Neetel Inside 文芸新都
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 闘神の子、レン。あの童は、自らをそう名乗った。それは、どういう意味なのか。闘神。槍のシグナス。その息子。
「貴様、槍のシグナスの息子かっ」
 槍を構え直し、馬を前進させる。敵兵が二人、私の行く手を阻むように前に出てきた。
「雑魚は引っ込んでいろっ」
 言うと同時に、槍の一振りでなぎ倒す。スズメバチ隊の兵など、何人が束になって来ようが問題ではない。ましてや、負傷していたり、疲れ果てようとしている兵ばかりなのだ。
「違う、俺は槍のシグナスの息子であると同時に、剣のロアーヌの息子だっ」
 レンが勢いに任せて、突っ込んでくる。
 私も、馬の尻に鞭をくれた。迫りくる敵兵をなぎ倒す。レンも、同じようにしていた。槍の動きを見る限り、相当できる。
 顔が見えた。幼さが残っている。思うと同時に、交わる。
 金属音。馳せ違った。槍を通して、レンの気力が身体の芯を貫いた。どこか、ロアーヌの武と似ている。ただ、ロアーヌよりもずっと清廉だった。キレがあると言っていい。ただし、軽い。
 馬を反転させる。レンも、そうしていた。
 再び交わる。槍と槍の柄をぶつけ、押し合った。呼吸のタイミングで、互いに一歩退がる。束の間、睨み合った。気が充溢していく。
 充溢しきった瞬間、吼えた。レンも吼える。前に出た。
 槍。レンと同時に放っていた。互いに身体を開いてかわし、同時に引き戻す。間髪入れず、さらに放つ。レンがかわし、反撃してきた。それを紙一重でかわす。槍の穂先が、具足を削った。同時に槍。放った。反撃に反撃を合わせた形だった。
 終わりだ。そう思ったが、レンは馬上に寝る形で私の槍をかわしていた。そのまま、レンが私の槍を掴む。
 その体勢のまま、時が流れていく。レンの槍が、小刻みに上下に揺れていた。私の隙を狙っているのだ。それに合わせて反撃したいが、槍を掴まれている。
 レンと目が合った。純粋さの奥に、何かが潜んでいる。悲しみか、絶望か、怒りか。実の父を早くに失った負の思念が、純粋さの奥でチラついている。
 来い。目でそう言った。
 気。感じると同時に、レンの槍が飛んできた。それを脇の間に滑り込ませ、がっちりと挟み込んだ。互いが互いの槍を掴んだ恰好になった。レンがしきりに槍を横に振ろうとする。私の身体を払い飛ばそうとしているのだ。童とは思えない力の強さだが、しっかりと抑え込む。
「レンと言ったな」
 私は、射るような視線を放つと同時に、低い声で言った。
「それがどうしたっ」
「メッサーナでは、子供が戦場に出るのか」
「俺は子供じゃないっ」
「子供であるほど、そう言いたがる。レン、お前は何故、メッサーナに居る」
「何だと?」
「メッサーナで戦う理由は何だ、と聞いている」
 私にそう言われたレンは、明らかに戸惑いを見せていた。

 答えられなかった。目の前の男の問いに、俺は答えを出せなかった。
 自分は何故、メッサーナに居るのか。何故、メッサーナで戦うのか。それは、実父が居たから。父が戦っているから。
 出てくる理由は、そういう主体性のないものばかりだった。むしろ、それを知る為に、俺は今回の戦に出てきた。
 だが、未だにそれは掴めていない。一体、何故、俺は戦っているのか。
「戦う理由もなく、戦場に出てきたのか」
 ハルトレインの低い声。何か、嫌なものが身体の中を駆け巡った。
「お前は何の考えも無しに、人の命を奪いに来たのかっ」
「違うっ」
「違うものか。戦う理由も無しに、子供が戦場に出てくるなっ」
 ハルトレインの槍が、手から抜ける。まずい。思うと同時に、俺も槍を引き抜いていた。すぐに構えるも、何かが浮いている。いや、動揺している。
「私は自らの時代を築く。この国を土台として、真の治世を為すのだ。それに比べて、お前の武は、空っぽだっ」
 瞬間、ハルトレインの槍。かろうじて避ける。槍。突き出す。柄で弾かれた。一撃、二撃と槍をぶつけ合う。ぶつけ合いながら、呼吸を整えた。とにかく、生き残る為に戦う。それが、今の俺の戦う理由だ。
「自分が生き残る為なら、人を殺して良いと言うのか。それは傲慢だぞっ」
 その言葉が、俺の心を貫いた。槍。飛んでくる。それを弾いた。反撃を。そう思った刹那、光。それに反応し、仰け反る。
 瞬間、視界の左半分が消えた。左の頬を、生ぬるい何かが伝っていく。さらに顔面全体に激痛が走る。
 手で頬を拭った。真っ赤な血。それでどうなったのかを理解した。左眼を、潰されたのだ。
「私の剣をかわしたか。ならば、まだ貴様には天命があるという事だ」
 ハルトレインの声。剣。剣と言ったのか。お前の武器は、槍ではないのか。
「このままお前の首を取るのはたやすい。だが、手負いの童の首を取るほど、私は落ちぶれていない」
 言って、ハルトレインが馬で駆け出す。その後を追おうとしたが、身体が思うように動かない。自分が、馬からずるりと落ちるのを感じた。そのまま、地面に倒れ込む。
 左眼が、左眼が見えない。どうすれば良い。
「レンっ」
 声。聞いた事のある声だった。
「総隊長にお前の面倒見を頼まれたが」
 ジャミルだった。八番隊の小隊長。
「血まみれじゃないか、くそっ」
 上半身を持ち上げられた。それから立ち上がり、地面を踏みしめる。
「ジャミル隊長」
「とにかく、ここは敵中だ。まずは離脱するぞっ」
「俺は、まだ戦えます」
「何を言ってるんだ、レン」
「戦う理由を」
 言い終わる前に、馬に乗せられた。ジャミルも馬に乗っている。
「離脱だ。俺が先導するっ」
 ジャミルが俺の馬の手綱を引きながら、敵中を駆け始めた。周囲では、まだ多くの味方が戦っている。
 顔の激痛は、まだ続いていた。

       

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