Neetel Inside 文芸新都
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「ロアーヌ将軍、四名が調練で死にました」
 アクトが表情も変えずに言った。新たな槍兵隊の指揮官である。
「それは騎馬隊か? 槍兵隊か?」
「全員、槍兵隊です」
 シグナスがこの世を去ってから、俺が槍兵隊を預かる形になっていた。最初は何を馬鹿な、という想いもあったが、それはすぐに捨て去った。もうシグナスは死んだのだ。だから、誰かがシグナスの代わりをやらなければならない。
「何故、死んだか分かるか?」
「兵がロアーヌ将軍の指示を守らなかったからです」
「違う」
 俺がそう言うと、アクトの表情が少し動いた。
 アクトは剛毅朴訥な男だった。そのくせ、全身は生傷の痕だらけだったりする。これはつまり、それだけの戦歴を積んでいるという事だ。生傷といっても浅いものが多く、これは勇猛さと同時に防御の上手さを証明している。こういう人間を指揮官に立てると、兵達は狡猾でしぶとくなるはずだ。
 アクト以外にも指揮官候補は何人か居たが、皆優しすぎるという欠点があった。兵に慕われているが故に、厳しく接する事ができないのだ。こういう甘さは、戦ではただ邪魔なだけである。アクトにはそれが無い。それでいて、兵から好かれているのだ。
「お前の指揮が悪い、アクト。俺の騎馬隊は、例え調練であろうとも加減はしないのは知っているだろう。はっきり言って、俺はお前にシグナスの代わりをやらせようとは思っていないし、やれるとも考えていない」
 俺がそう言うと、アクトの眼に炎が宿った。この男は負けん気も強いのだ。歳は俺より幾らか上だが、叩いた方が伸びるだろう。
「本当の戦では、俺が騎馬隊の指揮で手一杯になる事が多くなるはずだ。だから、お前がしっかりせねばならん」
「シグナス将軍の時は」
「あいつは死んだ。そして、俺が新しい指揮官だ」
 俺にはこういう言い方しかできない。シグナスなら、もっと違う言い方をするだろう。だが、もうこれは考えても仕方のない事だ。
「兵達は、シグナス将軍の仇を討ちたがっています」
「アクト、お前は?」
「無論」
「だったら、強くなれ。指揮ができるようになれ。シグナスは強かったが、指揮は上手くはなかった。軍師であるルイスに頼り切っていたからな。お前の槍の腕は中の上といった所で、シグナスとは比べ物にならん。ならば、指揮で補うしかない」
「言われずとも」
 さらに言い募ろうとしたアクトを、俺は手で制した。
「次は北だ。北には弓騎兵という強力な兵科がある。俺の騎馬隊でもおそらく五分五分が良い所だろう。北での主軸は歩兵。つまり、お前がしっかりせねばならんのだ」
 アクトの指揮官としての能力は、現時点でも申し分ないものである。だが、それだけでは駄目なのだ。メッサーナ軍の指揮官は、さらにその上を行かなければならない。だから、俺もアクトには辛く当たる。
「分かったなら行け。兵の側に居てやれ。調練で死んだ兵を見て、怯える者も出ているだろう」
 俺の騎馬隊は平気だろうが、槍兵隊は違う。シグナスが指揮官だった時代には、調練で死人が出る事など無かったのだ。
 今日の調練は実戦式だった。騎馬隊と槍兵隊でぶつかり合い、戦果を競い合うというものである。実戦式なので、当然、兵は急所を狙って武器を振るう。それを防ぐ調練は十分に積んだはずだったが、それでも四名が死んだ。内、二人は頭蓋を粉々に砕かれて死んだのだ。
 調練で死ぬのなら、実戦でも当然死ぬ。そして、その死は他の味方をも巻き込むだろう。だから、調練で死ぬという事は、必ずしも悪い事だとは思わなかった。
 俺はアクトだけでなく、兵達にも厳しく接した。というより、そうする事しか出来なかった。シグナスのように上手く人の心を掴む事など、俺には出来ないのだ。しかしそれでも、兵達はよく耐えていた。調練を積んだその先にあるものが、兵達には何となく見えているのかもしれない。
「騎馬隊は二組に分かれろ。一組は弓矢を。一組は、それを掻い潜って蹴散らせ」
 俺がそう指示を出すと、騎馬隊はすぐに動き始めた。アクトはすでに槍兵達の方に行っている。
 レンの事を考え始めた。
 シグナスの息子。忘れ形見。しかし、俺は軍人だ。側に居てやれる事が少ないために、レンの世話は従者であるランドにほとんど任せている。幸いと言うべきなのか、レンはシグナスやサラの事をあまり気にしている様子はなかった。というより、死というものを、まだよく理解していないのだろう。二人は、今はどこか遠くに行っていて、待っていればすぐにでも帰って来る。そう考えている節があるのだ。
 ランドの話によると、レンは暇さえあれば木の棒を振り回しているという。俺も調練が終わってから遊び相手になってやっているが、そこでも棒を使っての遊び、要はちゃんばらをやりたがるのだ。
 強くなりたい。レンには、本能としてこの思いがあるのかもしれない。だが、まだ幼少だ。武術を教える、という年齢ではなかった。
 しかし、この先レンをどうすれば良いのか。今は俺が親代わりという事になっているが、本当にこれで良いのか。
「シグナス、お前は」
 タフターン山で別れを告げた。だから、俺はもう振り返らない。しかし、全てが懐かしい。俺と比肩し得る槍の使い手。その忘れ形見を、俺が育て上げていくのか。
 北の方角へと、眼を向けた。
「鷹の目、バロン」
 北の大地を治める、名門の家系の末裔。そして、弓騎兵を統率する男。
 雪に覆われた真っ白な草原を、馬群が駆け抜けてくる。そして、無数の矢が光を切り裂いてくる。昔の詩人は、弓騎兵をこう詠ったという。
「光を切り裂く、か」
 俺のスズメバチは、その切り裂かれた光の中を駆け抜ける。俺は、そう思った。

       

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