Neetel Inside 文芸新都
表紙

見開き   最大化      

 生きてきた。一人の男として、俺はここまで生きてきた。大志を抱き、剣と共に生きてきた。
 一体、何の為に。その答えは、今ここにある。
「儂は、お前と巡り合う為に存在していたのかもしれん。戦だけが儂の人生だった。そして、勝利だけが儂の人生だった」
 戦だけが人生。それは、俺も同じだ。レオンハルト、俺もお前と同じ人生だった。
「分かるか、ロアーヌ。武神、軍神、必勝将軍。このあだ名が示すとおり、儂の人生は、まさに戦と勝利のみで構成されていたのだ」
 レオンハルトは、激しく息を乱していた。顔は汗で濡れている。
「お前は、そんな儂の人生を、ぶち壊してくれそうな気がする。そして、儂自身も、それを望んでいるのかもしれん」
 何も答えなかった。ただ、レオンハルトの眼だけを見据えた。猛っていた。今まで見てきた誰の眼よりも、猛っていた。
 剣を握り締めた。自分でも信じられない程、力が湧いてくる。この目の前の男を倒す為に、俺は生きてきた。だから、もう何も要らない。この男の命以外、何も要らない。
 タイクーンの腹を腿で絞り上げた。共に闘おう。そう心で伝えた。
 駆け出す。
「来い、天下最強っ」
 交わった。火花が飛び散る。同時に、剣を通してレオンハルトの気力が身体の中を駆け巡った。剣を振る。レオンハルトが弾く。それを、幾度となく繰り返した。一歩ずつ、押していく。タイクーンが一歩、踏み出し、俺が剣を振る。
 すでにスズメバチ一番隊は全滅した。いや、俺を残して、全滅した。
 共に生きてきた兵達だった。激しい調練を乗り越え、共に闘ってきた兵達だった。天下最強の騎馬隊と謳われ、プレッシャーを感じた時もあっただろう。部下に対して上手く振る舞えない俺に、不満を感じた時もあったはずだ。それでも尚、兵達は俺に付いてきてくれた。こんな死地にまで、付いてきてくれたのだ。
 自慢の部下だった。全十五小隊ある中で、一番隊はもっとも自慢できる部下達だった。ただ、それを言葉で伝えた事はなかった。一番隊は、俺の、剣のロアーヌの旗本だったのだ。
 俺とレオンハルトを囲む敵の輪が、拡がっていく。俺がレオンハルトを押す度に、それは拡がっていく。
 敵は近寄ろうとしてこなかった。武器を構え、突っ込む準備はしているが、何かに憑かれたようにそこから前に進もうとしない。いや、進む事が出来ないのか。
 レオンハルトの表情が、苦悶に満ちていく。俺はそれを読み取ると同時に、剣ごとレオンハルトの腕を跳ね上げた。真正面。空いている。そこに向けて、俺は渾身の力で剣を振るった。
 血。同時に咆哮。レオンハルトの、咆哮だった。見ると、左腕が無くなっている。斬ったのは、左腕だった。すぐに首を。そう思った瞬間、鮮烈な気が俺の背を貫いた。
「何をしている、お前達っ」
 振り返ると、そこにはあの若武者が居た。レンを向けた、あの若武者だ。ならば、レンは。
「大将軍をお助けしろ、何を見ているのだっ」
 その瞬間、弾かれたように敵兵が突っ込んできた。一気に、周囲の敵兵が全て、突っ込んでくる。
「やめろぉっ、馬鹿ものどもがっ」
 レオンハルトが吼える。それに反応し、敵兵が僅かに躊躇した。
「行けぇっ」
 再び、若武者が叫ぶ。それで、敵兵が一気に波のように押し寄せてきた。
「ハルト、貴様ぁっ」
 天下が少し遠のくか。俺はそう思った。まだ、力は湧いてくる。まだ、闘い続ける事ができる。
 敵兵。四方八方だ。それは感じていたが、俺が見ていたのはレオンハルトだけだった。馬から降ろされ、兵に両脇を支えられている。
「儂とロアーヌの勝負に、手を出すなっ」
