Neetel Inside 文芸新都
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 とにかく駆けた。しかし、追い付けない。男どもの馬は軍馬で、俺の馬は農耕用の駄馬だ。だから、追い付けないのは道理だ。そんな事は分かっている。しかしそれでも、心ばかりが焦っていた。
 サラが攫われた。何故なのかは分からない。酒を買った帰り道、ナイツが家の異変を知らせてきた。まさか、と思って駆けてみると、十名程の男どもがサラを馬に乗せていたのだ。それは家の前で、まさに攫う現場に出くわした、といった感じだった。そして、当人のサラはぐったりとしていて、意識は無さそうだった。いや、意識が無いだけならばまだ良い。生きているのか、死んでいるのか。それすらも分からなかったのだ。闇夜で視界は利きにくく、遠目でしかサラの姿を確認できなかった。あとはレンだが、今日はロアーヌの所に行っている。だから、レンの心配はしなくても良い。
 だが、何故。何でサラが。
「貴様ら、何の狙いがあるっ」
 声をあげる。しかし、男どもは振り返る事もせずにただ駆けるばかりだ。
 駆けながらも、頭の中の地図でどこを進んでいるのかは分かっていた。方角で言うと、タフターン山の方だ。ロアーヌの遊撃隊と、俺の槍兵隊の合同調練を行う山である。
 しかし、何故、タフターン山に。あの山には、賊の住処などは無かったはずだ。というより、ピドナに賊など居ない。他にタフターン山に何かあるとするならば、眺めの良い景色ぐらいなものである。
 槍を握り締めた。あの男ども、血祭りにあげてやる。俺の馬が軍馬であれば、一息で追い付き、二呼吸で十人全員を殺してやれる。サラを救える。
「頼む、もっと速く駆けてくれっ」
 しかし、すでに馬は荒く息を吐いていた。これ以上、無理に駆けさせると馬が潰れるだろう。
「くそっ」
 男どもの背中が遠い。サラは未だにぐったりとしていて、馬上で身体を揺らしていた。
 ひとしきり、駆け続けた。男どもは本気で逃げようと思えば、逃げられるはずだ。だが、何故かそれをしようとしない。俺を弄んでいるのか。
 頭に血が昇っているのが分かった。槍を持つ右手は熾り(おこり)のように震えている。
 タフターン山。見えた。男が山へと消えていく。俺もすぐに駆け込んだ。
 瞬間、両脇から矢。かわす。
 さらに矢。馬に突き立った。転ぶ。その反動で、俺は地面に投げ出された。受け身を取ると同時に、矢が飛んでくる。すかさず、槍でそれを弾き飛ばした。
 物凄い殺気である。それも、気味の悪い殺気だ。剥き出しにしているのではなく、滲み出しているかのような感じだ。しかも、十や二十の数ではない。百、いや、三百か。
「何が狙いだ、貴様らっ」
 返事はない。月明かりを木々が消しており、視界は全く利かなかった。殺気だけを頼りに、この場を切り抜けるしかない。サラを救うためには、進むしかないのだ。
 瞬間、走った。同時に両脇で土を踏む音が乱舞する。追ってきているのだ。
 矢。かわす。さらに矢。刹那、身体が炎のように熱くなった。矢が、遅く見える。
 手掴みした。それと同時に、殺気が強くなる。
 両脇から四人。飛び掛かってきた。それは本当に飛び掛かって来るといった感じで、四人が頭上から降って来た。
 一閃。槍の二振りで四人を撥ね飛ばす。この敵の動き、普通じゃない。身体能力が違う。と言うより、奇襲専門の動き方だ。
 さらに両脇から四人。前から二人。降って来る。全員、武器は短剣だ。短剣。つまり、身軽さを重点に置いている。やはり、普通ではない。ましてや、賊などではない。
 吼えた。両脇の四人を一閃し、前の二人をほぼ同時に突き殺す。刹那、矢。かわす。
 前方。さっきの男どもだ。サラを地面に降ろしている。
 駆けた。あと少しでサラに手が届く。
 十名の男が四散した。サラに飛び付いた。息がある。ということは、まだ生きているという事だ。
 殺気が強くなっていた。気味の悪さも倍増していて、敵はジリジリとにじみよって来ている。
 息が切れていた。自分の呼吸の音を聞いて、僅かだが冷静になっていくのが分かった。三百という人数を相手に、闘えるのか。そういう思考が頭の中を駆け巡る。
「俺は槍のシグナスだっ」
 吼えた。吼えて、現状を何とか打破したいと思った。
 剣のロアーヌが居れば。そう思った。だが、その思いはすぐに吹っ切った。殺気が動いたのだ。全方位。囲まれている。
 やれるのか。サラを守りながら、やれるのか。いや、やるしかない。
 殺気が弾け飛ぶ。
「来やがれっ」
 もう何人来たのか分からなかった。同時に、全方位から敵が飛び掛かって来たのだ。
 感覚を研ぎ澄ます。刃の冷たさを感覚で感じ取り、僅かな体温をかすめ取る。
 槍の一閃。突き出す。払う。振り上げる。何度、この動きを繰り返したのか。
 気付くと、飛び掛かって来た全員が死体になっていた。
 だが、体力と精神力を激しく消耗していた。視界が利かないせいだ。それだけじゃなく、この敵達は単純に強い。こういう場での戦闘に慣れている。いや、慣れ過ぎている。
 全身が汗で濡れていた。それだけ動き、それだけ敵を殺したのだ。しかし、殺気の数は減っていない。それ所か、さらに倍増されている。
「どうなってる。貴様ら、正規軍じゃないな。暗殺を得手としている部隊、闇の軍だろう」
「その通りですよ、将軍」
 聞き覚えのある声だった。
「ここがあなたの墓場です。槍のシグナス」
 声の主が姿を現す。馬鹿な。
「ナイツ、お前」
「もう何も言う事はないでしょう。そういう事なのですよ」
 何がどうなっている。
「しかし、さすがだ。やはり、闇夜でも普通に戦ったのでは勝ち目がないですね。本当に将軍は強い。強すぎる」
 その刹那、矢が無数に飛んできた。しかし、狙いは俺じゃない。
「サラっ」
 すぐさま身を挺した。槍を風車のように回して、矢を弾き飛ばす。瞬間、身体が後ろに持っていかれた。同時に右肩に激痛。何とか踏みとどまる。
 矢が突き立っていた。防ぎきれなかった。
「ちぃっ」
 額には大粒の汗が浮かんでいた。

       

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