Neetel Inside 文芸新都
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剣と槍。抱くは大志
第十九章 アビス原野-激戦-

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 父であるレオンハルトから、本陣の守備を言い渡されていた。いや、守備と言う名の留守番である。手負いの指揮官が戦場に出ても、力を十分に発揮する事ができない。父は、そう考えている節がある。
 だが、肩だった。肩を斬られただけなのだ。傷も深くない。それなのに、父は共に戦に出る事を許さなかった。
 だからと言って、私は大人しくしているつもりはなかった。あくまで、命じられたのは本陣の守備である。そして、禁じられたのは共に出陣する事だ。この二つを守りさえすれば、軍令違反にはならない。
 詭弁なのは分かっていた。だが、私は悔しかった。剣のロアーヌに及ばなかった事が。自分の実力すらも、出し切れなかった事が。私は、こんな所でウジウジとしている訳にはいかないのだ。
 密かに、斥候を出していた。戦況を知る為である。戦況次第で、軍を出すかどうかを決める。闇雲に軍を出す事だけは、したくなかった。あくまで、戦略として出陣する。
 しばらく、営舎でジッとしていた。肩の傷がじくじくと痛んだが、意には介さなかった。
「注進」
 声が聞こえると同時に、私は立ち上がった。斥候の兵が営舎の中に飛び込んできた。
「注進です。レオンハルト大将軍は、メッサーナ全軍と激突するも敗れ、現在は退却中」
 父が敗れた。それが、いささか信じ難かった。だが、本当の敗北ではないはずだ。つまり、退却は戦略の内だと考えて良い。
「撤退ルートは」
「丘陵を目指しております。その丘陵にはブラウ副官が」
 撤退しつつの迎撃ではなく、伏兵で逆転を狙うつもりだ。つまり、かなり強烈な追撃をかけられているという事になる。
「敵軍の動向は」
「バロンの弓騎兵が追いすがり、他は遅れております」
「スズメバチは、どうした」
 一番肝心な所だろう。苛立ったが、表情には出さないようにした。
「申し訳ありません、見つける事ができませんでした」
 何を悠長な事を。いや、斥候の兵を怒鳴り散らしても意味がない。
 スズメバチを見つける事ができない、というのは不可解だった。まさか、本隊とは別行動を取っているのか。それならば、何故。スズメバチは追撃の要として機能するのが当たり前ではないのか。
「いや」
 父の撤退ルートの先で待ち構えている可能性がある。もっと突き詰めれば、ブラウを蹴散らして、逆に伏兵として備えているという事も有り得る。
 すぐに卓上の地図に目をやった。ブラウが居る丘陵と、父の撤退ルート、戦場を繋ぎ合わせる。
 無理な距離ではない。いや、スズメバチなら十分に可能な距離だ。
 父は気付いているのか。もし、何も知らずに撤退を続ければ、伏兵で一網打尽にされる。
「ハルトレイン、騎馬隊のみで出陣する」
 決断すると同時に、言っていた。陣営が急に慌ただしくなった。
「私は二千の騎馬隊で大将軍の救援に向かう。お前達はしっかりと本陣を守備せよ」
 呼びつけた大隊長らにそう言い、私は馬に跨った。
「騎馬隊、出陣っ」

 やはり、待っていた。レオンハルトは、俺を待っていた。伏兵を蹴散らした後、俺はすぐにスズメバチをレオンハルトの撤退ルートへと向けた。そのまま兵を伏せるという選択肢は、俺には無かった。
 レオンハルトは、俺の動きを読む。俺が、レオンハルトの策を読んだようにだ。そして、それは間違いではなかった。レオンハルトは俺が伏兵を蹴散らし、そのまま撤退ルートまで攻め上がって来る所まで予想し、軍を待機させていたのだ。
 バロンに全軍で当たっていれば、背後から俺の強襲を受けてしまう。そういう所まで読んで、レオンハルトは戦を展開していた。
「俺が武神に追い付いたのか、武神が俺のレベルにまで落ちたのか」
 剣を鞘から抜いた。これ以上にない程、血が燃えている。レオンハルトは、待っていたのだ。俺が来るのを、待っていた。
「待たせた、とは言わん。そして狙うは、大将軍レオンハルトの首のみ」
 天寿を迎える前に、俺がこの手で討ち取る。
「勝負っ」
 レオンハルトの軍勢は騎馬が一千、歩兵が二千という所。残りの数万は、後方のバロンとやり合っている。
 俺の千五百騎に対して、騎馬と歩兵を合わせて三千。
 雄叫びをあげた。後ろに続く兵が、それにならい、雄叫びは喊声へと変わる。
 顔が見えた。レオンハルトの騎馬隊。
 ぶつかった。首。血と共に宙へと舞う。そのまま、真っ直ぐに斬り進んだ。四方八方から金属音が鳴り響く。
 騎馬隊の中を突き抜けると、歩兵が槍を揃えて待ち構えていた。逆茂木(さかもぎ:馬止めの柵)を連想させるそれは、馬の勢いに怯まず突っ込んでくる。
「反転っ」
 蛇のようにうねり、スズメバチが原野の土を巻き上げる。レオンハルトの騎馬隊も、反転していた。両軍の旗が、風ではためく。
「決して旗を倒すな。味方に、敵軍に、スズメバチここに在りという事を知らしめろっ」
 言うと同時に、レオンハルトの龍の旗印も天に突き上げられた。
 武神、ここに在り。旗が、そう言っている。
 ひとつの塊となった敵の騎馬隊と、ぶつかる。だが、今度は敵中に斬り込まなかった。軍を左右に分け、敵を削り取るように表面を駆け抜ける。そして、合流した。
 だが、その先に歩兵が待っていた。俺の動きを読んだ上での、歩兵。反転は間に合わない。
「二番、三番隊、敵歩兵を止めろっ」
 二隊がスズメバチの群れから横にそれ、歩兵を踏み荒らす。だが、何人かの兵が馬上から突き落とされていた。それを視界の端で捉えた。
 相手はレオンハルトなのだ。そう思い、龍の旗へと目をこらす。
「タイクーン、お前も見えているか。あの旗が、天下への道だ」
 風が顔を打つ。再び、敵の顔が見えた。

       

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