 そうだ、レオンハルト。これは、お前と俺の勝負だ。そこに余人など交える必要はない。
 迫りくる全てを、斬り倒した。人を、馬を、武器でさえも、剣で両断した。そうやって、タイクーンを前に出した。
「ロアーヌ、儂の元に来いっ」
 行く。必ず、行く。剣を横一文字に振るった。敵兵が、物のように吹き飛ぶ。タイクーンの腹を腿で絞り上げ、前へ、と伝える。
 瞬間、視界が反転した。地に倒れていた。タイクーンごと、倒れたのだ。見ると、タイクーンの身体には、矢が突き立っていた。十数本。槍も二本、身体を貫いている。
 そうか、闘い抜いたか。友よ、ここまでか。タイクーンの眼から、生気が消えた。さらば、伝えたのは、それだけだった。
 立ち上がる。何かが迫って来る。それを剣で撥ね飛ばし続けた。血が、金属が、肉塊が、視界の中で舞っている。
 レオンハルトだけを見ていた。レオンハルトだけを。
「ロアーヌっ」
 俺は、必ず、お前の所まで行く。
 歩みはゆっくりだった。しかしそれでも、進んでいる。右。何かを感じた。それを剣で撥ね飛ばす。その瞬間、背に何かが入ってきた。
 槍だった。
 構わなかった。とにかく、前に出る。レオンハルトまで、あと二歩という所まで迫った。障害を、剣で斬り飛ばす。刹那、剣が折れた。そんな状況を、俺は冷静に読み取っていた。
 折れた剣で、尚も前に出る。さらに槍が、俺の身体を貫いた。それでも、力が湧いてくる。
 レオンハルトの傍まで、歩み寄った。両脇を支える敵兵が、全身を震わせていた。恐怖で、震えているのだろう。
「剣のロアーヌ、儂を、殺してみろ」
「あぁ」
 言って、折れた剣を振り上げる。しかし、それが振り下ろされる事はなかった。腕が、斬り飛ばされたのだ。レオンハルトの、剣だった。
 まだ、左腕がある。
 そう思った刹那、左腕も斬り飛ばされた。両腕が、無くなった。
 腕が無ければ、剣を振るう事もできん。剣が振るえなくて、何が剣のロアーヌだ。剣を失った俺は、一体、何だというのだ。
 しばらく、レオンハルトの眼を見つめていた。何故か、もう一歩も、動く事が出来なかった。
「また、儂は生き残った。戦場で、死ぬ事が出来なかった」
 レオンハルトが、涙を流していた。武神でも、泣く事はあるのか。だが、泣いている理由は、わからない。
「すまなかった」
 言えたのは、それだけだった。それだけ言って、目を閉じた。
 生きてきた。精一杯、生きてきた。そうだ。俺は、生きてきたのだ。
 シグナス、もう良いか。俺は、疲れた。お前を失い、俺はただひたすら、前に進んだ。バロンと出会い、タイクーンと出会った。サウスにも勝った。あの男は、強かったぞ、シグナス。
 だが、信じられるか。あのサウスよりも、手強い男が居たのだ。名はレオンハルト。大将軍、レオンハルトだ。俺達が官軍に居た頃、それこそ雲の上のような存在だった。そのレオンハルトと、俺は軍を、剣を、交えたのだ。
 できれば、勝ちたかった。勝ったという土産話を持って、そっちに逝きたかった。だが、もう剣がないのだ。剣を振る腕さえも、ないのだ。
 だから、もう良いだろう。もう、眠らせてくれ。
 自分が地に倒れるのを感じた。
 やりきった。やるだけの事を、全てやった。男として、人生を全うした。シグナス。これから、お前の元に逝くぞ。
 そして、レン。生きているか。もし、生きているのならば、俺とシグナスの夢を、大志を成し遂げてくれ。そして、お前に全てを託してしまう愚かな俺を、許してくれ。父親らしい事を何一つしてやれなかった俺を、許してくれ。
 剣のロアーヌは、この地で果てる。逝く、シグナスの元へ。
 さらば。

       

表紙
Tweet

Neetsha