Neetel Inside 文芸新都
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 ナイツには、何か違和感があった。上手く言えないが、どこか影を感じさせるのだ。その影はとても暗いもので、おいそれと触れるものではない。というより、触れたとしても影を深めるだけという気がした。
 嫌な予感が付きまとっていた。ナイツの違和感と何か関係があるのかどうかは分からないが、闇の中で何かが動いているような感じもある。
 今は戦が無い。国もメッサーナも疲弊している状態で、力を蓄えている期間である。だが、この間、国はただ単に力を蓄えるだけで終始するのだろうか。戦が無い時にこそ、出来る行動が何かあるはずだ。それを国が仕掛けてきている、という事は考えられないか。
 すなわち、謀略である。俺はこういった事に対する知識は乏しく、具体的な流れなどは分からないが、過去からの例でいくつか浮上するものがあった。その中でも有名なのは、離間の計である。
 離間の計とは、仲間内での絆を破壊して、敵側に寝返らせるといった計略だ。過去でも実際に行われており、有能な将軍を離間の計で引き剥がして、敵国を打破したという例も存在している。
 しかし、離間の計の標的は一体、誰なのか。ナイツがその計略を仕掛けてきているとするならば、シグナスという線が最も濃いという事になる、だが、シグナスが離間の計に引っ掛かる事など有り得ない。これは理屈を超越した話で、絶対に有り得ない、と断言できる事だ。
 もちろん、ナイツが計略に関わっているという証拠は何一つとしてない。それにナイツという線から離れれば、他にも様々な謀略が考えられる。
 しかし、これらはあくまで可能性の話だった。そして、この可能性の話まで行き着く事になった切欠は、ただ嫌な予感がする、という、ひどく抽象的なものに過ぎない。だからこの件については、無闇やたらと人に話せる事ではないだろう。
 それに、シグナスにとってナイツは大事な部下の一人だった。シグナスは息子の話もよくするが、ナイツの話もよくするのだ。それも、卓越した能力はないが、武芸の素質はあるだとか、色んな事の吸収が早いだとか、良い意味での話が多い。だからではないが、俺もナイツの事は信用したいと思っていた。
 俺はシグナスの家に向かっていた。最近、あいつは帰るのが早い。息子が風邪を引いてしまい、その看病をしているのだ。妻であるサラに任せれば良いと俺は思うのだが、シグナスはそれを良しとしない。あいつも人の親になったという事なのだろう。俺はそんなシグナスの代わりに軍務をやっていて、今回はその報告をしようと思っていた。
「シグナス、居るか。ロアーヌだ」
 シグナスの家についたので、俺は訪いを入れた。
「おう、ロアーヌ」
 シグナスが出てきた。手には濡らした布巾を持っている。
「あがれよ」
「いや、ここで良い。息子の風邪が心配だろう」
「うむ。しかし、レンの奴、眠っていても棒を握りたがる」
 シグナスの息子の名前はレンで、歳はまだ一歳前後といった所だった。レンは何かと木の棒を握りたがるらしく、一度握ったら今度は振り回したりするらしい。
「槍兵隊の調練は良い具合に仕上がっている。もう少し絞れば、俺の騎馬隊との合同調練もこなせるだろう」
「そいつは勘弁してくれ。俺の槍兵隊が死体の山になるぜ」
 言われて、俺は口元を緩めた。
「ナイツの事なんだが」
 シグナスが不意に言った。
「副官にしようと思ってる」
「ほう」
 シグナスはこんな事は言わずに、決めたらさっとやるタイプの人間だった。わざわざ俺に言ってくるという事は、何か感じるものがあるのかもしれない。
「何か懸念があるのか?」
「いや、特には無いんだがな。お前の後押しがあれば有難いと思っただけだ」
 やめておけ、という言葉が喉まで出かかったが、何とか耐えた。否定する明確な理由が無いのだ。違和感がある。嫌な予感がする。こういった抽象的な理由では、シグナスに無駄な負担をかけるだけだ。
「良いんじゃないか。ナイツは一般兵で終わる器ではない。他の兵からの人気も高いのだろう」
「あぁ。割と新参者のくせに、古参の兵からも慕われている」
「足元を掬われるなよ」
「馬鹿を言え」
 互いに笑い、俺はシグナスの家を後にした。
 ナイツが槍兵隊の副官になる。つまりこれは、ナイツがシグナスにかなり近付く、という事だ。シグナスが離間の計に引っ掛かるのは有り得ない事だが、他に何も起こり得ない、と断言するにはナイツは違和感を感じさせ過ぎている。
 ここまで考えて、俺はナイツの事をかなり疑っている、と思った。信用したいと思うと同時に、疑ってもいる。
「ヨハンにだけは相談しておいた方が良いかもしれんな」
 独り言だった。
 事が大きくなる前に、何かしておいた方が良いという気がする。それにヨハンは計略に対する造詣が深い。俺よりもずっと広い視点で、物事を見る事が出来るはずだ。
 空を見上げると、どんよりとした曇り空だった。この曇り空が、要らぬ心配を生み出している。俺は、そう自分に言い聞かせた。

       

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