Neetel Inside 文芸新都
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 後手に回るのはやめた。戦で相手の出方を見極めるのは重要な事だが、大将軍を相手にそれをするのは間違っている。私と大将軍では、器が違いすぎる。積んだ経験も、能力も、その差は歴然としているのだ。
 要は、自分の得意分野で戦う事だ。これはヨハンの言葉で、私もそれしかないと思った。
 弓騎兵は守りの戦で活躍する兵科ではない。騎馬隊も、スズメバチ隊もだ。守りの戦で力を発揮するのは、むしろ歩兵である。
 私は何の為にアビス原野に出てきたのか。そう考えると、自然と答えは出た。このアビス原野を抜き、都へと攻め入る。そして、歴史を変える。つまり、攻める為にここに来たのだ。
「ここで反撃に転じる」
 右手を挙げた。ロアーヌのスズメバチ隊が、右翼から駆けて行く。
「バロン様、ロアーヌ将軍のスズメバチですが、本当によろしいのですか?」
 すぐ傍に居たヨハンが、話しかけてきた。
 私はロアーヌのスズメバチ隊を、自分の指揮から外す事にしていた。つまり、スズメバチ隊は完全に別働隊という事にしたのだ。元々、スズメバチ隊は遊撃隊として機能していたという話だから、今回の措置はむしろ的確とすべきだろう。最終指揮権が私にあると、どうしても動きの幅が狭くなる。本隊と離れ過ぎないようにしてしまうからだ。それならば、いっその事、指揮ごと本隊から外してしまった方が良い。
「ロアーヌの直感力は並大抵のものではない。大将軍相手にも、これは活かされるはずだ。わざわざ、私の指揮で縛り付ける事もないだろう」
 私がそう言うと、ヨハンは僅かに頷いた。
 ロアーヌの直感力には、舌を巻くものがあった。私の弓騎兵と対峙した際も、この直感で攻撃を全てかわされている。
 大将軍の陣形は、守りの態勢のまま変化を見せなかった。スズメバチ隊が、大将軍の弓矢の射程圏内に入る。同時に、矢が放たれた。
「よし、騎馬隊、突っ込め。左翼の歩兵に突っ掛けろ」
 号令を出すと、すぐに騎馬隊が突撃を開始した。弓矢の的が、散っていく。スズメバチ隊の動きが、僅かに軽くなった。
 騎馬隊とスズメバチが、両翼から攻め立て始めた。さすがにロアーヌの攻め方は鋭い。錐の先端のように、歩兵の陣を割っていく。
 大将軍の陣形が、大きく崩れた。騎馬隊が攻めている方だ。
「誘いです、バロン様。騎馬隊を退かせてください」
 ヨハンが言った。だが、迷った。騎馬隊をこのまま攻め込ませれば、敵陣を真っ二つにできる。
「バロン様」
 ヨハンがもう一度言った瞬間、私の背に悪寒が走った。誘引。思うと同時に騎馬隊を退かせる。
 大将軍の歩兵が、一斉に前に出てきた。槍兵隊である。あのまま突っ込ませていれば、騎馬隊は槍の餌食になっていただろう。
 槍兵隊が前に出てきた事で、前線が攻めあぐね始めた。飛び道具で、敵軍をけん制すべきか。
「よし、弓騎兵隊、出るぞ。ヨハン、騎馬隊の指揮を任せる」
「分かりました。弓で、敵の前衛を散らしてください」
 ヨハンの言葉に私は頷き、愛馬ホークの腹をカカトで蹴った。
 弓騎兵隊が疾駆する。
 すぐに敵の前衛が見え始めた。同時に弓矢を構え、狙いをすます。
 放った。一本の矢で、敵歩兵の盾ごと吹き飛ばした。二連、三連と矢を撃ち込んでいく。さらに背後から、弓騎兵隊の矢が敵陣を襲った。
 旗が揺れた。敵の陣形が変化を見せる。
 その時だった。ロアーヌのスズメバチが、敵陣の真ん中を突き抜けた。同時に喊声。騎馬隊とスズメバチが合流したのだ。
 押せる。そう思い定めると同時に、弓矢を連続で撃ち放った。敵の前衛が散っていく。その散った所に、アクトの槍兵隊が襲いかかった。
 ジワジワと、押していく。だが、崩れない。ギリギリの所で粘りを見せている。盾を持った歩兵を前に立たせ、踏ん張らせているのだ。弓矢を射かけるも、怯えも見せない。まさに驚異的な粘りだ。
 敵歩兵の盾に無数の矢が突き立ち、針鼠のようになっていた。しかし、それでも崩れない。
 打開策を。そう思った瞬間だった。スズメバチ隊が、敵の最前衛を削り取った。先頭にロアーヌ。
「あそこだ、矢を射込めっ」
 スズメバチ隊の相手で手一杯という所に向けて、ありったけの矢を射込んだ。敵の歩兵が次々と倒れて行く。
 勝てる。
「アクト、私の背後に回れっ」
 旗を振った。即座にアクトが弓騎兵の背を守る形に陣を敷いた。スズメバチ隊が敵陣を崩し、遮二無二、突っ込んでいく。見方によっては、無謀な攻め方だが、それは支援のやり方だ。支援のやり方次第で、無謀でなくなる。つまり、ロアーヌは私を信じている。
 ならば、それに応えるまで。
 弓騎兵を二隊に分けた。一隊はカバーに回ろうとする敵兵を抑える。もう一隊は、スズメバチ隊の支援である。
 弓矢を構えた。私の放つ矢の先は、ロアーヌの進もうとする方向だ。
 敵兵を射ぬく。道を作る。
 ロアーヌが敵陣を抜けた。反転する。スズメバチ隊がそれにならった。
 瞬間、大将軍の陣が崩壊した。龍の旗印が、大きく横に揺れている。撤退の合図を出しているのだ。
 吼えていた。勝った。勝ったのだ。あの大将軍の陣を、崩した。
「弓騎兵、すぐに陣形を整えろ。追撃をかけるぞ。槍兵隊の仇を、今ここで討つっ」
 喊声と共に、原野を駆け抜ける。

       

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