Neetel Inside 文芸新都
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 敵の矢が飛んでくる。俺はそれを弾き飛ばしながら、剣を振るった。剣が舞う度に、敵兵の首が宙に飛ぶ。
 幾度となく、レオンハルトの騎馬隊の中を突っ切った。それと同等に、俺のスズメバチも突っ切られた。その度に両軍は損耗した。
 それでも、旗は降ろさなかった。スズメバチの旗。戦場に居るだけで、士気が上がる。今は亡きシグナスは、俺のスズメバチをそんな風に言ってくれた。
 旗手は、必死だろう。レオンハルトの旗も降りないのだ。バロンも、そしてレオンハルトの副官も、俺達の旗を見ながら戦っている。だから、絶対に降ろす訳にはいかなかった。
 二つの騎馬隊が、原野を併走していた。スズメバチは長く伸び、レオンハルトの騎馬隊は一つの塊になっている。
 両軍の距離がせばまって行く。武器と武器が触れ合う寸前、大きな岩山が両軍を割った。呼吸にして三つ。岩山の影から飛び出る。
 レオンハルトが居ない。そう思った刹那、正面から矢の嵐が飛んできた。弓兵隊を伏せていたのだ。俺の居る一番隊だけが、他の小隊から離れた。矢によって分断されたという恰好だった。
 同時に、レオンハルトの騎馬隊が俺に追いすがる。さらにその後ろを残りの小隊が駆けた。しばらく真っ直ぐに駆け、ある地点で大きく半円を描いた。それに呼応するかのように、一つに固まっていたレオンハルトの騎馬隊が、長い一列となった。その最後尾に向けて、疾駆する。
 タイクーンの身体に力が漲る。部下達より、馬一頭分ほど前に出た。
 最後尾を掠める。敵兵を二人、斬って落とした。そこを部下が駆け抜け、残りの小隊と合流する。今度は、俺がレオンハルトを追いかける格好になった。
 その時、レオンハルトが騎馬隊を左右に割った。そのまま反転し、俺のスズメバチの横腹を貫く。何人かの兵が突き倒された。さらに空いた正面に敵の槍兵。槍の穂先を揃えている。
「反転っ」
 叫んだ。槍兵が駆けてくる。穂先が触れるか触れないかの所で、全小隊が反転した。だが、次は騎馬隊が真正面に居る。
 選択肢はなかった。騎馬隊の中を突っ切る。視線を上にやった。龍の旗印。レオンハルトは、この騎馬隊の中に居る。
 ぶつかる。先頭の敵。斬って落とし、さらに突き進む。後方で金属音が鳴り響く。敵兵が行く手を遮ろうと、前へ前へと出てきた。それらを全て斬り倒す。だが、敵はそれでも怯まない。
 抜け出るか。そう考えた瞬間、直感が何かを捉えた。この先に、居る。固執しなければ、という条件付きではあるが、剣を交える機を得られる。あのレオンハルトと。
 サウス戦での二の舞はしない。あの時の俺は、サウスの首にこだわり過ぎたせいで敗戦した。
 敵兵の圧力が増した。明らかに焦っている。ここまで深入りされるとは考えていなかったのか。両側から、絞り込むように敵が圧し掛かって来た。それを斬り、部下も俺にならった。退がろうとする者は誰一人として居ない。
 敵兵。剣を振り上げている。見止めると同時に、一閃。敵の腕が、宙を舞った。それが地に落ちる前に、首を斬り飛ばす。血が上空に向けてしぶきをあげた。
 その赤いしぶきの先。
「レオンハルトっ」
 見つけた。伝説の男。タイクーンに意志を伝える。あの男の元に、俺を。
「剣のロアーヌ、ついに来たか」
 眼光が鋭い。それでいて、殺意が微塵程度しかない。その代わりに、燃え盛る程の闘志が宿っている。これが、武神の眼なのか。
 敵兵が両側から襲い来る。だが、何もしなかった。すぐに部下が割って入り、敵兵を斬り倒す。
 乱戦。やれるのは三分が限界だろう。
 あと馬二頭分の距離。四方八方から、敵の武器が飛んでくる。それを部下が防ぎ、俺の道を作った。
「レオンハルト、勝負っ」
 叫んだ。二人だけの空間。レオンハルトが剣を構え、馬の手綱を引いた。
 剣。素早く、横に振るった。だが、仰け反るようにかわされた。態勢を戻すよりも先に、レオンハルトの剣が飛んでくる。それを剣で跳ね上げ、さらに距離を詰める。
 レオンハルトの剣。振り切ってくる前に、手首を掴んだ。俺の剣を。そう思った瞬間、レオンハルトも俺の手首を掴んできた。
「天下最強の男とも、まだまだ渡り合えるようだな、儂はっ」
「俺が天下最強とは笑わせるっ」
 兜ごと、頭突きを食らわせた。レオンハルトが怯む。同時に、剣を振った。
 血。いや、違う。レオンハルトの髭だった。灰色の髭が、宙を舞っている。レオンハルトを見ると、髭が水平に斬られていた。あと数センチ、いや、数ミリ奥に剣を振っていれば、首だった。
 その刹那、レオンハルトの剣が飛んできた。弾く。同時に殺気。右からだ。見るよりも先に、タイクーンの手綱を目いっぱい引いた。
「立てぇっ」
 タイクーンがいななくと同時に、棹立ちになる。その空隙に向かって、槍が突き出された。地に降り立つと同時に敵兵の首を飛ばす。さらに殺気。
「儂を相手によそ見とはっ」
 剣。かわせない。斬られる。
 瞬間、一本の槍がレオンハルトの剣を弾いた。その槍の元へと視線を移す。
「父上、俺も共にっ」
 レンだった。レンが俺に追い付いていた。
 レンと一緒なら。そう思ったが、これ以上の戦闘は難しい。遠くに居た敵歩兵が、駆け寄ってきているのだ。
 旗を振らせた。即座に小隊ごとにまとまって、レオンハルトの騎馬隊から抜け出る。
 もう一度、直接レオンハルトと闘う機を。駆けながら、俺はそう考えていた。レンと共に闘えば、おそらく次で首が取れる。一対一ならば、僅かではあるが、俺の方が強い、という気がしたのだ。これにレンを加えれば、レオンハルトの首が取れるはずだ。
「レン、俺の側を離れるな」
「父上」
「もう一度、レオンハルトと闘う機を作る。その時、お前の力が必要だ」
 それだけ言って、俺はタイクーンの腹を腿で締め付けた。すぐに駆け出す。
 その横を、レンが遅れまいと駆けていた。
 レオンハルトも歩兵と騎馬隊の陣を整え、間もなく動き始めた。仕切り直し、という事だ。
 両軍の旗は、まだ風の中で舞っている。 

       

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