Neetel Inside 文芸新都
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 季節は秋を迎え、今は麦の刈り取りを兵が行っていた。メッサーナは民の数が少ない。だから、兵も農民と共に働く。共に開墾し、共に作物を育て、共に収穫するのだ。これをするだけで、民は兵を身近な存在として感じるようになる。
 民は兵を怖がっている事が多い。戦で田畑は焼かれるし、侵略してきた兵士達に物を略奪されたりするからだ。ひどいものだと、虐殺や若い女を連れ去られたりもする。だから、民は戦を嫌う。それに関連する兵も嫌う。
 私は、メッサーナをそういう根っこの部分から建て直した。そして、この根っこの部分こそが、最も大事だと思った。兵は民を守る者だ。民とは、メッサーナの民だけではない。この天下全ての民だ。これを私は兵達に軍律として教え込んだ。そして、志を説いた。今の国の有り様。これからの政治の事。私が成し遂げようとしている夢。これらを兵に説いた。
 これが正しいのかどうかは分からない。フランツなど、私の思想に対して、良い想いなど微塵も抱いていないだろう。国の歴史を何よりも重んじる男だ。だが、私は自分の考えが正しいと信じる。そして、この考えに賛同する者達と共に、私は天下へと駆けあがってみせる。
 この収穫を終えれば、戦を始めるつもりだった。民達の表情は決して明るくはない。だが、戦に対しての明確な反発は無かった。仕方のない事だと思い定めているのだろう。こういった部分では、私は民に甘えていると言わざるを得なかった。
 次に攻め入る場所は、西の城郭都市(防御施設によって囲まれた都市)ピドナである。ピドナは、メッサーナと同等、もしくはそれ以上の規模を誇る大都市だ。ただ、メッサーナのような天然要塞ではなく、人工的に作られた要塞だった。
 夏に、不可解な事が起きていた。ピドナの兵力が、八万から四万に減ったのである。これは国から言えば前線で、我々が攻め込む場所だ。ここの兵力を減らすという事は、国の内部で何か混乱があったのか、他方面で異民族が暴れ出したかのいずれかだと思ったが、それもないようだった。
 狙いは何なのか。ヨハンと共に探ってみたが、出た答えは国の改革だった。つまり、フランツはまだ我々を利用しようとしているのである。
 すでにメッサーナは国に対して二連勝している。さらに言えば、二戦して二勝、つまり、必勝中なのだ。これは、他の反乱を煽る要素になり得る。元々、国に対して、民の不満はくすぶっていたのだ。我々の反乱を切っ掛けにして、それが爆発するという事は十分に考えられるはずだ。しかし、それを無視するかのように、フランツは我々を利用しようとしていた。
 間者に色々と調べさせた。それで、フランツの強気な姿勢にも納得がいった。
 フランツは、主要な都市を軍で抑えつけていた。さらには優秀な役人をそこに送り込み、政治の建て直しを図っている。だから、民達も反乱が起こせない。根幹部分である不満も、政治の建て直しによって消えようとしているのだ。
 だが、それは今だけだ。正確に言えば、フランツが宰相をやっている時だけだろう。宰相が変われば、政治も変わる。しかしそれでも、民達はフランツの行動に希望を見出すだろう。そして、反乱をしようという気持ちも消えていく。
 民達は、その場限りの物しか見えていない事が多い。これは民の悲しい習性のようなもので、仕方のない事だった。何故なら、一日の生活を送る事に民は精一杯だからだ。どれだけ働こうが、見返りとして手に入るものは、ほんの僅かである。これは国が変わらない限り、ずっと続く。だが、民はこの事に気付かない。いや、気付けないのだ。だから、私が変える。私が国を、時代を変えて、民のための政治をするのだ。
 フランツの狙いは、軍の改革だろう。私はそう思った。メッサーナを利用して、軍を強化しようという算段なのだ。だが、詳しい内容までは掴めなかった。フランツは直接的に関与しているようではなく、その下の者が懸命に動いているという節もある。
