Neetel Inside 文芸新都
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 俺は剣の商人と名乗る男と、机を挟んで向かい合っていた。相変わらず、男の眼には気が漲っている。
 この男は、本当に商人なのだろうか。俺はそう思っていた。商人にしては、鋭すぎる。上手く言えないが、才気を全身から放っているという感じがするのだ。だが、それは嫌な感じではない。
「さて、商材の剣ですが」
 男が荷物の中から、何本かの剣を取りだした。そして、それを机の上に順序よく並べていく。どれも平凡な剣で、特筆すべき点は無いように感じる。俺はそう思いながら、ジッと剣だけを見つめていた。
「ロアーヌ様は、喋られる事はお嫌いですか?」
「まぁ、どちらかと言えば」
 俺は剣に目を注いだまま言った。
 話す事が好きではない。これは子供の頃からそうだった。何故かは自分でもよく分からない。性格的なものだろう、とは思っている。欠点と言えば欠点なのだろうが、直そう、という気は無かった。
「では、すぐに本題に入りますかな。実はもう一本、剣があるのですよ」
 俺は顔をあげ、男の眼を見た。気の漲りが、強くなっている。
「これはとっておきです」
「ほう。で、その剣はどこに?」
「身体の内に」
 男が、かすかに口角を釣り上げた。
「志ですよ、ロアーヌ様」
「言っている意味がわかりませんな」
「大志です。ロアーヌ様の中にも、あるはずです」
 ここに来て俺は、話が大きく飛躍している事に気が付いた。この男、商人ではない。俺はそう思った。さらに奥へと考えを進める。メッサーナの名が浮かんできた。しかし、まだ分からない。探りを入れてみるか。
「私は軍人です。軍人は与えられた命令をこなすのみですよ」
「ある牧場に、二頭の馬が居ました」
 男はいきなり言った。
「この二頭の馬は立派な馬なのですが、いかんせん、牧場がよくありません。糞は片付けられず、土は荒れ放題。さらに牧場主は周りの者達の言いなりで、牧場がどうなっているかも正確に把握できていません。そして、他の馬は駄馬ばかりです」
 俺は黙って、男の眼を見つめていた。この話は、単なる例え話だろう。二頭の馬とは、俺とシグナス。牧場は国。牧場主は王であり、周りの者とは腐った役人どもだ。そして、駄馬は他の軍人を現わしている。
「二頭の馬は、この牧場を出たがっておりました。そして、その心は思うさまに原野を駆け回りたい、という思いで一杯になっている」
 この男、信用していいのか。俺はこれだけを考えていた。国が寄越した間者の可能性もあるのだ。ここで本心を吐露した途端、捕縛される可能性もある。
「もう分かって頂けたようですね。しかし、シグナス様と違って、ロアーヌ様は用心深い。まぁ、それも軍人としての一つの資質ですかな」
 男が声をあげて笑った。
 シグナスの名前を出してきた。そして俺と比較した。その比較内容からみて、すでに男がシグナスと接触した事は間違いないだろう。シグナスは短絡的とまでは言わないが、これだ、と思ったら、そのまま真っ直ぐ進む所がある。これはある意味、思い切りの良さであり、あれこれと思案する俺には無い部分だった。
「信用してくれ、とは言いません、ロアーヌ様。しかし、我々は待っています。『東の地』で」
 やはり、メッサーナか。だが、まだ信用するには早い。あくまで、メッサーナだとしたら、という仮定が生まれただけである。この仮定が生まれた事自体に関しては悪くは無い。待ち望んでいたものが、こちらに飛び込んできたのだ。後は、自らが行動するだけだ。ただし、信用が出来ればである。
 それに一口に行動をすると言っても、いくつかの問題があった。正式に都から出るには王の許可が要るし、無理に突破するにしても城門に居る兵士達をどうにかしなければならない。強行突破に関して言えば、俺とシグナスの二人ならばやれない事はないだろうが、全くの無傷となると難しい話である。
「近々、役所で火災が起きると思います。その時の混乱に乗じて、シグナス様と二人で東へ向けて出奔してください。まぁ、あくまで、信用して頂けるのならば、ですが」
 俺の心の内を見透かしたかのように、男が言った。つまり、メッサーナが俺とシグナスのために、一肌脱ごう、という事である。
 これは時が来た、と考えるべきなのだろうか。だが、あまりにも、話がウマすぎる。俺とシグナスは、タンメル将軍配下のただの小隊長だ。身分で言えば、これは高いとは言えない。無論、この国では身分=能力、という方式は成り立たないが、それにしても話がウマすぎる。
 今、決断するのはよそう。俺はそう思った。今は疑心暗鬼で悪いようにしか考えられなくなっている。端から見れば、この話はこれ以上ない機会のはずだ。だからこそ、冷静になってからもう一度、考えた方が良い。
「ここで私も返事を頂けるとは思っていません。ただ、まぁ、東は良い所ですよ」
 男が二コリと笑った。相変わらず、眼には気が漲っている。嘘を言う男の眼ではない。俺は直感的にそう思った。
「では、私はこれで」
 そう言って、男は帰って行った。
 俺はしばらく、居間でジッとしていた。すると、従者のランドが顔を出してきた。
「ロアーヌ様、ご客人は帰られたようですね。すぐに夕飯に致しますか?」
「いや、良い。食べたくなったら呼ぼう。その間、お前も休んでいていい」
 そう言うと、ランドは一礼だけして去って行った。
「大志、か」
 俺の中でこの言葉は、確かな輝きをみせていた。
 明日、シグナスと話をしてみるか。ここ最近、職務を峻烈にこなすばかりで、お互いに暇が作れなかった。明日は俺もシグナスも、仕事が休みである。
「大志」
 その輝きを再確認するかのように、俺はもう一度、口に出して言っていた。

       

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