Neetel Inside 文芸新都
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 遊撃隊である俺の騎馬隊の兵数が、七百から千五百になった。
 メッサーナは内政を急ごしらえで整え、軍事に手を回したのである。軍事にも色々あるが、まずは兵力の増強だった。メッサーナは、周辺地域をその傘下に収めた事で、統治する土地が大幅に広がった。これにより、養える兵の数が増加した。現在のメッサーナの兵力は六万である。元々は二万の兵力で、これで考えれば、実に兵力は三倍に膨れ上がったという事だ。当然、兵力が上がれば、それぞれの将軍が抱える兵数も増える。俺は七百から千五百になり、シグナスは二千から八千となった。
 俺はこの千五百から、麾下(きか:旗本の意)となる兵を百名だけ選び出した。俺の遊撃隊はメッサーナの中でも至強とされているが、その中からさらに選りすぐったのである。これには官軍時代からの部下も混じっており、この百人は実に精鋭五百人分の働きはするだろう、と周りからは言われていた。
 ゆくゆくは、残りの千四百も同等の精兵に仕上げる。この天下では、数多くの精強な軍が居るが、俺はそれらに負けたくはなかった。これは兵も同じだろう。特に、官軍時代の部下達はそうだ。
 タンメルは、俺とシグナスのかつての部下を戦陣に連れて来ていた。この部下達は、戦中に俺とシグナスの元に戻る事を選択し、国を捨てた。これが正しいのかどうかは分からない。答えは、それぞれの兵達が持っているだろう。ただ、兵達はランスの大志に共感を示した。ランスの大志は俺の大志だ。だからではないだろうが、兵達はメッサーナに付き従う事にしたのだ。
 時代は動き始めている。俺の視野はランスやヨハンに比べると狭い。しかしそれでも、時代は動き始めている事が分かる。国は明らかに変わろうとしているのだ。内部で何が起きているのかは分からないが、腐臭が消えつつある。軍は統制され、役人達の気は引き締まっている。
 だが、これも今だけだ。そう思わせるだけの腐りを、俺は見てきた。国という名の器の底には汚物が沈殿していて、いつそれが浮かび上がってくるか分からない。だから、器ごと破壊するしかないのだ。
 ランスやヨハンは、戦略を組み立てている最中だろう。国が変革した事によって、色々と考えるべき事が増えたはずだ。メッサーナの取り舵を握るのは、あの二人である。俺達は、二人が出した進路に向けて、ただ突き進むだけだ。
 俺は丘の上に立って、千五百の調練をジッと眺めていた。千五百は五隊に分かれ、それぞれ突撃と反転を繰り返している。特に俺の麾下が居る一隊の動きは、まさに鮮烈そのものだった。他の四隊も相当なものなのだが、麾下と比べると、どこか色あせて見えてしまう。
「相変わらず、厳しい調練だな、ロアーヌ」
 シグナスがやって来た。俺の隣に立って、共に調練を眺める。
「こうして上から見ると、まるでスズメバチだな。動き方がそっくりだ。特にお前の麾下は凄い」
 シグナスの言う通り、俺の騎馬隊の動きはスズメバチのそれとよく似ていた。貫く場所を見定める。見定めたら、逡巡せずに突っ込む。そして、素早く反転する。
「具足を虎縞模様にしようかと考えている所だ」
「ほう」
 冗談のつもりだったが、シグナスは本気と捉えたようだ。
「似合うかもしれんぞ。それに、他の軍との違いを付ければ、名も上がる」
「名声などには興味はないんだが」
「いや、虎縞模様にするってのは良いと思うぜ。お前の遊撃隊はメッサーナ軍で最強だろう。その軍が味方の目に付きやすくなれば、必然的に他の士気も上がる」
「考えておこう」
「いや、俺から言っておいてやるよ。お前は、こういう事を頼むのは下手くそだからな」
 言って、シグナスは声をあげて笑った。
「シーザーの稽古はどうだ?」
 これ以上、からかわれたくなかったので、俺は話題を変えた。
「まぁ、そこそこと言った所だ。元々、センスはある。だが、性格が邪魔して成長の伸びは良くないな」
「武芸だけではなく、軍の動かし方も変えられると良いんだが」
「俺はそうは思わないぜ。あいつの果敢な攻め方は、敵に恐怖を与える」
「シーザーの長所か」
「少しは自重して欲しいがな」
 シグナスが言って、互いに笑った。
「俺の槍兵隊も絞りあげなきゃならんな。俺もいつまでも徒歩(かち)という訳にもいかぬし」
 シグナスの槍兵隊は歩兵である。だが、指揮官である将軍は馬に乗った方が良い。兵と同じ徒歩では、どうしても指揮が難しくなるのだ。
「仕方ない事だが、兵には辛い思いをさせる事になるな」
 シグナスは兵と苦しみを分かち合う部類の将軍だ。だから、今までは兵と共に徒歩で戦ってきた。しかし、これからは、シグナスは馬上である。兵数の増加に伴い、徒歩のまま指揮を執る事に限界が見えてきたのだ。そして、馬と歩兵では、前進する速さが違う。歩兵は、指揮官に合わせなければならない。シグナスはこれを懸念しているのだろう。
「そういや、前線の官軍が、八万から四万に減ったそうだぜ」
 シグナスが不意に言った。俺もこの話は聞いていて、メッサーナはどことなく慌ただしい。戦の匂いである。だが、すぐには攻めないだろう。軍費がかさばっている。兵糧も十分とは言えない。おそらく、出陣は今年の秋の収穫を終えてからだ。
 しかし、国が前線の兵力を半分に減らした理由は何なのか。この前線は、メッサーナが次に攻め込む場所で、東地方の中では最大規模を誇る都市だった。メッサーナがこれを手に入れる事が出来れば、政治面でも軍事面でも大きく躍進する事が出来るだろう。だが、国はその都市の兵力を、半分に減らしたのだ。
 何か狙いがある。だが、俺にはそれが何なのかは分からない。しかし、戦を大前提として考えるなら、援軍という一つのケースが浮かんでくる。
 国の兵力は六十万である。都には二十万の兵が居て、その他は地方に散らばっている。この地方の中で精強な軍はいくつかあるが、西へ攻め込む際に援軍として考えられるのが、南方の雄であるサウスの軍だった。
 サウスについてはよく知らないが、少なくとも甘くはないだろう。サウスが鍛えた兵はどれも精鋭だと言うし、異民族の脅威が強い南で、サウス軍は暴れ回っているのだ。俺が官軍を出る頃には、異民族はサウスに金品を差し出すようになった、といった噂も流れていた。
 どちらにしても、戦略を決めるのはランスやヨハンだった。俺は俺で、思っている事を二人に伝えれば良いだろう。
「ロアーヌ、俺はそろそろ行くぜ。虎縞模様の具足の事は言っておく。それと」
 シグナスが少しだけ、口元を緩めた。
「お前は戦だとか調練だとかばかりを考えてないで、たまには女の一人ぐらい抱け。お前、配下に心配されてるぜ。戦や調練で情欲を使い果たしているのかもしれないってな」
 言って、シグナスは声をあげて笑った。それを見て、俺は舌打ちするしかなかった。大きなお世話だ。俺は、そう思った。

       

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