Neetel Inside 文芸新都
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 原野で、俺は兵達と共に陣を組んでいた。八百の槍兵隊である。
 目の前の敵は官軍だった。数は二万で、指揮官はタンメルである。かつての俺とロアーヌの上官だった男だ。いつか、この手で殺してやる。そう決めた男だった。
 タンメルのせいで、俺とロアーヌの人生は滅茶苦茶にされた。あの男さえ居なければ、俺とロアーヌはもっと出世していたはずだったのだ。だが、ロアーヌはそうではない、と言っていた。
 国が腐っている。国が腐っているから、タンメルのような男がのさばる。だから、今の国で出世するという事は無意味だ。あいつは、そう言った。
 俺は頭はそこまで良くない。だから、国が腐っているだとか、出世が無意味だとかの中身は理解できなかった。ただ、俺の正義と国のやっている事には、大きな相違がある。俺は、これがたまらなく嫌だった。国は強い。そして、民は弱い。その強い奴が、弱い奴をいたぶっているのだ。とてつもない憤りを、俺は感じた。強い奴は、弱い奴を守るのが普通だ。そのための強さだ。それなのに、国は民をいじめる。強い奴が、弱い奴をいじめているのだ。これは、許せる事ではない。少なくとも、俺の中ではそうだ。
 だから、俺は決めた。国をぶち壊す事を決めた。そのために、俺はメッサーナにやって来たのだ。そして、国という名のいじめっ子を、ぶっ倒してやる。
 その国の手先であるタンメルも、殺してやる。
 ロアーヌは、タンメルが攻めて来た事を、不思議がっていた。タンメルは戦など出来る男ではない。武器の扱いもできないし、兵法も無知に等しい。そんな男が攻めてくる。これをあいつは不思議がっていた。
 俺はそんな事はどうでも良いと思っていた。考えるのは、軍師の仕事だ。すなわち、ヨハンやルイスの仕事である。あるいは、統治者であるランスの仕事かもしれない。どちらにしろ、軍人である俺達にとっては、どうでも良い事に違いないのだ。
 タンメルを殺せる機会を得た。俺が思った事は、これだけだ。
 戦は、いつまで経っても始まらなかった。すでに陣を敷いて、五日は経っている。長い対峙だ。シーザーなどは、痺れを切らして攻撃命令の催促をしていた。これ以上、待たせると、シーザー軍だけで突撃しかねない。
 俺も、そろそろ我慢するのが嫌になってきていた。ロアーヌはどう思っているのだろうか。あいつは基本的に感情を表には出さないが、心の内では炎を燃やしている。ただ、忍耐力はある男だ。待てという命令があれば、待ち続けるだろう。
「ルイスの野郎、まだ睨み合ってんのかよ。イライラさせやがる。早く殺させろってんだ」
 シーザーが喚きながら、こっちに向かってきた。
「おう、シグナス。俺と一緒に突撃しようぜ」
「やめろよ。総大将のクライヴ将軍が待てって言ってるんだぜ」
「あのおっさんはダメだ。果敢な指揮は、もうできん」
「お前は果敢すぎるんだよ」
 ルイスのように冷静になれ。言おうと思ったが、やめておいた。怒鳴られるのがオチだからだ。シーザーは、ルイスを極端に嫌っていた。原因はよく分からない。
 俺はルイスを信頼している。使う言葉には棘があるが、言っている事はいつも的確なのだ。もう一人の軍師であるヨハンも、言っている事は的確なのだが、言葉が柔らかすぎる。言葉が柔らかいと、伝えたい事がどこか鈍る。棘がある方が、ハッとするのだ。
「暇すぎるぜ。二万って数にビビってんのか、あの臆病者が」
「決めてるのはクライヴ将軍だろ?」
「あのおっさんはダメだっつってんだろ、シグナス。ルイスの言う事しか聞かねぇ」
 それだけ、ルイスの判断が的確なんだろ。俺はそう思ったが、口には出さなかった。
「そろそろ持ち場に戻れよ、シーザー」
 俺がそう言うと、シーザーは舌打ちをして去って行った。相当、鬱憤が溜まっているに違いない。
 しかし、気持ちはよく分かった。五日間も睨み合いをするだけで動かないというのは、どうにも辛い。俺が学んだ軍学によれば、何ヶ月も対峙する戦もあったというが、それとこれとは話が別だった。
 それから一時間ほどして、伝令が駆けて来た。本陣からである。
「シグナス将軍、ならびにロアーヌ将軍は、敵陣の右翼に攻めかかるように、との事です」
 今の陣形は、俺が右翼、クリスが左翼、シーザーが中央、というものだった。本陣はこの後ろで、ロアーヌの遊軍は別の離れた場所で陣を組んでいる。
「やっと攻めるか。しかし、俺の槍兵隊はわかるが、ロアーヌの騎馬隊も一緒に攻めるのか?」
「はい。ただし、敵前衛には本気でぶつかるな、という事です」
 意味がわからなかった。
「前衛を越えたら?」
「本気で殺せと」
「うぅむ?」
「ルイス様によれば、敵前衛は本気でぶつかってくる事はないとの事です。この確証を得るために、五日間の時間を費やしたようですが」
 まぁ、なんでも良いか。俺はそう思った。ルイスと俺の頭の出来は違い過ぎる。考えても分かる訳が無いのだ。命令通りに動こう。そう思った。
「分かった」
 俺がそう言うと、伝令は駆け去って行った。シーザーの方に向かっているようだ。
 ロアーヌと俺が一緒の場所を攻める。これには何か理由があるのだろう。ただ、本気でぶつかるな、というのは難しい注文だった。戦なのだ。戦は命のやり取りである。そこで力を抜けというのは、死んでくれ、と言っているようなものだ。
 だが、言っているのはルイスだった。ならば、俺達はその通りに動いて結果を出すだけだ。
「お前ら、俺達は中央をブチ抜くぞ。待たされた分、敵を殺して鬱憤を晴らせっ」
 そんなシーザーの怒号が、俺の陣にまで聞こえていた。

       

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