Neetel Inside 文芸新都
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 俺は軍議室に呼び出されていた。帰還した盗賊討伐軍の将軍たちも含めた、主立った人物らと顔合わせをするためである。
 盗賊討伐軍は、見事に勝利を収めていた。兵の損失を僅かに抑えて、盗賊の殲滅に成功したばかりか、さらにその根城であった砦も確保したという。この砦は補給施設として再利用するらしく、すでに守備の兵が一千ほど向かっているようだった。
 軍議室に入った。
 中央に丸卓が配されており、ランスが最奥に座っている。その左右に軍師が居て、後は順番に将軍たちが座っていた。中には少年のような若さの男も居るようだ。
 俺は黙って頭を下げた。
「紹介しよう、この男が剣のロアーヌだ。すでに知っている者も居るはずだが、官軍を抜け、我が陣営に加わってくれた」
 ランスが言った。場が微かにざわつく。
 シグナスは来てないようだ。また別の日に紹介をするのだろう。
「ほう、コイツが。なるほど、確かに強そうだ」
 金髪の男が言った。声に気の強さが垣間見える。目には不敵な光があり、戦では猛烈に攻め立てるタイプだろう。こういう男を指揮官に立てると、兵達も勇猛果敢に戦う。
「俺はシーザーだ。騎馬隊を率いている。お前も騎馬隊を率いるんだってな」
「えぇ。遊軍扱いですが」
「騎馬は機動力と攻撃力に優れている。遊軍では、その性能が最大限に活かせるぜ」
 俺は黙って頷いた。
「ロアーヌさん」
 少年のような若い男が口を開いた。声もいくらか高い。
「僕はクリスと言います。年齢は十六。戟兵を率いています。よろしくお願いします」
 言って、クリスと名乗る男は二コリと笑った。その横では、壮年の男が腕を組んでしきりに膝を動かしている。貧乏ゆすりのようだ。
「この方はクライヴさんです。弓兵を率いていて、クライヴさん自身の弓の腕も百発百中ですよ」
「よろしく頼む」
 クライヴという男が、静かに頭を下げた。貧乏ゆすりはまだ続いたままだ。
 続いて他の将軍たちも、自己紹介をし始めた。
 民の数は少ないというが、人材は多く居るようである。どの将軍も、身体から活力が満ち溢れていた。官軍とは大違いだ。特に、俺の上官だったタンメルなど、金の事しか考えてなかった。でっぷりとした肥満体で、糸のように細い目を常に光らせている男だった。この場には、タンメルのような男など一人も居ない。
「あとは軍師の紹介だな。ヨハンは良いとして、この男はルイスと言う。これから戦が始まるので、何かと時間を共にする事もあるだろう」
 ランスが言って、ルイスという男は黙って頭を下げた。ヨハンと違って、才気を全身から放っているようではないが、内には不気味な底深さがあるように思えた。
「ランスさん、戦が始まるって事は、ついに官軍とやるのか」
 シーザーが言った。口調が荒々しい。この男、君主に敬語を使わないのか。俺はそう思った。だが、それを咎める空気はない。ランスはこういう事は気にしないのだろう。
「始まる。前々から言っているが、西の砦をまずは奪う」
「そうか、ついに官軍と戦か」
 シーザーが首を鳴らした。
「これについては、後日また話し合おう。ロアーヌとシグナスの部隊を仕上げるのが先だ」
 つまり、俺とシグナスは西の砦攻略戦に参加するという事だ。
 望む所だった。このために、俺達はメッサーナに来たのだ。戦に駆り出されると聞けば、否が応にも軍人の士気は上がる。俺はすぐにでも調練を再開したくなってきた。
「とりあえずは、こんなものか。これでロアーヌとの顔合わせを終える」
 ランスがそう言ったので、俺は頭を下げて軍議室を出た。その足で、調練場へと向かう。
 兵達は、懸命に調練をこなしていた。怠けている者など一人も居ない。
 俺は、兵に慕われているのだろうか。ふと、そう思った。あの酒盛りを境に、兵達と俺の距離は縮まったようには思えるが、慕われているかというと、微妙な所である。
 特に俺の調練は厳しい。何せ、精鋭に鍛え上げなければならないのだ。そのために、調練についてこれない兵は、次々に部隊から外すようにしていた。調練についてこれない兵が一人居ると、他の兵がその兵に合わせなければならない。そうなると、全体の動きがどうしても悪くなるのだ。だから、部隊から外す。これは心苦しい事だが、仕方がないと思い定めていた。
 兵達が俺に気付いて、隊列を組み始めた。整然とした動きだ。指揮官が戻って来たので、次の指示を仰ごうとしているのだ。
 それほど時をかけずに、兵達は隊列を組み終えた。
「よし、調練を再開する。一隊百名の七隊に分かれろ」
 最初は千人いた兵も、今では七百に減っていた。だが、七百に減ってからは誰一人として脱落はしていない。
「まずは隊を乱さず、駆けろ。よし、始め」
 七隊が駆け始めた。一隊、一隊がまるで巨大な生き物のように、調練場を駆け回る。鐘を鳴らした。それに呼応して、兵が武器を構える。さらに鐘を鳴らす。七隊が、突撃を開始した。調練場の隅まで駆け抜ける。そして、反転する。この間、馬速は緩めない。しばらくは、この繰り返しをやらせていた。
 遊軍の騎馬隊では、この動きが重要になってくるはずだ。俺はそう思った。すなわち、一撃離脱である。遊軍は特定の敵軍を相手にするのではなく、臨機応変に動き回る。時には離脱ではなく、敵陣の真ん中を突き抜ける事もあるが、難しいのは突撃して反転をする事だった。
 ひとしきり一撃離脱の調練を繰り返した後、俺は鐘を鳴らした。
「よし、小休止に入る」
 兵達は息を弾ませていたが、表情は暗くなかった。それに休止に入っても、馬から離れようとしない。これは良い事だ。馬と一緒に居る時間が多ければ多いほど、馬は兵に心を開く。
 調練は上手く行っている。この七百名は、まだ粗削りではあるが、現時点でも十分に実戦に耐えうるはずだ。あとは経験を積ませれば、精兵に仕上がるだろう。俺の自慢の兵だ。
 ここまで考えて、ふとシグナスの台詞が頭を過った。時には褒めてやれ、という台詞である。
 苦笑した。さっきまで頭で考えていた事を口に出せば、褒めるという事になるからだ。
「お前達」
 俺は休憩している兵達に目を向けた。各々が、俺に視線を注いでいる。
「お前達は、良い兵になる」
 結局、口に出して言えたのは、これだけだった。しかしそれでも、兵達の表情は和らいでいた。

       

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