Neetel Inside 文芸新都
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 さすがにメッサーナ軍だった。守りから攻めに変わっただけで、今までとはまるで違う軍になった。そしてこれこそが、儂の待ち望んでいたメッサーナ軍だ。
 儂は軍を退かせていた。ただし、あくまで戦略的撤退である。撤退の先に勝利がある。だが、バロンの弓騎兵の追撃が強烈で、これが偉く鬱陶しい。未だに振り切れず、最後尾は弓で射落とされているという状況だった。
「ロアーヌのスズメバチを押しとどめる事ができませんでした。上手く言い表せませんが、枷がなくなったというか」
 砂埃にまみれたエルマンが言った。
 枷がなくなった、というのは言い得て妙だろう。これは儂の推測でしかないが、おそらくスズメバチは完全別働隊となったはずだ。もっと言えば、本隊を無視して行動するようになった。さっきの戦のやり方から考えると、そういう答えに辿り着く。つまり、スズメバチの動きから縛りが消えたという事だ。それだけでなく、スズメバチを中心に据えて本隊が動いていた。騎馬隊も、槍兵隊も、弓騎兵隊ですらも。そして、これが恐ろしいほど厄介だった。
 歴代最強の騎馬隊を押しとどめられる力が、兵科が、今の国には無い。だから、スズメバチの行く所はどうしても成す術もなくやられる。そこに本隊が突っかかって来た。だから、持ち堪える事ができなかった。
 今のメッサーナ軍は勢いに乗っている。これを正面から対峙して防ぐのは知恵者のやる事ではない。だから、奇策で打ち破る。
 撤退する先に、丘陵が散在している。その丘陵の影に、ブラウの軽騎兵を伏せたのだ。兵力は二千にも満たない数だが、追撃軍の真横から突っ込ませれば、撹乱を引き起こせる。それを機に、逆襲する。
「エルマン、最後尾はまだやられているか」
「はい。僅かずつですが、歩兵が脱落しております。バロンは、弓騎兵を疾駆させているようですが」
 歩兵がやられているという点は見過ごせないが、弓騎兵が疾駆しているというのはこちらの計算通りだ。それだけ、後続の軍から離れる。歩兵など、もう二キロは離れてしまっているだろう。
「ズスメバチ隊は?」
「斥候を出しておりますが、見つかりません」
 一瞬、怒りがこみ上げたが、抑えた。斥候すらも取りつく事ができないほど、動きが速い。要はそういう事だ。スズメバチが完全別働隊ならば、本隊からすでに離れてしまっているだろう。
 少々、不気味だった。
「エルマン、ロアーヌは儂の策を見破るか?」
「不遜を承知で申し上げますが、有り得ます。スズメバチが見つかりません。すでに先回りしている可能性も考慮せねばなりません」
 嫌な予感がした。一体、いつからスズメバチは姿を消していたのか。そして、ロアーヌはこの戦場の事をどれだけ知っているのか。儂が撤退する先に、丘陵が散在しているという事は頭にあるのか。
「ブラウが死ぬかもしれん」
 言っていた。

 馬を疾駆させた。バロンは、レオンハルトの追撃に必死のはずだ。いや、それで良い。そういう必死さが、レオンハルトの行動を単純化させる。
 レオンハルトの撤退ルートを考えると、丘陵が散在している所に行き着く。そこは、兵を伏せるに絶好の場所だ。
 逃げると見せかけて、伏兵で打ち破る。おそらく、そういう狙いなのだろう。だが、それはさせない。俺が、スズメバチがその伏兵を叩く。それだけでなく、俺が伏兵となる。そして、レオンハルトを打ち破る。
 いや、そこまでは上手く行かないだろう。俺の動きに気付いて、どこかで踏ん張ろうとするかもしれない。バロンの追撃さえ凌げば、後の事はどうにでもなるのだ。それならば、後方から攻め込み、バロンと挟撃する方が良い。
 どの道、全ては伏兵を叩いてからだ。伏兵が居なければ、そのまま挟撃を仕掛ける。
 その時、丘陵が見えた。さらに敵兵が見えた。丘に隠れる準備をしている。
 俺の予想は当たっていた。つまり、レオンハルトの策を見破ったのだ。
 敵兵が、こちらに気付いた。ただ、気付いただけで、敵か味方かの判別は出来ていない。何人かが、様子を窺うように前に出てきた。
 今なら不意を打てる。
「逡巡するな、突っ込めっ」
 声をあげ、剣を構えた。敵は、まだ陣すら組んでいない。前に出ていた敵が、後ろの味方に向かって何か叫んでいる。敵襲、そう聞こえた。
 次の瞬間、ぶつかった。横腹を突き破る形になった。敵兵の悲鳴、それが後方にまで伝わり、やがて全体に伝わった。敵が右往左往する。奇襲同然だった。完全な不意打ちである。容赦せず、敵を討つ。
 逃げ惑う兵には目をくれなかった。いくら兵を討った所で、指揮官を討たなければ意味がない。だが、指揮官らしき男が見つからない。一般兵と同じ兵装なのか。
 ふと、一つに固まった兵団が見えた。五十名ほどだが、統制が取れている動き方だ。そのすぐ傍に、ジャミルが率いる八番隊が居る。
 その兵団が混乱から抜けた。
「ジャミル、あれを追えっ」
 叫んだ。同時に、八番隊から二十名ほどが抜け出た。先頭にレン。
 兵団を背後から突き崩し、統制の中心の男にレンが取り付く。その男が指揮官だ。やれ。
「やれっ」
 レンと男が、やり合っている。レンが槍で男の槍を吹き飛ばした。次の瞬間、一閃。
 レンの槍が、男の胸を貫いていた。レンが、素早く槍を引き抜く。
「敵将、討ち取ったりっ」
 まだ若い童の声が戦場に轟くと同時に、馬に乗っていた男は、まるで物の如く地面の上に転がった。

       

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