Neetel Inside 文芸新都
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剣と槍。抱くは大志
第六章 南方の雄

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 曇り空だった。雪が降るかもしれない。すでに季節は冬に入っている。
 西の城郭都市、ピドナを攻めるため、俺達は行軍していた。兵力は合計で三万である。本拠地では残りの兵が留守を守っていて、これは動かせない。本拠地だけは、何があっても守り抜かなければならないのだ。
 出陣する将軍は、俺、シグナス、シーザー、クリス、クライヴの五人で、軍師はヨハンとルイスの二人である。
 ヨハンが戦に出てくる。これは珍しい事だった。いつも、ヨハンは内政を見ていて、戦に出てくる事は無かったのだ。どういう戦い方をするのかは分からないが、シーザーはヨハンを褒めちぎっている。ルイスの数千倍はマシだ、とも言っていた。これについては、正直アテにはならないだろう。シーザーはルイスが嫌いだから、ヨハンを持ち上げているようなものだ。しかし、それを抜きにしても、ヨハンは信頼できる男だった。内政に関しては非凡なものを持っているし、頭に入っている軍学も相当なものである。特に、計略面については造詣が深い。
 今回は攻城戦という事で、騎馬、槍、戟、弓兵隊とは別に、攻城部隊も出陣していた。これは三万の兵力の内の五千で、衝車(しょうしゃ:巨大な鉄杭を備えた戦車。杭を城壁に叩きつけ、これを破壊する)や雲梯(うんてい:城壁に取り付ける巨大なはしご)などを備えている部隊だ。ただ、この部隊は、重装備かつ攻城兵器を抱えての行軍なので、足は遅い。
 まずは野戦だろう。俺はそう思った。官軍はピドナを背にして、原野に陣を敷いてくる。だから、まずはこれを崩すのが先だ。
 俺の騎馬隊の具足は、黒と黄色の虎縞模様だった。これについては、特別な思いは何も無い。過去にもこういう軍は居たし、別に珍しい事でもないのだ。要は中身である。他の部隊とは違う、強烈な何かを持っていなければ、虎縞模様の具足などただの飾りだった。だからではないが、そうならないためにも、俺の騎馬隊はそれ相応の戦果を挙げてみせる。
 メッサーナ軍は、ピドナまであと一日、という所に、幕舎を置いた。軍議を始めるのである。すでにピドナには斥候を放ち、情報も持ち帰っているようだ。
「まずは全軍でピドナを攻める」
 貧乏ゆすりをしながら、クライヴが言った。幕舎の中には俺を含めた五人の将軍と、二人の軍師が居る。中では、かがり火が焚かれているが、やはり寒い。吐く息も白かった。
「南にも斥候を放っているが、まだサウス軍に動きは無いとの事だ」
「サウス軍が動いた場合は?」
 シグナスが言った。これは誰もが気になる所だろう。
「ロアーヌの遊撃隊とシーザーの騎馬隊、そして軍師としてヨハンを回す」
「ピドナに対する騎馬隊が居なくなるぜ。良いのか?」
 シーザーが眉をひそめながら言った。相変わらず、雑な言葉遣いだ。
「いや、野戦を展開している最中、シーザー、お前にはピドナに居て貰わねばならん。サウスがどのタイミングで動くのか、また、本当に動いてくるのかが焦点なのだが」
 クライヴが腕を組む。
 サウスは動く。これは俺の勘だが、ほぼ間違いなくサウスはやってくる。軍人としての血が、そうさせるはずだ。サウスは南の敵に飽きているだろう。そろそろ、新しい刺激を求めに来てもおかしくはない。
「ピドナに攻城部隊が取り付けば、騎馬隊はさほど必要ではない。だから、それまではシーザーにはピドナに居て貰う」
「では、サウスが動いた場合、まずは私とロアーヌ将軍がその対処に向かうのですね? シーザー将軍は、状況を見てから動くと」
「その通りだ、ヨハン。その際の動き方は、後でロアーヌと話し合うと良い」
「分かりました」
 それからは、ピドナ攻略の戦略が話し合われた。まずは野戦で官軍を蹴散らす。これには特別な計略などは用いず、純粋なぶつかり合いをする事になった。ピドナを守る将軍は、あのフランツの部下だという。今まで、表に出て来なかった人間だ。だから、戦での実力は見えない。ただ、惰弱ではないのは間違いないだろう。
 軍議を終えた。
 俺は営舎で兵糧を取り、外に出た。相変わらず、寒風が肌を刺激する。兵達は武器を片手に、見張りをしていた。シグナスがその兵達に声を掛け、談笑している。
「ロアーヌさんは、兵と共に過ごさないのですか?」
 ふと、声を掛けられた。クリスだった。まだ十代の少年だが、その戦ぶりは果敢さと慎重さを併せ持っている。だが、武芸はいくらかマシ、というレベルだ。体格も小柄である。
「俺が兵に話しかけると、兵の気分が落ちる」
「そんな事はないと思うけどなぁ」
「お前は良いのか? クリス」
「僕は兵と会話をするには、あまりにも歳が離れ過ぎています。それでも、みんな僕の指揮通りに動いてくれますが」
「お前は将軍だ。当たり前だろう」
「ただ、僕はロアーヌさんやシグナスさんのように、最前線に出られません」
 クリスは後方で指揮を執るタイプの将軍だった。俺やシグナス、シーザーは自らを先陣を切るタイプの将軍である。指揮官が勇猛なら、兵も勇猛になる。これは持論だ。そして、これを最も体現しているのがシーザーだろう。シーザー軍は、指揮官の力量に頼っている所が大きい。これは弱点にもなり得るが、シーザーが居るだけで軍は活性化するのだ。
「それぞれ、適性がある」
「分かります」
 クリスは年齢や体格のせいか、どこか守ってやらなければならない、という気にさせる何かを持っていた。これはおそらく兵達も同じで、そういう意味では人気のある将軍だった。そして、クリス軍の兵は自立心が強い。指揮官が指示を出さずとも、ある程度は動けるのだ。
「お前は俺より戦歴のある将軍だ。現場での判断力は、目を見張るものがある」
 風が吹いた。その冷たさが、肌を突き刺す。しかしそれでも、兵達は直立しながら伝令を交わす声をあげていた。遠くからは、シグナスの笑い声が聞こえてくる。
「酒は飲めるのか?」
「はい。すぐに顔が赤くなってしまいますが」
「俺は官軍では若いとされてきた。シグナスもな。だからではないが、俺より年下の奴とも飲んでみたい」
「戦陣にお酒は禁物ですよ」
「分かっている。いつか、という意味だ。シグナスは良いのだが、シーザーはうるさすぎる。お前となら、落ち着いて飲めそうだ。潰れなければな」
 言って、笑った。自分から笑ったのは、シグナス以来だという気がした。
「潰れませんよ」
「ほう?」
「もう、行きます」
 クリスが頬を膨らませながら、去っていった。こういう所で、まだ子供らしさは残っている。
「サウスか」
 呟いた。南方の雄、サウス。どれほどの男なのか。それに、ピドナを守るフランツの部下の実力も気になる。
 俺は、ヨハンの幕舎に向かって歩いていた。サウスにどう対処するのか、ヨハンと話し合おうと思った。

       

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