Neetel Inside 文芸新都
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剣と槍。抱くは大志
第五章 鼓動

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 私はヨハンと共に、懸命に内政を整えていた。毎日が目の回るような忙しさである。
 西の砦を二万の官軍から守った。これが一つの契機だった。
 あの戦の後、メッサーナ周辺の町や村が、我々に従属すると申し出てきたのである。彼らは我々と同じように国に反感を持っている者達で、以前から反乱を企てていたという。しかし、それを実行する事は出来なかった。何故なら、反乱を先導する者が居なかったし、町や村だけの独力では、国に叩き潰される事が目に見えていたからだ。
 そんな時、我々が国から西の砦を奪い取った。そればかりか、取り戻しに来た官軍すらも追い返したのだ。この出来事で、周辺の町や村は今が反乱の機だと見た。そして、メッサーナに従属してきたのである。
 このおかげで、メッサーナの国力は一気に膨れ上がった。その膨れ上がり方は相当なもので、国は国土を七つに分けて統治していたが、その内の一つがメッサーナの物となったと言っても良い程である。以前のメッサーナの統治領は、一つの地域の中のほんの一部分、という形だったのだ。
 しかし、国から見ればまだ我らは赤子のようなものだった。東の田舎地方、という事実は変わらないし、物産や民の数も未だ天地の差だ。だが、赤子は成長する。国はいわば老人だ。腐りと言う名の病も抱えている。だから、メッサーナはいつか国を超えるはずだ。
 だが、国は変わろうとしていた。フランツという名の、一代の傑物の手によってである。まだ詳しい情報は掴めていないが、フランツはタンメルを利用して、国の改革に乗り出したという。これはヨハンも読んでいた事だが、どこか不気味さがあった。我々の予想している以上に、物事が進んでいるという気がするのだ。
 これについては、都に潜ませる間者の数を増やして対応する事にしていた。何をするにしても、まずは情報が第一である。特にメッサーナは東の田舎地方だ。都の情報などは大きなものしか手に入れる事が出来ない。だから、間者だった。しかし、間者も人間だ。完璧ではない。情報の精度を高めるためにも、都には多くの間者を送り込んでいた。
 フランツは国を存続させようとしている。だが、それは何故なのだ。
 私にはフランツの思想は理解できなかった。どんなモノにも、寿命はある。この世の万物には、限られた命があるのだ。それは国も例外ではない。もっと大きな視点で言えば、この世界ですら寿命を持っているだろう。そして、今の国の寿命はすでに切れかかっている。フランツが懸命に国を建て直したからと言って、国は再生できないのだ。その寿命をほんの少し延ばすだけである。だから一度、国は死に、新しいものへと生まれ変わる必要があるはずだ。
 私とフランツは、一生、相容れる事はないだろう。私は直感的にそう思った。フランツとはまともに話をした事すらない。かつて、ちょっとだけ、顔を合わせただけだ。しかしそれでも、相容れる事はない。これは確信である。遠く離れたこの地からでも、それははっきりと分かった。思想の違いだけではなく、私の生まれ持った何かが、フランツを受け入れようとしていないのだ。そして、これはフランツも思っている事だろう。
 ヨハンが、部屋に入って来た。
「ランス様、シーザー将軍の容態が安定しました。何とか、命は繋いだようです」
 私は書類を捌く手を止め、顔を上げた。
 シーザーは先の戦で、負傷していた。敵の一兵卒とやり合い、わき腹を槍で突かれたのである。これはシーザーの部下から聞いた話で、詳しい経緯はわからない。だが、あのシーザーがただの一兵卒に負けた、というのは信じられない事だった。
「そうか、それは良かった。まぁ、あいつがそう簡単にくたばる訳がないとは思ったが」
「しかし、あのシーザー将軍が一兵卒に負けるとは」
「私もそれが気になっている。シーザーの武芸の腕は、ロアーヌやシグナスに次ぐものでもあるし」
「タンメルの首を取ろうとしたら、小柄な兵卒が前に出て来た、とシーザー将軍の部下から聞いています」
「ふむ?」
「フランツの手の者では、と思っているのですが」
 私は腕を組んだ。
「そうだとしたら、タンメルはやはり利用されたか」
「まぁ、そう考えて間違い無いでしょう。また、それとは別に、西に官軍が集められています。前線には八万の兵力が駐屯しているとか」
 次に攻めるべき場所だった。だが、官軍からこちらに攻めてくる気配はない。つまり、防備を固めているのだ。これ以上、我々を勢い付かせまいとしている。八万という兵力は、今の我々にとっては強大過ぎた。メッサーナの国力が拡大したと言っても、今は内政を整えるのが精一杯で、軍事面には手が回っていない。だから、兵力も二万から大して変化は無かった。
「内政に時はかけたくないな」
 国力に差がありすぎる。フランツが私の想像通りの男ならば、内政に時をかければかけるだけ、こちらが不利になると思えた。
「それはフランツも同じでしょう。おそらく、彼は今、政敵の処理と、軍と役人の再編に追われているはずです」
「その再編が終わるまでに、私達は動きたい所だ」
「はい。むしろ、そうしないと我々は負けます。メッサーナの国力が拡大したという事は、反乱が大きくなったとも言えるのです。そうなると、国も焦り出すでしょう。今までバラバラだったものが、一つに固まり始めもします」
「人材面も、改善されるだろうな」
 我々が唯一、国に勝っている部分だった。それすらも凌がれると、この先は厳しくなってくる。
「それらを防ぐためにも急ぎましょう。しかし、安心しました。ランス様も、考えるべき時は考えるのですね」
「どういう意味だ?」
「楽観的な所がありますから」
「楽観視できる時はそうする。そうでない時は、考えるのだよ。ヨハン、お前はいつも考えているがな」
 言って、私は声をあげて笑った。
「まぁ、性格でしょうか。これを苦にした事はありません」
「そういう所が私は羨ましい。とりあえず、今は内政だな。国力増大に伴い、処理すべき案件が増えた」
 従属してきた町や村から、多くの者を役人として登用したが、それでも仕事に対する人の数が合っていなかった。
「はい。軍事面に関しては、ルイスにも手伝って貰います。あとは、シーザー将軍の復帰を待ちましょう」
 兵の選別や武具、馬の調達などはルイスでも出来るが、兵の調練はそれぞれの将軍がやるべきだった。兵は将軍を見て育つ。これは言い換えれば、将軍によって兵の性格が変わってくるという事だ。例えばロアーヌの配下は寡黙で峻烈だが、シグナスの配下は明朗快活で率直である。このように、将軍がそれぞれ兵を鍛え上げる事によって、軍は多彩な色を持つ事になるのだ。
「シーザーは立ち直るかな」
 今まで、特に負けた事は無かった男だった。特に個人戦はそうだ。メッサーナの中でも、ロアーヌとシグナスが来るまでは、一、二を争う武芸の腕の持ち主だった。それが、一兵卒に打ち負かされたのだ。精神的に潰れる可能性は十分にあった。
「シグナス将軍が何とかするのでは、と私は思っていますが」
「あの男は不思議なものだな。ズンズンと人の心に踏み込んでくるのだが、決して不快にはさせない」
「ランス様も同じようなものを持っていますよ。と言うより、人を引き込ませます」
「ふむ?」
「自覚していないのが、また良いのかもしれません」
 言って、ヨハンは二コリと笑った。

       

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