Neetel Inside 文芸新都
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 私は、タンメルを公開処刑に処する事に決めた。
 タンメルは敗軍の将である。これは軍律に照らすならば、斬首刑になるのだが、私はあえて公開処刑を選んだ。政敵などはこれに対して難癖を付けてきたが、私は相手にしなかった。タンメルの負け方は、斬首刑では罪が軽すぎる。それほど、戦の内容が情けなかったのだ。そして何より、斬首刑ではタンメルを利用しきれなかった。公開処刑なら、最後の最後までタンメルは使える。国を改革するための、土台として使える。
 タンメルは私の予想通りの動きをしてくれた。二万という軍勢を率いて東へ赴き、ただの一戦もまともにこなす事なく、逃げ帰って来たのである。戦でタンメルの首を取られる、というのが私の中での懸念ではあったが、タンメルの人間としての屑さ加減が、それを吹き飛ばしてくれたようだった。
 タンメルには監視を付けていた。何とか、生き延びさせて、都まで連れて帰れ。監視には、そういう指令も出していた。
 タンメルは二度、命の危機に遭っていた。一度目はシーザーの偃月刀である。この男は官軍時代から荒々しさで名を売っており、今ではすっかりメッサーナ軍の主力だ。そのシーザーの偃月刀が、タンメルの首を狙ってきた。
 これについては、監視のウィンセが上手くやった。シーザーと何合かやり合って、その間にタンメルを逃がしたのである。
 二度目の命の危機は、ロアーヌとシグナスだった。この時、ウィンセはシーザーとやり合っている最中で、タンメルは無防備同然だったという。だが、タンメルは命を繋いだ。何があったのかは分からないが、とにかくタンメルは命を繋いだ。
 そして、その繋いだ命は国のために使わせる。
 今、国は腐っている。腐っているから、メッサーナのような、反乱を心に抱いた者達が現れる。そういう者達は、国の歴史など何とも思っていない。これは由々しき事だ。この国は、数百年という歴史を歩んできたのだ。それを壊すなど、馬鹿げているとしか言いようがなかった。悪いのは国ではなく、腐った人間どもなのだ。それを粛清さえすれば、これからも国は歴史を紡ぎ続ける事が出来るはずだ。
 そのために、タンメルには死んでもらう。国のために死ねるのだ。タンメルも光栄だと思うだろう。私が仮にあいつの立場なら、そう思うはずだ。
 従者に、タンメルを呼ばせた。
「宰相様、お許しをっ。金ならあります、宰相様ぁっ」
 半裸で首と手足に枷を付けられたタンメルは、人間と呼ぶにはあまりにも醜い姿だった。でっぷりと腹は突き出て、身体の随所で余った肉が呼吸の度に揺れている。それが正視に耐えなかったので、私は目を閉じた。
「助かりたいか?」
「はいぃぃ」
 嗚咽混じりの声だった。不快感が、私の全身を包み込んでくる。
「命さえ助かれば、何でもすると誓えるか?」
「はい、はいっ」
「ならば、三日間だけ裸で高所に吊るす事にする。その間、お前は私が命じた事をしっかりとやり通すのだ。そうすれば、命は助けてやる」
「み、三日」
 タンメルは、豚の寝息のような呼吸をしていた。
「まず、賄賂を支払うから許してくれ、と声高々にして叫べ。次に、お前と同じように賄賂で将軍に成り上がった者の名を叫ぶ。そして最後に、お前を将軍にまで押し上げた役人の名を叫ぶのだ」
 タンメルに賄賂の事を叫ばせれば、それが公に広まる事になる。今まで、賄賂の件はあくまで水面下の話だった。もしかしたら、の域を出なかったのである。それが、一挙に広まる。これによって民は、今の政府の役人達に不信を募らせる。そして、賄賂で成り上がった将軍の名も叫ばせれば、軍人にも不信を募らせるだろう。最後の役人の名は、いわばトドメのようなものだ。
「それに一体、何の意味が」
「お前が知る必要はない。助かりたいのだろう? ならば、余計な詮索はしない事だ」
 目を閉じているせいで、タンメルの臭気が鼻を突いてきた。何日も身体を洗っていないのだろう。どこか生臭い。
「返事は?」
「や、やります」
「よし。ならば、今からやって貰おう」
