Neetel Inside 文芸新都
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 俺は千五百の騎馬隊と共に、原野でサウス軍迎撃の構えを取っていた。軍師のヨハンは、そのサウスを誘引するため、五百の攻城部隊と共に山を登っている。
 どうすれば、サウスを討ち取れるか。戦が始まる前、俺はヨハンと共にこれを考えていた。
 サウスは純粋な軍人である。つまり、戦好きという事だ。戦好きならば、自分の軍には相当な愛着を持っている。これは俺もそうだし、シグナスやシーザーもそうだ。そして、自分の軍の力を試したいとも思うだろう。まず、ヨハンは、この部分に目を付けた。
 これに加え、南からピドナへの援軍ルートは、小さな隘路を通る必要があった。この隘路は両脇に崖がそびえ立っており、伏兵などの心配はないのだが、落石や丸太落としなどの罠には注意しなければならない。ヨハンは、この隘路を塞ぐ、と立案していた。そして、そのための攻城兵器だった。
 策としては、まず、攻城部隊五百を崖上に待機させる。次に、サウス軍を隘路に入れる。そして、サウス軍が無事に隘路を通り過ぎたのを確認して、攻城兵器を崖下へと突き落とすのだ。隘路の入り口は狭く小さい。だから、攻城兵器の山でそこは簡単に塞ぐ事が出来る。
 すなわち、サウス軍の退路を断つのである。
 これはサウスの心理を上手く衝いていた。攻城兵器をサウスに向けて突き落とせば、その兵力を減らす事ができる。しかし、それはやらない。つまりこれは、この先の軍でお前と真っ向勝負してやる、と言っているようなものなのだ。そうでなくとも、すでに退路は塞がれているため、サウス軍は前に進むしかない。そして、その先には、俺が居る。
 ここからは、サウスの軍人としての質の話になってくるだろう。つまり、戦うのか、逃げるのか、である。
 サウスは戦う。俺はそう思っていた。これは予想ではなく、ほぼ確信に近い。
 そして、その確信は現実となった。前方から、土煙が見えてきたのである。馬蹄も聞こえてきた。
「全員、武器を構えろ」
 兵達が黙って鞘から剣を抜く。金属の擦れ合う音が、一斉にこだました。
「相手は南方の雄、サウスだ。これは軟弱ではなく、精強である。数は三千。対する俺達は、千五百だ」
 前方で、旗が振られている。サウス軍もこちらを見止めたようだ。だが、勢いはそのままで、止まる気配はない。このまま、ぶつかってくるつもりなのか。
「しかし、その兵力差以上に俺達は強い。虎縞模様の具足に恥じぬだけの働きをしてみせろ」
 兵達が低く声をあげた。
「まずは正面からぶつかる。相手は勢いに乗っていて手強いぞ。心してかかれ」
 剣を天に突き上げる。
「行くぞ、突撃っ」
 振り下ろした。そして、馬腹を蹴った。喊声。敵味方の馬蹄とそれが入り混じる。
 敵兵。先頭。褐色色の肌だ。剣を振り上げる。先に、相手の剣が飛んできた。即座に身体をねじり、避ける。刹那、一閃。敵の首が飛んでいた。
 二人、三人と斬り倒す。圧力が、強まって来た。それを感じて、俺は馬首を返した。反転である。辺りを見回すと、他の兵も同じように反転していた。
 三度、同じ事を繰り返した。相手の前衛は持ち堪えようと必死だが、こちらの攻撃は受け切れていない。錐(きり)の先端で貫くのと同じで、一点集中で攻撃を仕掛けているのだ。三枚か四枚の前衛の壁なら、たやすく撃ち貫く。
 敵がバラバラに散った。攻撃を受け切るのは下策と判断したのだろう。今度は、受け流そうとしている。これに対して俺は、隊を三つに分けた。一隊五百名である。右翼・左翼・中央の三方向から、一斉に締めあげてやる。
 不意に、敵軍の中央が動き出した。それはめまぐるしく動き、味方の右翼の騎馬隊を瞬く間に散らした。
「なんだ、あの軍は」
 旗が立っている。サウスの旗だ。つまり、旗本。数は三百と言った所か。
 右翼の騎馬隊が再び固まった。サウスの旗本に突撃をかけようとしている。
「待て、お前達では無理だ」
 言っていた。
 右翼が、突撃を開始した。だが、また散らされた。それは巨岩に水をぶっかけるような形で、突撃そのものが無力化されていた。あの旗本は、格が違う。
 右手をあげた。右翼が集まって来る。
「敵の旗本には俺の麾下百名でぶつかる。右翼はその援護」
 麾下百名が陣を組んだ。左翼は、まだ奮闘している。だが、兵力差があった。敵はあの旗本の活躍で、失った士気を取り戻しつつある。
「あそこにサウスが居るぞ。突っ込めっ」
 腹の底から声を出した。敵の旗本が陣を組んでいる。剣を構えた。
 ぶつかる。堅い。グッと押し込む。だが、押せなかった。
「なんだ、これだけの精強な軍の指揮官だから、どんな歴戦の将軍かと思ったが」
 声が聞こえた。
「若僧だな」
 サウス。血が、燃えた。首が取れる位置に居る。
「どけぇっ」
 叫んだ。前を固める三人の敵兵の首を、まとめて斬り飛ばした。
 麾下百名の兵が、それに続く。
「これは手強い。名は?」
「ロアーヌ」
「なんと、剣のロアーヌか?」
 サウスと眼が合った。笑っていた。余裕のつもりなのか。
 敵兵が次々と覆いかぶさってきた。それを何人も斬り殺す。あと少しで、サウスに俺の剣が届く。
「剣のロアーヌがスズメバチの親玉か。これは手強い。一騎討ちで殺してやろうかと思ったが、これじゃ俺が逆に殺されかねんな」
「サウス、俺と勝負せずに逃げるのか」
「ふん、戦を知らん若僧が。まずは、虚実を知れ」
 言って、サウスが右手をあげた。不意に、左右の敵の圧力が増した。
 右翼と左翼が、サウス軍に取り囲まれている。思わず、舌打ちした。自分の頭の中で描いている戦が、いつの間にか消えている。俺がサウス一人に夢中になってしまったせいで、軍全体の情況を見逃していたのだ。
 首を横に振った。雑念を取り払え。相手は南の異民族を相手に奮闘してきた歴戦の将軍なのだ。戦の経験では勝てるわけがない。だが、俺には若さによる閃きがあるはずだ。だから、経験ではなく、閃きで勝負する。そして、その閃きの先にあるのは、サウスの首だ。
「退くぞ、態勢を整えるっ」
「逃げるのはお前か、ロアーヌ」
 あえて、無視した。ここで逆上すれば、サウスの思うつぼだ。まずは、麾下百名を敵中から脱出させる。俺は殿(しんがり)だ。
 刹那、右腕に激痛が走った。と思ったら、感覚が消えていく。
 小さな針が、突き刺さっていた。
「吹き矢だ。南じゃ、よく見る暗器(隠し武器)だが、何の警戒も無しに貰ったのを見ると、これが初めてか」
「毒か」
「痺れ毒だ。この戦の間、お前の右腕は使い物にならん」
 利き腕だった。まずい。
「首を貰うぞ、若僧」
 サウスが、馬を駆けさせてきた。さらに周囲の敵兵が寄って来る。
 冷たい汗が、背を伝った。

       

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