Neetel Inside 文芸新都
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 サウスの追撃は厳しいものだった。容易くは逃がしてくれず、とにかく執拗だった。サウス軍の兵や馬は、みんな尋常では無い程の体力で、逃げても逃げても追って来た。ロアーヌの騎馬隊が殿軍だったために大きな潰走にはならなかったが、それでも多くの兵が追い落とされた。
 今、俺達はピドナに籠城していた。ピドナはサウス軍に囲まれていて、メッサーナ軍はうかつには動けないという状態である。
 ピドナの軍議室で、シーザーとルイスが口論を繰り広げていた。シーザーが誘引に引っ掛かった。だから負けた。ルイスがそう言ったのだ。
「俺があそこで敵の騎馬隊を追わなければ、クリスもろとも全滅だったって言ってんだろうがっ」
「どう考えたらそうなるのだ。この鳥頭。脳みそはあるのか? ちょっと頭を叩いてみろ。中身のない空洞になってるんじゃないのか」
「あ? お前、いい加減にしろよ、ルイス。今まで容赦してきてやったが、程度を弁えないと首を飛ばすぞ」
「猿が。頭を使わないお前が悪いのだ。お前がクリスときちんと連携を取っていれば、もう少し踏ん張れた。首を飛ばされるのはお前の方だぞ。官軍の軍律では、お前は斬首刑だ」
「てめぇっ」
 シーザーがルイスの胸倉を掴む。
「やめろよ、シーザー」
 俺が間に割って入り、シーザーを押しのけた。
「味方同士で争ってどうする。それにもう終わった事じゃないか。次にどうするかを考える。それが先決だろう」
「あの野郎を責めろよ、シグナス。元はと言えば、あいつが」
「その元を作ったのはお前だ、鳥頭」
「てめぇっ」
「おい、やめろって」
 俺はシーザーを抑えつつ、ロアーヌに顔を向けた。加勢を求めるのだ。だが、ロアーヌは眼を伏せて、興味が無さそうに頬杖をついている。というより、何か考え事をしているようだ。サウスに負けた事を考えているのか。
「ルイス、てめぇがしっかりと指揮を執ってれば、この敗戦は無かったんじゃねぇのか。お前が悪いのを、俺に責任転嫁してんじゃねぇぞ」
「もう一度、言ってみろ、鳥頭。私が悪いだと? お前の馬鹿さ加減を棚に上げて、よくそんな事が言えるな」
「おいおい」
 これは止められそうもない。思えば、今回の戦はメッサーナ軍初の敗戦である。だから、みんなピリピリしているのかもしれない。
「やめろ」
 不意に、クライヴが腕を組みながら低い声で言った。目を瞑り、膝を小刻みに動かしている。そんなクライヴの発言に、シーザーもルイスも黙った。
「今回の敗戦は誰が悪いとも言えん。要はサウスが私達よりも上手だった。そういう事だ。お前達はまだ若い。私を除いて、全員が十代から二十代だ。だから、言い合いたくなる気持ちも分かる」
 クライブが低い声で笑う。
「しかし、安心したぞ。それだけ言い合いが出来るのなら、士気は落ちていないという事だからな」
 これを聞いたシーザーが舌打ちして、ルイスの胸倉から手を離した。そのまま席につき、顔を横に向ける。
「で、どうすんだよ。俺達は今、サウスに囲まれちまってるぜ。援軍を要請しようにも、それも出来ねぇ」
 サウスの追撃が厳しかったために、俺達はピドナに入城するのが精一杯だった。サウス軍は夜中も警備は怠らず、隙という隙は今も見えていない。
「兵糧」
 不意にロアーヌが言った。まだ頬杖はついたままだ。
「なんだ? ロアーヌ」
「兵糧ですよ、クライヴ将軍。これがこの危機を脱する鍵です。コモン関所は地形などの関係で、屯田ができません。だから、兵糧を含めた物資については、後方からの輸送に頼るしかない」
「それで?」
「コモン関所は構造上、兵糧を貯め込む事が出来ないのです」
「兵糧はどこか別の場所に保管されている。そういう事か」
 ロアーヌが黙って頷いた。
 俺はこういう軍議については知識が乏しいために、ただ皆の会話を聞いているだけだった。知識面で言えば、副官のウィルの方が詳しいぐらいである。だから、軍議にはウィルも同席させていた。しかし、緊張しているのか、まともに発言はしていない。
「しかし、我々はサウスに囲まれている。しかも、兵糧がどこに保管されているのかが分からん」
 クライヴが目をつむった。すると、ルイスが机上に広げてある地図を指でなぞり始めた。
「いくつかは検討がつきます。しかし、これだという場所は特定できない」
「どちらにしろ、このまま囲まれ続ければ、こちらが困窮してしまいます。援軍の期待はできないし、ピドナの兵糧も潤沢とは言えません」
 クリスが言う。まだ十代だが、言っている事には芯が通っていた。
「それに、サウスは攻城兵器を輸送させているのではないでしょうか。そうなると、僕達はピドナで討ち死にの可能性も出てきます」
「急がねばならん。やはりここは、間諜部隊を動かすしかあるまい」
 間諜部隊は、謀略や情報収集を中心に行っている部隊だった。間者の役目を担っているのも、この部隊である。
