがいいわよ」
「いや、大丈夫だ、心配ないよ。ところで」少年は首の回転が自由になったところで、私を上から下まで興味深そうに見てから言う。
「君も俺と同じなんだな」
「そうね、同じ人間みたい」
「俺って人間なの?」
 彼は目を丸くして、私を見つめる。
「人間じゃなかったら、何になるのよ。もしかしてあんた幽霊とか?」
「いや、そうじゃないけど、俺らには翼が無い。ひょっとすると君が言う人間ってのは、背中にそういうものが生えてなかったりするわけ?」
「当たり前でしょ、翼が生えてるのなんて鳥ぐらいよ」
「そうか、なるほど。理解した」彼は一呼吸おいてから立ち上がる。背筋を伸ばして、体全体で風を受け止めるように目を閉じる。「そいつは素晴らしいや」
「私の名前はガーガーシュリッカ。あなたは?」
「俺の名前は、プラトニックアート」
「歩ける? とりあえず、ロケットの中に入りましょう」


 私は操縦室の中に入って、彼の傷の手当てをする。彼の体にはいたるところにアザができていた。
「そういえばあなた、空の島から来たっていうけど、それはどういう所なの?」
「空の島は」アートが答える。「空の上に浮かんでいて、人間がたくさん住んでいる島だ。翼の生えた人間たちがね」
「けどあんたには、翼なんて無いじゃない」
「その通り、俺には翼が無い。生まれたときからね。こういう事態は空の島では初めての出来事だった。翼の有る種族から翼の無い個体が産まれるなんて前例は今まで無かった。当然俺は外見上の違いからひどい差別を受けたりした。俺を人間として扱うような事をしなかった。やつらは俺のことをまるで悪性の腫れ物のように扱ったんだ」
「ひどい話ね」
「ああ、ひどい話さ。ところでここって酒とかない?」
「あるけど」私は当然の疑問を彼にぶつける。「あんたまだ未成年でしょ?」
「俺は空の島ではどうでもいいように扱われてたから、適当に盗んで飲んでたんだ。こういう話をするときは、酒がないとやってらんないよ」
「やれやれ。どうやら私たち二人とも、ロクな大人になりそうにもないわね」


「ハハハ、それでどうなったわけ?」
「ズタボロにしてやったぜ! それからあいつは毎晩夢の中に俺が出てくるらしくてさあ、俺を見るたび泡吹いてぶっ倒れるんだ。ざまあみろって感じだぜ」
 二人だけの酒盛りは、船内をにぎやかに彩る。数々の失敗談やら武勇伝やらが、途方も無く私たちの口からあふれ出る。
「ところで君の知ってる『人間』の世界って、どんなだったんだい?」アートが尋ねる。
「私たちは大地で生活をしていたんだけど、ある日ドラゴンが……」
「なんだって!? それならそいつらをやっつけないといけないじゃないか。なあ、俺たちでやっつけようぜ」
「やっつけるって、どうやってよ」
「ロケットで突っ込む。それで終わり」
「ハハハ、私たちはどうなるのよ」
「英雄になるのさ」
 私たちは馬鹿らしい発言を舌の上で転がしては、二人で笑いあった。こんなに楽しい夜は、今まで無かったんじゃないかと思う。
「アートは、どうして、どうやってここに来たの」
「それは……まあ、この世界が嫌になったからだよ。俺だけをひどく責めるような世界が。俺はそんな世の中からララバイしようと思ったのさ」
「それって、つまり?」
「飛び降り自殺しようとしたんだよ! 言わせんな恥ずかしい」
「そうしたら下にこのロケットが通りかかったと。岩もそのとき一緒に落ちてきて。へえ、ものすごい偶然が存在するものなんだね。ひょっとすると運命ってやつ?」
 私は彼の目をじっと見つめる。彼は一瞬私を見つめて、酒のせいだろうか、何かこみ上げる感情があったのだろうか、頬を赤らめて目を逸らす。
「何だよ、運命って……」彼はそう呟くだけだった。
 窓から差し込む星の光が、私たちの持ち寄った悲しみを優しく包んでくれているようだった。


 

       

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