Neetel Inside 文芸新都
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 強い。官軍は、生まれ変わっている。兵の練度なら俺達の方が上だ。しかし、兵力差を覆す程のものではない。それが力の差となって、今の戦況が生み出されている。歩兵は押され、シーザーの騎馬隊は敵の騎馬の対応で精一杯だ。このままやり合い続ければ、メッサーナ軍が倒れる。
 どうする。
「シグナス将軍、中央が耐え切れません」
 ウィルが言った。副官である。武芸は並だが、兵の心をよく読み取る男だった。慎重過ぎるという欠点は持っているが、同時に粘り強さも持っている。
 味方歩兵が、中央を中心に次々に削り取られていた。敵の戦術は卓越している。というより、自分を知っていた。兵の練度が低い。しかし、兵力差で勝る。これを、知っている。だから、三人一組でこちらの一人に向かってくるのだ。こちらは二人一組で敵一人に対応しているが、それでは勝てない。
「陣形を変える。ウィル、お前は最後尾まで退がれ。兵を小さくまとめて、敵に対応するぞ」
「シグナス将軍は」
「俺は殿(しんがり)だ」
「なりません」
「黙れ、これは命令だ、早くいけ」
 言って、俺は馬腹を蹴った。クリスの方に眼を向ける。懸命に指揮しているが、反撃の糸口は見えていない。戟兵隊は、小さくまとまり始めていた。
「戟兵隊と二人一組になれ、決して孤立するな」
 叫びながら駆けた。ウィルが後方で指揮を執り、槍兵隊も陣形を変え始めている。
 右手を上げた。麾下五百が集まってくる。これは精鋭だ。俺自身が鍛えた槍兵で、この五百だけは官軍相手に十二分に力を発揮できる。
「俺達は殿だ。武器を高く掲げ、声をあげろ。行くぞっ」
 馬腹を蹴った。すぐに敵の最前衛が見えた。槍を構える。ぶつかった。もう敵は居ない。宙へと撥ね上げたのだ。遅れて、麾下の五百が敵前衛を蹴散らす。
「俺は槍のシグナスだ。俺の首を取れると思う奴は、いくらでもかかってこいっ」
 叫んだ。頭上に槍を掲げ、両手でグルグルと回す。風が唸りをあげる。これに触発されたのか、敵前衛三人が飛び掛かって来た。だが、すぐにその三人は死体となった。敵の勢いが死ぬ。しかし、これはこの場だけの話だ。自軍の陣形は横に伸びていて、俺と麾下五百が居るこの場所だけが、敵に向かって前に突き出ている。このまま、ここで戦い続ければ、やがて左右からの敵に押し包まれるだろう。だから、長居はできない。
 どうする。俺が考え得るのは、ここまでだった。つまり、崩れそうになった場所に俺と麾下五百が突っ込み、態勢を整えさせる。これだけしか、俺が出来る事は考え付かない。これは、今は良いだろう。崩れそうになった場所、危機を迎えている場所が、今はまだ一つや二つだからだ。だが、これが三つ、四つと増えていったらどうなる。持ち堪えられるのか。
 そう考えている内に、右翼が押され始めていた。救援に。そう思ったら、左翼も押され始めている。
「くそっ」
 八千という味方の数が重い。それはまるで足枷のようで、何をするにも重さが感じられた。どうすれば良い。
 その時だった。後方で、鐘が鳴った。振り返る。ルイスが旗を振らせている。後退の合図だ。もう、これ以上は踏みとどまれない、というタイミングだった。
「後退命令が出たぞっ。後退しろっ。だが、敵に背を見せるなっ」
 叫んだ。何のための後退なのか。これは考えないようにした。戦況はルイスが見極める。
「麾下を三隊に分ける。味方の後退の援護だ。二百を二隊と百を一隊。二百の二隊は左右へ向かえ」
 敵をあしらいつつ、麾下が三隊に分かれた。内二隊が、左右へと駆けていく。
「百はこの場で暴れる。俺達の槍を官軍どもに見せてやるぞっ」
 叫んで、槍を振り回した。次々に敵を突き殺し、宙へと放り出す。徐々に敵が怯え始めていた。だが、追ってくる。
 シーザーの騎馬隊だけが敵と激しくぶつかり合っている中、槍・戟兵隊は退がり続けた。
 敵の陣形が、縦に伸びていた。体力のある者とそうでない者との差が、開き始めている。これが兵の練度の差だ。メッサーナ軍は、未だに隊列をしっかりと保ったまま退いている。
 最前衛で戦い続ける敵兵が、息を乱していた。明らかに疲労している。勝てるのではないのか。俺はそう思ったが、何も指示は出さなかった。槍を振り回すだけだ。大局での指揮は、ルイスに任せれば良い。
 その時、天から赤い雨が降り注いだ。それは敵軍の中央に集中している。火矢。クライヴの弓兵隊の火矢だ。
 火矢によって、縦に伸びた敵歩兵が真っ二つに割れた。割れた所で、炎が渦巻く。炎の壁。さらにそれは左右にも拡がり、敵歩兵を完全に二つに立ち割る形になった。
 刹那、鐘。攻勢の鐘。
 心臓が爆発した。
「槍兵隊、足を止めろっ」
 叫んだ。兵達が踏みとどまる。敵軍に、明らかな動揺が走っていた。軍を二つに割られただけではなく、炎の壁によって退路も塞がれたのだ。
「槍構えっ」
 ザッという足を踏み出す音。
「突撃、いけぇっ」
 叫んで、俺も駆けた。先頭である。背後で兵達が吼えている。逆襲。
 敵兵が算を乱した。だが、退路がない。
 槍を突き出す。真っ直ぐに、直線に駆け抜けた。具足が血で濡れていく。俺が駆けた所に敵兵は居ない。ひとしきり駆け続けた後、馬首を返した。今度は縦横無尽に駆け回る。
 炎の勢いが弱まっていく。その炎の向こうに、残りの敵歩兵が居た。だが、怯えている。この惨状に恐怖したのか。
 兵をまとめた。炎の向こう側の敵に攻勢をかける。この場はクリスに任せれば良いだろう。
「いけぇっ」
 そう叫んだ瞬間、敵歩兵は背を見せて逃げ始めていた。

       

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