Neetel Inside 文芸新都
表紙

見開き   最大化      

 ブラウの軽騎兵が、メッサーナの陣門を駆け抜けた。騙し討ちが成功したのだ。
「騎馬隊、全速前進。ブラウ殿と合流し、共にメッサーナの陣を踏み荒らすぞっ」
 馬の尻に鞭をくれる。メッサーナ軍は、混乱に陥っていた。ただ、脇で控えている槍兵隊が陣を組み直し始めている。私は、そこに馬首を向けた。槍兵隊を叩けば、メッサーナ軍は一挙に崩れる。つまり、今の核は槍兵隊だ。
 ブラウが定位置で踏ん張っている。敵の騎馬隊、弓騎兵隊は未だに戦闘状態に入れていない。それだけ確認した私は、槍を構えた。先頭を駆け抜ける。見えた。槍兵隊。
 雄叫びをあげた。槍兵隊の一段目。槍で敵兵を撥ね上げた。そこからさらに食い込む。槍兵隊の陣が揺れるのが、戦闘しながらでもハッキリと分かった。陣の組み直しが完了する一歩手前で、突っ掛けられた。槍兵隊からしてみれば、こういう事だ。こちらにしてみれば、機としてこれ以上ない最上のものである。これを活かす手はない。
 即座に騎馬隊を二つに分けた。一つは槍兵隊を叩き、一つは退路の確保に回した。騙し討ちが成功したとは言え、ここはメッサーナ軍の懐である。戦闘に夢中でいつの間にか囲まれていた、というのは避けなければならない。それにこの退路は、父である大将軍率いる本隊の攻め口にもなるのだ。
 血がたぎった。敵兵が、カスのようなものだった。動きが見える。どこから武器を繰り出してくるのか。どこに槍を見舞えば、一撃で葬れるのか。全てが見え、全てが分かった。父も、ロアーヌも、今までこの景色を見てきたのか。天下最強の武人の景色が、これなのか。
 その刹那、背後から殺気を感じた。敵兵を撥ね上げつつ、振り返る。
 虎縞模様の具足。
「スズメバチ、剣のロアーヌかっ」
 燃えた。だが、こだわるな。槍兵隊を崩すのが先だ。
 敵の弓騎兵隊が陣を組み直し、メッサーナの陣から抜け出るのを視認した。おそらく、そこにバロンも居る。だが、攻撃はできないだろう。弓矢でどうにかするには、敵味方が入り乱れ過ぎている。だから、後方で指揮を執るつもりだ。
 バロンの旗が揺れていた。それを見止めた槍兵隊が、すぐに持ち直しにかかる。後方から陣形を整え、そのまま気を圧力として放ってきた。
「騎馬隊、下がるぞ」
 言い終わると同時に、馬首を後ろに向けた。スズメバチ隊がすぐそこに居る。ロアーヌは、ブラウではなく私に向かってきた。混乱を収めるよりも先に、まずは私達の退路を塞ぐつもりなのか。
 一方のブラウは、まだ攻撃を繰り返していた。ただ、少しずつ退いている。父は、大将軍はまだか。そろそろ限界だ。
 そう思った瞬間、退路から喊声が聞こえた。龍の旗印。大将軍の本隊。その刹那、ブラウの軽騎兵と、私の騎馬隊の士気が大きく跳ね上がった。
 その姿を戦場に現しただけで、戦場の空気を変え、兵の士気を上げてしまう。これが、軍神。嫉妬と羨望が、私の中で入り混じった。
「大将軍の道を確保するぞ。騎馬隊、スズメバチ隊を押しとどめるっ」
 こちらの兵力は五千、その内の半分は退路という名の大将軍の道を作っている。つまり、スズメバチと対するは二千五百。兵力差は一千。
「やれる。やってみせる」
 この軍は天下最強。そして私は、天下最強を目指す武人。
「ハルトレイン、武神の子だっ」
 駆け抜ける。先頭。スズメバチ隊が、退路を確保する騎馬隊の方に向かおうとしている。これを阻止すべく、私は馬の尻に鞭をくれ、全速で駆けた。
 退路を確保する騎馬隊と、スズメバチ隊との間に入り込む。すぐに馬首を巡らせた。
「止める、ここが踏ん張りどころだぞっ」
 声を張り上げ、そのまま力任せに突っ込む。スズメバチ隊と騎馬隊が、ぶつかった。
 巨大な壁にぶつかったかのような圧力だった。押そうとしても押せない。
 ふと、圧力が消えた。スズメバチの後方が、うねっている。動きから察するに、最後尾が勢いをつけ、そのままダイレクトに突っ込んでくるつもりだ。まずい。こちらは踏みとどまって戦闘している為に、勢いが死んでいる。
 いや、臆するな。
「小さく固まれ、こちらも駆けるぞっ」
 すぐに陣形を組み直し、そのまま駆けた。先頭。その瞬間、血が燃えた。
 剣のロアーヌが先頭に居る。
 雄叫びをあげた。槍を構える。ロアーヌも、剣を構えた。
 衝突。馳せ違う。その瞬間、音が消えた。金属音が耳を貫いたのだ。馬首を返す。ロアーヌも返していた。
 二合目。さらに馳せ違う。騎馬隊とスズメバチ隊は、すでに入り混じって乱闘を繰り広げている。槍を持ち直し、馬腹を腿で絞りあげた。三合目。
 衝突。今度は馳せ違わなかった。そのまま縦に併走する。ロアーヌの赤褐色の馬が、首を大きく振った。闘争本能を刺激されたのか。
 槍。突き出す。かわされた。だが、反撃はない。槍の間合いなのだ。そのまま一方的に攻撃を繰り出すも、どれも有効打とはならない。瞬間、ロアーヌの馬が寄って来た。剣の間合い。来る。
 光。槍で受け流す。さらに来る。金属音が連続でこだまする。気を乱すな。集中しろ。
 瞬間、ロアーヌの大振り。それを槍で跳ね上げると同時に、武器を剣に持ち替えた。ロアーヌの表情が、ハッキリと変化を見せた。驚いている。
 互いに馬を寄せ合い、攻防を繰り広げる。気付くと、息が激しく乱れていた。苦しい。そう自覚すると、息がさらに乱れた。
 ロアーヌは、息を乱していない。汗で顔が濡れているだけだ。
 この差が、妙に腹立たしかった。私は、私はこの程度の男なのか。
「おのれぇっ」
 馬をさらに寄せる。
「タイクーン、押せっ」
 ロアーヌの声。赤褐色の馬が、馬体を押しつけてきた。私の馬が揺れる。持ち堪えろ。退くな。
「退くなっ」
 叫ぶと同時に、私の馬が押し出される。その瞬間、光。ロアーヌの剣が閃いた。まずい。首が。
 斬られた。具足ごと、肩の肉を斬り裂かれていた。無意識に肩で首を庇っていた。歯を食い縛り、声を出さないよう耐え抜く。だが、次が来る。次で首を取られる。剣を。
 そう思った瞬間、ロアーヌが馬首を返した。大将軍の本隊の方向。
 本隊が、槍兵隊に食い込んでいた。メッサーナの陣が、揺れている。
 戦は勝ちの方向に向いている。戦は、だ。
 違う。私事にこだわるな。
「騎馬隊、本隊と合流し、以後はエルマン殿の指揮に従えっ」
 馬を止めて、私は指示を出した。肩を抑える手のひらから、血がじわじわと流れている。
 斬り裂かれた部分は、縫合が必要だろう。この初戦は、もう戦えそうもなかった。
 怒りと情けなさで、全身が震えていた。

       

表紙
Tweet

Neetsha