Neetel Inside 文芸新都
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 俺は峻烈に職務をこなしていた。そうする事によって、俺は国に反感を持っているぞ、という事を伝えたかった。
 誰に伝えたいのか。それは東のメッサーナだ。
 タンメルに呼び出されたあの日から、一ヶ月である。あの時の怒りと正義の炎は、未だに俺の中で燃え盛っている。形として賄賂を払う事になってしまったが、あの出来事は決して悪い事ではなかったと思う。何故なら、あの出来事は俺に行動する決意を与えたからだ。
 あの日を境に、メッサーナ反乱の事を自分なりに調べてみた。一応、立場上としては俺は官軍であり、軍人だ。派手には動けない。だから、民とさりげなく語ったり、部下の中で民と仲の良い者と話をしたりして、俺は情報を得ていた。
 メッサーナは確かに反乱を企てていた。しかも、それを無理には隠そうとしていない。反乱の首謀者やそれに与する者の名前や顔は掴めていないが、優秀な軍人や文官、策謀家は居るようである。
 反乱の真偽は確かめた。あとは軍を抜けて、遥か東のメッサーナへと奔るだけだ。だが、それをやるには一つの問題があった。
 それは、メッサーナに奔ったとして、軍に入れるのか、という事である。メッサーナは反乱を企てているので、当然、外部からの人間には警戒心を抱くはずだ。特に組織というものは、内からの破壊に脆い。あちら側からしてみれば、外部からの人間は全て異物に見えるだろう。その異物を、メッサーナは易々と自分達の中に取り込むのか。
 この問題点を解消するには、事前にメッサーナと接触を図る事だ。これは、官軍に属している今がやりやすい。官軍に属していれば、俺という存在を外にアピールしやすいからだ。そして、そのための峻烈な職務だった。こうしていれば、あちら側から何らかの接触があるかもしれない、と思ったのだ。無論、官軍を抜けた後では、こういうアピールも出来なくなる。当然、役人やタンメルは俺の行動を不快に思うだろう。だが、失態を犯さなければ、奴らは何も出来ない。
 出る杭を打ちたがる。優秀な人間を遠ざけ、愚劣な人間で周囲を固める。この国の高官は、そういう人間で溢れていた。
 目の前で兵達が、ダラダラと調練をこなしていた。
「全員、手を止めろ。よく聞け。これより模擬戦を行う」
 俺の発言に、兵達が露骨に嫌な顔をしてみせた。気にせずに言葉を続ける。
「三人一組となれ。一組ずつ、俺に向かって打ちかかってくる。一撃でも俺に木剣を当てる事が出来れば、合格。それができない組は、素振り千回だ」
 兵達がどよめいた。新兵である。情けない。お前達は戦う事が仕事だろう。俺の部下ならば、この程度の課題には表情すら動かさない。
 俺とシグナスには賄賂が効かない。それを兵達は知っている。そして、賄賂を渡せばどうなるのかも知っている。つまり、やるしかないのだ。
「よし、はじめ」
 全部で三十組。合計で九十人である。しかし、手練ではない。素人に毛が生えた程度の腕だ。
 最初の三人。同時に打ちかかって来た。剣を一度だけ、横に振った。二人同時に腹の溝に木剣を叩き込む。その場で二人がうずくまる。それを横目に、残り一人の胸を突いた。
「次」
 さらに三人。剣を振りかぶっている。振り下ろされる前に身体を入れ、足のスネを木剣で叩いた。悲鳴と共に三人がうずくまった。
「次」
 俺は兵達を叩き伏せている間、胸をかきむしりたい思いになっていた。早く、メッサーナに行きたい。こんな国など、早く捨ててしまいたい。この国では、真面目な奴が馬鹿をみる。ちょっとしたヘマを拾い上げられ、賄賂を請求される。こんなふざけた事があっていいのか。
 そんな鬱屈した思いを、俺は剣に乗せて、兵を打っていた。
 結局、三十組全てを俺が叩き伏せる事になった。少しばかり息が乱れている自分が、腹立たしかった。この程度の連中に、息を乱すなど。
「休憩は無しだ。すぐに素振り千回」
 兵達がのろのろと動きだす。それを見て、カッとなった。
「おい、すぐに立ち上がれ」
 木剣で一人の兵を打ちすえた。それを見た他の兵が、慌てて木剣を構え出す。
 目を閉じた。イライラするな。そう自分に言い聞かせる。一度だけ、呼吸を挟み、目を開けた。
「はじめ」
 兵達が素振りを始める。その素振りも、やらされている、という感しか無かった。
 シグナスの事を考え始めた。
 あの真っ直ぐな男が、賄賂を支払う事になった。最後の最後で、俺にはできない、と言って、俺が代理でタンメルに届け物をした。あまりにも真っ直ぐ過ぎる男だった。だが、俺は嫌いじゃない。槍の腕は一流だし、喋り散らしてうるさいわけでもない。当然、シグナスも俺と共にメッサーナへと奔る。
 問題は、メッサーナとどう接触を図るかだ。存在感をアピールすると言っても、これだけではダメかもしれない。何しろ、相手任せ過ぎるのだ。やはり、どこかで暇を作って東に行くしかないのか。金を払えば、ある程度の休みは買える。しかし、今の俺が休みを買うというのはどこか不自然だ。かといって、峻烈に職務をこなさなければ、周りの人間とは区別が付きにくい。そして何より、これらを差し引いても、金を払う事には抵抗があった。
 苦笑した。俺にもシグナスの真面目さが伝染したのかもしれない。以前なら、金を払うというのはそれほど抵抗はなかったという気がする。
 兵達の素振りが終わった。どの兵も俺への怨念と疲労で、凄まじい形相になっていた。
「今日の調練は終わりだ。兵舎へ戻れ」
 俺は表情も変えずに言った。すでに日は落ちかかっている。シグナスの方はすでに調練を終えただろうか。
 全ての兵が調練場を出てから、俺も帰路についた。
 家の玄関で一人の男が立っていた。身なりは商人のようである。本当に商人なら、さっさと追い返そう。そう思った。
「私の家に、何か御用ですかね」
 声をかけてみた。男が振り返る。眼が合う。気が漲っていた。そして、こちらを射抜いてきた。
「おや、こちらのご主人の?」
「えぇ。まぁ」
「剣のロアーヌ様、とお伺いしております」
「兵達が勝手に騒いでいるだけです」
「私は剣を取り扱っている商人でして。どうです?」
 要らない。帰れ。何故か、そう言おうとは思わなかった。
「話だけなら」
「おぉ、そうですか」
 俺はこの男に、何かを感じていた。

       

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