Neetel Inside 文芸新都
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剣と槍。抱くは大志
第十一章 鷹の目

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 槍のシグナスが急死。私はこの訃報を、メッサーナの政務室で聞く事になった。
 最初は何かの冗談だろうと思っていた。シグナスが死ぬ事など、有り得ないと思ったからだ。だが、情報は次々と入ってきて、シグナスの死は本当だという事がわかった。
 闇の軍だった。闇の軍の手によって、シグナスはその命を絶たれたのだ。その手口も巧妙なもので、シグナスの心理を上手く衝いたものだった。それも実に計画性があり、しかも長期的な計画である。副官のウィルを失った事、サラと結婚した事、レンという息子を儲けた事。これらを全て利用して、国はシグナスを抹殺したのだ。
 そこまでする必要があるのか。私はそう思った。だが、すぐにこの思いは振り払った。
 私が甘い。甘すぎた。だから、シグナスは殺されたのだ。
 国は数百年という歴史を紡いできた。一方のメッサーナは、まだ十数年の歴史である。いくら国が腐っていようとも、紡いできた歴史の重さは比べるべくもない。国の数百年という歴史は、これまでに色々なものを生み出してきたはずだ。その生み出したものは時代によって違うのだろうが、闇の軍という特殊部隊を国は擁していた。
 ここまで私は頭が回らなかった。というより、考えるのを避けていたのかもしれない。そして、私のせいで、シグナスは殺された。
 メッサーナは主柱を失った形になっていた。シグナスは兵から人気のある将軍だったし、シグナス本人の強さも相当なものだったのだ。シグナスが前線に立つだけで敵兵は恐れおののき、味方の兵達はその士気を上げる。シグナスが槍を一振りすれば、その場に空隙ができ、攻め込む場所を作ってしまう。シグナスはそれほどの男だったのだ。いわば、英雄である。そして、その英雄が死んだのだ。
「ランス様、私の首を刎ねてください」
 いきなり、ヨハンが部屋に飛び込んできた。切迫した表情で、顔面が蒼白だ。さらに、自らに縄をかけている。
「シグナス将軍を失ったのは私の責任です。私の安い命で良いのなら」
「何を言っているのだ、ヨハン」
「シグナス将軍が殺されたのです。私の」
「落ち着け。お前は何も罪を負ってはいない」
「私はロアーヌ将軍から話を聞いていました。それなのに、私の力不足で」
「ヨハン」
 私は声を張り上げた。
「お前はメッサーナ軍の軍師だ。間諜部隊の指揮者ではない。ましてや、シグナスの護衛隊長でもない。あれを死なせたのは、私の責任だ」
「そんな」
「良く聞け。我々はシグナスを失った。これはメッサーナにとって、一大事だぞ。軍師の役目をしっかりと考えろ。次にどうするか方策を考える。これが第一だろう」
 私は席から立ち上がり、ヨハンの縄を解いた。
「お前の頭脳が必要なのだ。もはや、コモン関所を正攻法で奪う事など出来ないだろう。サウスに勝てるだけの人材も居なければ、兵力もない。お前の頭脳が必要なのだ」
 もう、シグナスの死を悔やむのはやめるべきだ。誰もが、シグナスの死を悲しんだ。絶望もした。自らを責めた。だから、もう終わりにするべきなのだ。我々が見ているのは天下。シグナスの死は、その天下への道を遠回りさせるだけの要素に過ぎない。そう考えるべきなのだ。
「ルイスは戦術を。お前は戦略を考えねばならん。私一人では、天下には行けん」
 ジッと、ヨハンの目を見つめた。そのヨハンの目から、涙が流れ落ちる。
「今のメッサーナの戦力では、コモン関所は奪えません」
「うむ」
 サウスに勝てる将軍が居ない。拮抗とするなら、かろうじてクライヴだが、これは経験だけの話であり、将軍としての力量はサウスの方が上だろう、というのが私の認識だった。
「以後のメッサーナの主軸は、ロアーヌ将軍」
 剣のロアーヌである。シグナスの死をもっとも悲しんだのは、このロアーヌのはずだ。
「ロアーヌ将軍にシグナス将軍の槍兵隊を預けます。そうやって、新たな指揮官を見出してもらうべきです。ロアーヌ将軍はシグナス将軍よりも峻烈な所があり、甘さがありません。これは、といった人選をするはずです」
「うむ」
「人選を行った後、ロアーヌ将軍は今の騎馬隊と槍兵隊の二部隊を指揮。あくまで騎馬隊をメインとし、槍兵隊はサブとして扱うようにして貰います。そして、目指すべくは北の大地」
「鷹の目、バロンが統治する所か」
「そうです」
 バロンは優れた弓手として有名な将軍だった。通常では有り得ない距離からの射撃を得意とし、しかもそれが百発百中である。それで、鷹の目というあだ名が付いたのだ。これに加えて、馬上での弓矢、すなわち騎射を得意とする部隊も擁している。これはバロンの高祖父(曾祖父の父)が創始者と言われており、当時は斬新な兵科だったという。機動力のある騎馬に、さらに射程のある弓を組み合わせたのだ。原野での戦闘では、無類の強さを発揮するだろう。
「北には我々が必要とするものが多くあります。それは人であったり、国へ攻め込む場所であったりします。そして、一番は馬です」
「確かに北は馬の名産地として有名だが」
「ロアーヌ将軍の遊撃隊、ならびシーザー将軍の騎馬隊は、馬の質と兵の質が上手く合っておりません。特にロアーヌ将軍の騎馬隊は」
 そうだったのか。私は単純にそう思った。そこまで、目が回っていなかったのだ。
「良い馬を揃えれば、サウスにも勝てます。将軍としての力量で勝る者は居ませんが、それほど圧倒的な差があるかと言うと、そうではありません。だから、兵科でその差を埋めます」
「なるほど。だが、バロンは甘い相手ではないぞ。北は南に比べるといくらか平和だが、あの弓騎兵隊は一筋縄ではいかん」
「ロアーヌ将軍と、クライヴ将軍が居ます」
 メッサーナ軍最強の騎馬隊と、弓の名手クライヴ。
「この二人ならば」
 確かに勝てるかもしれない。特に弓の勝負なら、クライヴも引けは取らないはずだ。
「ヨハン、やはりお前はメッサーナ軍の軍師だ」
 私がそう言うと、ヨハンは少しだけ表情を緩めた。
 それから、この先の事を少し話して、ヨハンは部屋から退出した。
 一人になった。
 静寂の中、ふと、シグナスの事が頭を過った。
「英雄だった。間違いなく、英雄だった」
 その強さは剣のロアーヌと双璧を成し、その人となりも評価されていた。シグナスは、まさしく英雄だった。
 その英雄の一人息子であるレンは、ロアーヌが父親代わりになっているという。レンは、幼くして両親を失った。これを、どのようにして扱えば良いのか。
「すまん。本当にすまん」
 独り言だった。机の上には、ぽつぽつと涙が落ちていた。

       

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