 これで良い。私はそう思った。タンメルが、これで役に立つ。
 これによって、政府は一気に緊張感を持つ事になる。そして民は、政治の最高責任者であるこの私の動向に注目するだろう。ここまで来れば、後は私の思い通りだ。民は政治の一新を願っている。それに付随する動きを、私はすれば良い。そして、この動きこそが、私が成し遂げたかった国の改革なのだ。
「ウィンセ、居るか?」
「はい」
 気配を感じさせる事もなく、ウィンセは私の目の前に現れた。この男は小柄だった。だが、それに反して腕は立つ。
「タンメルがやる事をやったら、殺せ。できれば、名を叫ばれた将軍か役人に殺された、という恰好が良い」
 こうする事によって、民はタンメルの言った事にさらに確信を得ていくだろう。
「わかりました」
「他の十人はどうしている?」
 私には、息の掛かった部下が十一人居た。一人はウィンセである。この十一人は、政治・軍事能力のそれぞれに長けており、私から見ても優秀だと評価しても良い者達だった。
「特には何も。フランツ様の政敵の抑えに回っていたり、軍務を通常通りにこなしております」
「それで良い。とりあえず、国の改革は始まりそうだ」
「はい。数百年の国の歴史を、存続させる事が出来ます」
「メッサーナは役に立った、と言えるかな」
「そのメッサーナですが、早めに潰した方が良いかもしれません」
「ほう?」
 ウィンセが敵を評価した。これは、珍しい事である。仲間内ですら、ウィンセが評価する事はあまりない。
「今は二万の規模ですが、軍は精強です。特にロアーヌとシグナスの二人は、要注意でしょう。あの二人は軍人としては抜きん出ています。今はまだ戦の経験が浅いため、脅威としては薄いのですが。この二人に経験を積ませると、厄介な事になりかねません」
「しかし、今の官軍では勝てまい。大将軍を動かすわけにもいかぬし」
 今の官軍には、大将軍以外に優秀な指揮官が居なかった。先程の十一人の部下達や、まだ見ぬ埋もれた人材などはどこかで眠っているはずなのだが、それを表に出すのは国の改革を終えてからの話である。
「はい。ですから、改革は急ぐに越した事はないかと。特に軍事面を」
「それは分かっている。実際にのんびりする事はできん。それは内政も軍事もだ。私の今回の方法は少しばかり過激だ。それだけに、民も早急な対応を求めてくるだろう。ダラダラとやっていれば、私が民から見放される」
 民から見放されるという事は、厄介な事だった。政敵に政権を奪われるだけならばまだ良いのだが、民がメッサーナの肩を持つという可能性もあるのだ。メッサーナの反乱に民が身を寄せれば、国としてはかなり危うい事になってしまう。それを防ぐためにも、私はのんびりとは構えていられなかった。
「フランツ様、他の方法はありませんでしたか?」
「腐りを取り除く方法か?」
「はい」
「無いな」
 時をかければある。だが、それは言わなかった。時をかければ、メッサーナの反乱に手が付けられなくなるだろう。だから、実質的には今回の方法しか無かった。
「シーザーと何合かやり合いましたが」
 ウィンセが話題を変えた。
「攻めだけの男です。守りが脆い。わき腹を槍で突いておきました」
「ほう、それは大きな収穫ではないか」
「すぐに他の兵が救援に回って来たので、首は取れませんでしたが」
「わき腹か。助かるかどうかは運次第だな」
 はらわたは、急所の一つである。出血次第では、命も落とす。
「どうせなら、ロアーヌかシグナスのわき腹を突いてくれば良かったものを」
「無理でしょう。あの二人は別格です。シーザーの守りがずさんだからこそ、私も出来た事ですよ」
「言ってみただけだ。そう拗ねるな。それより、タンメルの件はしっかりとやり通せよ」
「はい。承知しております」
 タンメルの死で、私の改革は始まる。綱渡りのような改革だ。だが、だからこそ、私の心はかすかに快感に包まれていた。難度の高い物事に挑む時、私は精神的に充足する事が出来る。
「しばらくは、楽しい日々になりそうだ」
 言って、私は少し笑った。

       

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