「しかし、間諜部隊を放つには、サウスの囲みを解く必要がある」
 クライヴがそう言うと、ルイスが立ち上がった。
「策が思い浮かびました」
 そう言ったルイスに、全員が視線を向けた。
「大まかな概略から説明します。まず、ピドナから放つ部隊は二つ。間諜部隊と、決死隊」
 決死隊。この言葉に、場の空気が一気に張り詰めた。決死隊とはその名の通り、死と引き換えに任務を全うする部隊である。生き残る確率はごく僅かで、生き残れるかどうかは、それこそ運に左右される。だが、申し出れば無条件で英雄扱いだった。
「決死隊は俺が率いる」
 シーザーがいきなり言った。その表情は決意で満ち溢れている。誘引に引っ掛かった事に、責任を感じているのか。
「お前では駄目だ。性格が全く向いていない」
「てめぇ」
「それにお前には違う役目がある。話を最後まで聞け。と」
 ルイスが咳払いした。鳥頭、そう言おうとしたのだが、やめたのだろう。決死隊に申し出るのは、並大抵の精神力ではない。
「この二つの部隊を放つには、まずサウス軍を引き付ける必要がある。これは機動力に優れていなければならん。だから、これはシーザーにやって貰う。それと、ロアーヌ」
 ロアーヌが頬杖を解いた。
「俺が? まぁ、別に構わないが」
「お前はサウスに因縁がある。そして、それは相手も知っている。これを利用するのだ」
 そう言われて、ロアーヌは苦笑していた。しかし、効果的な作戦である。
「サウスの居る西門から夜襲をかけろ。同時に、シーザーは東門から夜襲をかける。これまで、私達はピドナに籠り続けた。僅かな時間かもしれないが、サウス軍は混乱する」
 いくら警戒していても、実際に戦闘が起きれば、兵は動揺するだろう。そしてそれは、混乱に繋がってもおかしくはない。
「その間に、間諜部隊と決死隊がピドナから出る」
 ここからは細かい説明がなされた。大まかに言えば、間諜部隊が兵糧庫を探り当て、決死隊が火を付ける、というものだが、これは言うほど簡単なものではない。サウスも当然、コモン関所の弱点は把握しているはずなのだ。だから、ダミーの兵糧庫をいくつも作っているはずだし、それを警備する兵も相当な数が居るだろう。
 さらに決死隊は身軽さを重点に置かなければならないため、まともな具足など着れない。武器は短剣で、あとの持ち物は油と火矢ぐらいなものだ。兵糧すら持っていかない。これが、決死隊だった。
「決死隊の人数は五十。シーザーが立候補したが、先述の任務があるためにこれは受理できん。他に誰か居ないか」
 ルイスが一座を見まわす。すると、一人の男が立った。
「私が行きます」
 ウィルだった。俺は、ウィルの顔を見上げていた。何故。最初に思ったのは、これだった。
「私が決死隊を率います」
「おい、冗談はよせ、ウィル」
「冗談ではありません、シグナス将軍。私が行きます」
 何故だ。言葉には出せなかった。ウィルの顔から気力が満ち溢れている。やると決めた。そういう表情なのだ。
 ウィルは決死隊などに申し出られるような人間ではなかった。慎重な男で、粘り強さが長所だった。欠点と言えば、果敢さがないという事ぐらいで、それを言えば、尚更、今回の申し出は考えられる事ではない。
「私は自分の欠点がどこか知っています。それは、シグナス将軍の姿を見て知ったのです。そして同時に、いつかは克服しなければならないとも思いました。そして、そのいつかが、今です」
「お前、決死隊だぞ。分かって言っているのか。特別、強いわけでもない。抜きん出た能力があるわけでもない。そんなお前が」
「分かっています。だから、今のままではシグナス将軍のお荷物です。私はときどき、眠れなくなるのです。なんで、私のような人間がシグナス将軍の副官なのだ、と」
「お前には良い所が多くある。それを伸ばせば良い。わざわざ、死に行くな」
「誰かがやらなければならないのです。それに、死ぬと決まったわけではありません。ルイス軍師の話を聞いている限りでは、退路は確保されていますし、仕事は兵糧庫を燃やすだけです」
「駄目だ。俺が行く」
「いけません。シグナス将軍はメッサーナにとって必要な人間です」
「それを言うなら」
「良いだろう」
 俺の言葉を遮るように、クライヴが低い声で言った。何を言う。俺は眼でそう言いつつ、クライヴを睨みつけた。
「決死隊の隊長はウィル。兵は別途、志願者を募ろう。作戦の開始はいつだ? ルイス」
「今夜。早ければ早い方が良いでしょう。サウスが攻城兵器を持ちだしてきたら、我々の負けです。だから、その前にケリを付ける必要があります」
 それから、細かい動き方の話になった。もう、ウィルの事は話題にも上らなくなっている。それが、物凄く腹立たしい。
 俺は無言で立ち上がった。
「どうした、シグナス」
 ルイスがそう言ったが、俺は無視して軍議室を出た。
 ウィルの寂しそうな視線が、俺の心を締め付けていた。

       

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