Neetel Inside 文芸新都
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 俺は馬上で敵を待っていた。一隊百名、合計七隊を横一列に並べて、原野に眼をこらす。
 砦は静かなものだった。おそらく、敵はほぼ全ての兵を出陣させたのだろう。見張り台の上に僅かに兵が居て、俺の騎馬隊を見止めたようだったが、特に敵の動きは無かった。
 ルイスの策は、見事に嵌まったのだろうか。俺はそう思った。要は伏兵なのだが、相手は一万の兵力だ。対するこちらは、四千である。後軍になるクライヴの弓兵隊は、乱戦では役に立たない。だから、実質的な戦力になるのは、シグナスの槍兵隊とクリスの戟兵隊、そして、シーザーの騎馬隊だった。弓兵隊は、殲滅戦で力を発揮する事になる。そして、その殲滅戦に展開させるのが、俺の騎馬隊の仕事だった。
 一応、砦の後方に向けて斥候を出してみたが、敵の援軍の姿はなかった。間者の話では、この砦の指揮官の性格は、短絡的だが肝は据わっていない、という事だったから、援軍の手配はしているはずだった。しかし、援軍の気配は無い。これは言い換えれば、命令系統か伝令という通信網が乱れ切っている、という事だ。こういう面ひとつを見ても、やはり国は腐っていた。
 兵達は、僅かに緊張をしているようだった。中には、これが初陣だという者も居る。俺の兵は、調練なら苛烈なものをこなしてきた。だから、発揮できる力は精鋭のそれと言っていいだろう。だが、実戦だった。苛烈な調練を潜り抜けたとはいっても、調練と実戦では緊張感がまるで違うのだ。死が、肉薄してくる。それに耐える事ができるかどうかが、大事だった。
 しかし、俺は兵達に声を掛けなかった。これは自分の問題なのだ。俺が声を掛けた所で、真の意味でリラックスなど出来はしないだろう。それに、もう戦は始まっている。個々で、その士気を上げる段階に入っているのだ。
「シグナスなら、声を掛けたかな」
 独り言を呟いていた。 
 シグナスも、この戦が初陣だった。出陣前、あいつは微かに緊張しているようではあったが、心配はしていない。一千の槍兵隊を率いて、すでにぶつかり合っているだろう。
 後は、俺の騎馬隊が敵の退路を塞ぐだけだ。その時、敵はどのように動くのだろうか。完全に混乱して、算を乱すのか。それとも、もう逃げられないと覚悟して、決死に戦おうとしてくるのか。
 前方に、土煙が見えた。逃げてくる敵のものだ。
「全員、武器構え」
 声を上げる。鞘から剣を抜く音が鳴り響いた。
「まずは全隊、敵の退路を塞ぐ。然る後、第六、第七隊は味方歩兵の援護に回れ。俺の隊である第一隊は、敵の本陣を叩く。シーザーの騎馬隊のために、道を作るぞ。残りの隊は、そのまま敵の退路を塞ぎ続けろ」
 逃げる敵と、追撃をかける味方の声が、こちらに届き始めた。敵は必死に逃げているが、まだ陣は保ったままだ。
「駆ける用意」
 剣を天に突き上げる。先頭の敵兵が見えた。
「突撃っ」
 剣を振り下ろす。駆けた。鬨(とき)の声。七隊が、一斉に駆け抜ける。
 敵兵。恐怖の表情を浮かべている。ぶつかる。首を飛ばす。さらに突き進む。血しぶきが、舞っていた。敵が叫び声をあげている。どうして、なんで、そう叫んでいる。混乱している。しかし、この数。七百では、いささか荷が重いか。
「逃がすな、退路を塞げ。抗しきれなくなったら、反転して再度ぶつかれ。調練でやった事を今こそ発揮しろ」
 叫んで、俺も馬首を返した。逃げ惑う敵の首を飛ばし続ける。
 不意に、敵軍の旗が振られた。本陣。あそこか。兵数は二千弱といった所だろう。旗を見て、敵兵が陣を組み始めている。戦うと決めたのか。
「第六、第七隊、歩兵の援護へ。第一隊、集まれ」
 一旦、敵陣から抜け出た。部下が次々と集まってくる。
「本陣を崩すぞ、突撃っ」
 駆けた。味方の歩兵が、囲まれ始めている。だが、第六、第七隊の騎馬隊が敵の脆い所に突っ込んで穴を空け、そこから歩兵を逃がしていた。
 本陣。ぶつかる。堅い。そう思った。腐った官軍とは言え、さすがに本陣に弱兵は置いていない。
「槍を突き出せ、騎馬は槍に弱い、早くしろっ」
 敵の指揮官が喚き散らしている。槍が突き出された。このまま突っ込めば、こちらの犠牲は大きい。
 反転させた。勢いに乗れば、踏み潰せるかもしれない。その瞬間、視界の端に囲まれている槍兵隊が見えた。シグナスの隊だ。
 突撃か、シグナスを救うか。逡巡はしなかった。まずはシグナスを救う。このまま本陣にぶつかっても、押し返される可能性の方が大きい。こちらは僅かに百名弱しか居ないのだ。それに歩兵を活かす方が、勝利は近くなる。そして何より、シグナスは親友だ。
 駆けた。シグナスの隊を囲んでいる敵兵を、背後から突き崩す。味方歩兵の所まで辿り着いた。
「シグナス、早く抜け出ろ」
「すまん、ロアーヌ。だが、他の隊が、まだ囲まれ続けているんだ」
「全てを救い出す事はできん。まずは本陣の首を取る。さぁ、早く行け」
 突き崩した穴から、槍兵隊が抜け出て行く。俺は馬首を巡らせ、敵本陣に向けて駆けた。部下の数は八十名を切ったか。
 七度、敵本陣に突撃をかけた。しかし、崩れない。人数が足りないのだ。敵本陣は二千名弱居るが、こちらは八十名弱しか居ない。一点集中突破ならばやれない事はないと思ったが、そこまで甘くは無かった。砂の山に穴をあけるようなもので、崩すとすぐに敵が覆いかぶさってくる。
 兵力差が大きすぎる。俺の隊だけでは、突き崩せない。しかし、他の騎馬隊を呼び出せば、味方歩兵が囲まれてしまう。歩兵を活かさなければ、勝利はさらに遠くなってしまう。どうするか。
 その時だった。敵本陣が、僅かに揺れた。
「ロアーヌ、突き崩せぇっ」
 シグナスだった。シグナスの率いる小隊が、敵本陣に食い込んで乱戦を展開している。それに呼応するかのように、他の歩兵隊が敵本陣にさらに取り付いていった。
 本陣の揺れが、混乱に変わった。
 勝機。
「突撃態勢」
 陣を組ませた。周囲で、手の余った歩兵が敵を食い止めている。
「突っ込めっ」
 駆けた。あっさりと突き抜けた。敵本陣が、二つに割れる。突き抜けた先に、シーザーが居た。眼が合った。やっとかよ、そう言っているような気がした。
 シーザーが、肉を待ちわびていた獅子の如く、吼えた。
「ぶっ殺せぇっ」
 二千の騎馬隊。怒涛の如く、駆け抜ける。
 シーザーが偃月刀を天に掲げる。その刃の先には、敵の指揮官の首が突き刺さっていた。
「勝ったか」
 息を弾ませながら、俺は額の汗をぬぐった。
 蜘蛛の子を散らすようにして逃げる敵に、クライヴの弓兵隊が追撃をかけていた。

       

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