Neetel Inside 文芸新都
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 そうまでして、そうまでして俺を殺したいのか。何故とは思わなかった。とにかく、俺を殺したい奴が目の前に居る。しかし、俺は殺される訳にはいかない。サラが居る。レンが居る。
 俺は、志を抱いてここまで来た。その俺を、理不尽に殺そうというのか。そんな事が、許されると思っているのか。
「俺はここで果てるわけにはいかん。生きて、ピドナに帰る。レンの奴に、槍の稽古をしてやらねばならんからな」
 レンには武人の道を歩ませたくなかった。だが、この世は乱世だ。自分の身は自分で守らなければ、生きてはいけない。それに、レンは男だ。男なら、強くなる必要がある。
「まだ、レンには俺の槍を見せていねぇ」
 左腕と右脚は使えない。だが、まだ右腕と左脚がある。これだけあれば、十分だ。俺は槍のシグナス。天下最強の槍使い。
「俺は生きるぞっ」
 吼えた。
 矢の乱舞。右腕一本で槍を振り回し、それを全て弾いた。脇から殺気。ナイツだ。
「化け物め」
 拳。かわす。さらに回し蹴り。石突きで受けた。瞬間、乾いた音が炸裂する。ナイツの右脚が、変な方向に曲がっていた。叩き折った。槍に気を込めれば、人体の破壊など刃でなくとも出来る。俺の槍を、いや、俺の生命をなめるな。
 瞬間、馬蹄。騎兵が突っ込んでくる。全身から気を発した。馬が棹立ちになった。
 動物は本能で危険を感じ取れる。これ以上、俺に近付けば全身をバラバラにしてやる。そう気を放ったのだ。
「闘神、まさしく闘神だ。将軍、あなたは人の範疇を超えている」
 ナイツが、笑っていた。
「槍のシグナスじゃない。闘神シグナスですよ」
 返事はしなかった。もう、喋る余裕すらない。視界が、霞んでいく。だが、まだ死ねない。まだ身体は動く。気力もある。それは、まだ闘えるということだ。
 右腕が、紫色に変色していた。矢傷を負ったうえで、酷使し過ぎている。だが、まだ動く。
「こんな人間が居るとは、いや、こんな人間を殺せるとは、私は嬉しくて仕方がない」
 ナイツは確実に俺を殺せると思っている。それが憤怒を煽った。俺は槍のシグナスだ。殺されて、殺されてたまるか。憤怒が、全身を駆け回る。
 矢が飛んできた。右腕。すぐには持ち上がらなかった。気を込めると、ようやく持ち上がった。すぐに槍を振り回す。
 刹那、矢が胸に二本突き立った。左脚で踏ん張り、倒れそうになった身体を支える。視界が、消えていく。
 さらに背に衝撃が走った。何かが入って来た。冷たい金属の感触。騎兵の、槍だった。だが、倒れはしなかった。何がなんでも、倒れはしなかった。さらに、冷たい金属の感触が身体の中に入ってくる。
 不意に視界が白くなった。まだガキの頃のロアーヌが、剣を握っている。打ち合っていた。俺が初めて、こいつは強い、と認めた瞬間だった。剣と槍がぶつかり合った時、俺は初めて、他人の強さを認めたのだ。
 ロアーヌとは、共に生きてきた。剣と槍。互いに天下最強と謳われ、官軍では音を鳴らしてきた。だが、あいつはそんな事には全く興味がなさそうで、ただ修練を積んでいた。それに負けたくなくて、俺も修練を積んだ。だから、共に最強と謳われる事になった。
 国が腐っていて、大志を抱いて、メッサーナにやって来た。将軍となって、戦もやった。サウスという強敵にも出会った。全て、ロアーヌが一緒だった。そう、全てだ。
 あいつ、これから一人でやっていけるのかよ。俺が居なけりゃ、自分の兵とすらまともに喋れねぇんだぞ。剣一本で、己の身体一つで、誰にも頼らずにやっていけるのかよ。なぁ、ロアーヌ。お前は、俺無しでやっていけるのか。
 俺は、俺は、お前が必要だ。いや、お前だけじゃねぇ。みんなが必要なんだ。それなのに、今回に限って一人で行動しちまった。だから、こんな所で果てる事になった。俺一人じゃ、何も出来なかった。自分の身すら、守れなかった。
 槍のシグナス。天下最強の槍使い。それでも、一人じゃこんなモンだ。ロアーヌ、お前は孤高すぎる。これから、誰がお前を支えるのだ。俺以外に、心を開いている人間が居るのかよ。俺が居なくなったら、お前はどうするんだ。くそ、最期の最期まで、心配させやがって。
 だが、俺の人生は悪くはなかったぜ。恋をして、結婚して、子も儲けた。ただ心残りなのは、天下を見る事が出来なかった。国を叩き潰す事が出来なかった。
 大志を抱いて、俺はここまでやって来た。しかしそれでも、死ぬ。死とは、何なのか。
 タフターン山の頂上で、俺は理想の死を思い描いた。みんなが見ている中で、安らかに死にたい。そう思った。
 何だよ。こんな真っ暗闇の中で、俺は死ぬのか。中々、思い通りにはいかないな。
 視界が、戻った。
 一騎の軍馬。駆けてくる。剣が閃いている。閃く度に、血が舞っている。
「シグナァァァスッ」
 ロアーヌ、来てくれたのか。でも、もう遅いぜ。俺は、もう。
 涙が、頬を伝った。ロアーヌ、お前は、お前は、最高の友だ。だから、あとは頼む。天下取りの夢を、大志を、お前に託す。そして、今まで。
「ありがとう」
 全ての糸が、断ち切れた。

       

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