Neetel Inside 文芸新都
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 春の兆しが見え始めていると同時に、戦の匂いも強くなってきた。
 メッサーナ軍が攻めて来ようとしているのだ。そして、これにどう対応するのか。この話し合いのため、私は武官、文官を集め、軍議を開いていた。
 私の軍議のやり方は、とにかく配下の人間に意見を出させる事だった。意見が出ている間、私は出来る限り発言をしない。裁量権を持った人間が議論に加われば、どうしても意見が傾きがちになる。そうならないためにも、まずは配下同士で議論させるのである。
「コモン関所に駐在している、サウス将軍に援軍を依頼するべきだ」
 言ったのは、武官だった。
「馬鹿な、何を言う。鷹の目、バロン様は高貴なる血を受け継ぐお方だぞ。あのような下賤な将軍に援軍を依頼するなど、笑止千万。第一、メッサーナのような小童に、援軍など要るものか」
「その通りだ。それにサウスは南方の雄などと謳われておるが、その実はとんでもない悪党だ。そんな輩に援軍の依頼など出来るわけがなかろう」
 文官達が反論したのに対し、一人の武官が立ち上がった。
「馬鹿はお前達だ。高貴な血で戦が出来ると抜かすのか。それにメッサーナは寡兵でありながら、その質は精強中の精強。お前達のようにくだらん事を気にしていては、この北の大地は荒れ果てる一方だぞ」
「何を。我々がどれだけ内政に苦心していると思っている。ただ身体を動かすだけの能無しどもめ」
「貴様っ」
 武官の顔が赤黒くなった所で、シルベンが右手で制した。シルベンは武官側の代表人物である。
 結局、あれからシルベンとは個人的な会話はしていない。故に、謝る機会も得られなかった。
 何故、あの時、怒鳴ってしまったのか。私は昔から、ふとした瞬間に怒りが爆発する事があった。それは見境がないもので、一瞬だが理性が飛んでしまうのだ。とは言え、それで自分のやってしまった事を正当化するつもりはない。だから、シルベンには謝るべきだろう。
 だが、今は軍議中である。
「今のメッサーナ軍で恐れる武力は、剣のロアーヌのスズメバチのみ。知力ではヨハンとルイス。だが、この両人が同時に北にやって来る事は有り得ん」
 シルベンがそう言うと、武官は憤然とした表情で席についた。シルベンが話し始めたので、任せようという気になったのだろう。
「結論として、援軍無しで勝てるのか? これに関しては、勝てると言っておこう。だが、犠牲は大きい」
 シルベンは、向かい側に座っている老人に目を向けて言った。
 文官側の代表人物、ゴルドである。すでに齢は六十八を迎えているが、老いても尚、頭がよくキレる男だ。
「サウス将軍には、援軍を依頼せぬ方がよろしいでしょうなぁ」
 静かに、しわがれた声でゴルドが言った。
「あの男、南では凌辱の限りを尽くしたそうじゃ。さらに都に居た時代から、サウスの人格の悪さは有名。故に、下手に貸しを作れば、この北の大地が荒らされる可能性がある」
「しかし、あのフランツ様が起用された将軍ですぞ」
 武官が言った。
「フランツ様は才あれば用いるお方。その人格についてはあまり興味を持たれておらぬ。確かにサウス将軍の戦歴は素晴らしいものじゃ。では、だからと言って、我が主であるバロン様は、そのサウスに劣るか?」
 ゴルドが言い、一座を見まわした。誰も反論する者は居ない。
 私自身、サウスに劣るとは思っていなかった。戦のやり方や考え方は違うが、将軍の力量として考えれば大差はないはずである。あるとするなら、それは年齢から来る経験の差だけだろう。私は三十代半ばで、サウスは五十代に差しかかっているのだ。対するロアーヌの年齢は、三十の手前である。
「シルベン殿、我が軍の兵力は?」
「全軍で十万です、ゴルド殿。対するメッサーナは僅か六万。しかし、サウス将軍に対する守りを考えねばならぬため、実質は三万足らずと言った所でしょう」
「ふむ。しかし、シルベン殿、その兵力差で尚も犠牲は大きいと仰るのか?」
「メッサーナ軍を甘く見ない方がよろしい。先の戦では、ロアーヌの騎馬隊だけでサウス軍を壊滅状態にまで追い込みました。戦は兵力だけではありません」
「ふむ。弓騎兵隊を持ってしても、それは変わらぬと?」
「無論です。さらに槍のシグナスが居たなら、サウス将軍の力を借りるべきだったでしょう」
 それで、議論は膠着を迎えた。ここまでに出た意見を、私は自分の中でまとめた。
「メッサーナ軍とは戦う」
 私は、まずこれを言った。自分の中にある迷いを、消したかったのだ。
「サウス将軍には援軍を依頼せず。コモン関所に駐屯しているだけで、その役目は十分に果たしてもらっている。我々だけで、メッサーナ軍を蹴散らすぞ」
「バロン様、兵力は?」
 ゴルドが言った。
「五万を予定。残りは異民族の抑えや治安維持に回す。軍師にゴルド。弓騎兵隊は私が指揮する。シルベンは歩兵の総指揮。その他の細かな所は、後日の軍議にて決定する」
 私の言葉に、全員が立ち上がって拝礼した。
「今日の軍議はこれまで。各々、それぞれの持ち場に戻れ」
 武官・文官が軍議室を退出していく。しかし、シルベンとゴルドだけは座ったままだった。
 やがて、三人だけになった。
「坊っちゃん、シルベン殿に言うべき事はありませんかの?」
 不意に、ゴルドが言った。
「坊っちゃんというのはよせ、ゴルド。もう私は、三十の半ばだぞ」
「これは申し訳ございません。つい、昔の癖でして」
 ゴルドは父の代からの配下だった。それもただの配下ではなく、父とは友人だったのだ。つまり、今の私とシルベンのようなものだ。それに幼少の頃、知略面に関して、私はゴルドから色々な事を教わった。もしかしたら、ゴルドは、私の事を息子のように感じているのかもしれない。
「シルベン、あの時は悪かった。私が言いすぎた」
「気にしていません。しかし、本当にメッサーナと戦うのですね」
 そんなシルベンの言葉に、私は口を噤んだ。私とて、悩んだのだ。悩んだ末に、出した答えだ。
「決めた事だ、シルベン」
 私がそう言うと、シルベンは小さくため息をついた。
「分かった。やるからには、全力でやる。気は進まんがな」
 言って、シルベンが部屋から退出していった。その背には、諦めの色が見えた。
「あの男、敬語を忘れていきましたな」
「細かい事を言うな、ゴルド。お前も父とは似たような関係だったのだろう?」
「公私混同はいけませんな」
「わかった、わかった」
 私は苦笑しつつ、シルベンの背中を思い出していた。
 諦めの色。それは、自分の中にもあるものだった。

       

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