Neetel Inside 文芸新都
表紙

リセットロケット
七、トゥロンプルモンド

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 私たちが着陸した小高い丘の上には、私の見たことのない花がたくさん咲いていた。私は地上に降り立つと、草花を掠め取り運んで行く風を受け止めようと立ちはだかった。また私たちは地面に仰向けになって、かつて私たちの生活していた、どこまでもその色を変えることのない青空を眺めていた。
「俺たち、あんなところにずっといたんだな」
「そうね。私もあなたも、生まれた時からずっと。けど不思議。私はこの場所が、とても懐かしく感じる」
「ああ、俺も何かそんな気がするよ。多分俺の先祖とかが、昔この場所に住んでいたような感覚がするんだ」
 私たち二人は、仰向けのまま会話を続ける。
 ふと、私は今この瞬間に地中からドラゴンがやってきて、私たちを真下からぱくりと一飲みしてしまえば、どれほど気が楽になるかと考えた。死は、ぽっかりと口を開けて私たちを待っているが、すぐにはやってこない。私は死ぬのが怖いのではなく、死を待つ時間がどうも怖くて仕方がなかったのだと思い知らされた。
 アートはそんな私の心情を察したのか、ひとつ提案をたてた。
「なあ、ちょっと歩いてみないか。行ける所まで」
 生きているうちに、行ける所まで。私たちはどこまで歩いていけるのだろうか。私たちは花畑から立ち上がり、丘の上を下りていく。
 丘を下り切ったとき、そこにはドラゴンの巨大な口があった。


 その口から飛び出た獰猛な牙は、数本欠けていながらも、私たちを突き刺すことができるように思えた。しかし牙の間から生えている草を見るに、これは死骸だ。ドラゴンの死骸は丘の下で、あんぐり口を開けたまま眠りこけている。
 そして今まで私たちがいた場所は丘なんかではなく、ドラゴンの巨大な体躯の上だったということが判明した。
 まてよ。
 もしかしたら向こうに見える小さな山も、向こうの丘も、ドラゴンの……。
 ……口があった。あの小さな山にも、丘の下にも、小さな黒い洞窟が闇を湛えていた。
「ドラゴン、みんな死んでるね」
「そうだな」
 私たちはこの辺りでは一番高い山の上まで歩いて登った。そこから見ることのできた平地の上には、何十体ものドラゴンの群れの死骸、そしてその上に新たな地面が広がっている光景があった。
 私は広大な沃野とそれに同化していくドラゴンの死骸に長い時間の流れを感じた。
 ドラゴンは絶滅したのだ――食べるものもなくなり、その数ばかりを増やして。私がそう感じ取れたのは、この場所には何か寂しさのようなものが充満しているように思えたからだった。
 そしてこの大地の上に居るのは、私たち二人だけなのだ。


「ねえ、どうする?」
「どうするって何が?」
「通信機を使って、他のロケットの人に呼びかける? もう地上は安全だって」
「うーん」アートは少し考えた後、答えた。「それはちょっと、やめとこうぜ」
「もったいないからね」
「もう少し歩こう」
 私はその言葉に、何の異存もなかった。
 見上げると、途方もなく広い空の世界が横たわっている。人々はそんな空の上、窮屈なロケットの中でいつか地上に降りる日を夢見ている。私にはそれがどこか恥ずかしいくらいに滑稽に思えた。
 こんなにも、この土の上は穏やかな均衡を保っているのに。
 私たちがそれを伝えなかったなら、人々はずっと空の上での生活を続けるだろう。言うなれば、私たちが世界を握っているということになる。
 ならば、世界を騙し続けてやろう。幾つものロケットが浮かぶ、思い思いの色で塗りたくられた空を笑いながら、私たちが暇で仕方がなくなるその日まで。
 私たちは、面白くなりそうだな、と笑った。


  了
 

       

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