 まぁ、どの道、前に進むしかないだろう。私はそう思った。フランツが水面下でどう動こうが、私達の進むべき道はただ一つなのだ。天下を取る。この一つだけである。ヨハンは何度も唸っているが、分からないものは分からない。なら、後は自分がやる事をやるだけだ。私はそれで良いと思っていた。
 この思いで、次の方針は決まったようなものだった。西の城郭都市、ピドナを攻める。
 ロアーヌが、献策してきていた。この城郭都市、ピドナを攻める際の方策である。これは大まかに言えば、軍を二分するというものだった。一つはピドナを陥落させる軍。もう一つは、援軍に対処する軍である。
 ロアーヌは、南方の雄であるサウスが援軍としてやって来ると読んでいた。私は、これに対して首をかしげるしかなかった。サウスが援軍としてやってくる必要性は、ほとんど無いのである。サウスは南の異民族の抑えのために兵力を割かなければならないため、援軍としての機能は低いと言わざるを得ない。それに、援軍として出すなら、ピドナの後方から大軍を送り込んでくれば良いのだ。
 だが、ロアーヌはそれが狙いだと言った。要は、不意を突く、という事である。援軍は後方からだ、と思わせておいて、実は南からやってくる。これは効果的な作戦である。特に攻城戦に取り掛かってからでは、野戦に対応しにくくなるのだ。
 しかし、我らの不意を突くという事以外にも、何か裏がありそうな気がした。これは私の勘だった。官軍は前線の兵力を四万に減らした。これで私達は攻める気になった。だがそこに、サウスの援軍が表面に浮かんできた。これが何かを意味しているという気がする。フランツの軍の改革と、どこか結びつかないか。
「俺は軍人です。だから、サウスの気持ちが分かるという所があります。サウスは、南に飽き始めている」
 ロアーヌが言った。
「南の敵が豊富であれば、サウスは動かなかったでしょう。ですが、今は違います」
「南の異民族よりも、我々の方にサウスは興味を持つ。そういう事か?」
「はい」
 ロアーヌは、ほとんど表情を動かさない。ヨハンは、ロアーヌの事を心の中で多くを語っている、と評していた。しかし、私にはその心の声は聞こえなかった。そういう意味では、私はシグナスの方が親しみやすい。
「サウスは兵の調練で有名な将軍です。サウス自身も武芸の腕が達者で、それで南方の雄などと呼ばれているのですよ」
 兵の調練で有名。これが、私の中で引っ掛かった。そして同時に、フランツの狙いが少し見えた気がした。
「サウスが援軍に来たとして、戦が終わった後、南に戻るかな?」
「さぁ、どうでしょうか」
「南の方が楽しめそうなら、南に戻るか?」
「はい」
 ロアーヌはあまり多くを語らない。だから、私の方から質問する必要がある。ヨハンやシグナスは、こういう事が少ない。これはつまり、ロアーヌの心の中の声を読み取れる、という事だろう。
「逆に言えば、そうでないなら、都に凱旋する可能性もあるか」
 サウスを楽しませる。フランツは、そう考えているのかもしれない。そして、都に凱旋させて兵を調練させる。これで官軍は相当に強化されるはずだ。だが、これは傲慢な考えだ。戦である。サウスが死ぬ、という計算をしていない。
「ロアーヌ、サウス軍を抑えられるか?」
「兵力によります」
「同数、もしくはその二倍として考えろ」
「できます」
「サウスを討ち取る事は?」
 ロアーヌが少し考える表情をした。
「確実とは言えません」
「出来れば、サウスを討ち取れ」
「はい」
 ロアーヌの返事は短かった。
 サウスが本当に援軍で出てくるのかは別として、ロアーヌの献策は受けた方が良いだろう。フランツの狙いと、重なる部分が多くある。軍を二分するという事で、軍師も二人付けるべきか。すなわち、ヨハンとルイスの二人である。
 ヨハンは計略に秀でた軍師で、ルイスは戦術に優れた軍師だ。組ませるならば、シーザー、ロアーヌはヨハン。シグナス、クリスはルイスだろう。クライヴは総大将で、二人の軍師の献策を執り分ける。
「ロアーヌ、収穫を終えたら戦だ。お前のスズメバチの遊軍、楽しみにしているぞ」
「はい」
 相変わらず、ロアーヌの返事は短かった。

       

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