Neetel Inside 文芸新都
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 足りなかった。兵力、将軍、軍師。とにかく、人が足りなかった。今更な話だが、北へ攻め込むには、人が足りなすぎるのだ。
 シグナスの存在は、これ程までに大きかったのか。戦略を練る時、私はいつもそう思った。シグナス単体として考えれば、それ程では無いかもしれない。だが、シグナスとロアーヌを組み合わせて考えると、その力の大きさに驚嘆してしまうのだ。
 戦略の幅が縮小され過ぎている。このままでは、メッサーナは国という巨大な波に飲み込まれかねない。
「起死回生するには、北の大地を奪い取るしかない。だが、その北の大地を攻め落とせるのか」
 独り言だった。
「私もそれには苦慮しています」
 向かい側に座っているヨハンが答えた。独り言には聞こえなかったのだろう。
「サウスが悩みの種です。もっと言えば、ピドナが。あの都市は、地形から見ても守りに強いとは言えません」
 かと言って、ピドナを捨てるわけにはいかなかった。あの都市は、天下を目指すにあたって重要な拠点なのだ。それに、ピドナを失ってしまえば、我々は北に攻め込む事すら出来なくなる。
「だが、その北を攻めている時に、サウスがやって来たら」
 私がそう言うと、ヨハンが唸った。
 持ち堪えられるはずもないだろう。サウスが駐屯するコモン関所の兵力は六万なのだ。六万というのは、メッサーナの全兵力でもある。北に三万、ピドナに二万、そして、メッサーナに一万。今、考えている兵力の配分はこれだが、これではピドナに対する守りが薄すぎる。ロアーヌが居れば、兵力差をひっくり返す事も可能だろうが、ロアーヌは北への攻撃軍に組み込む予定だった。
 将軍、軍師の配置も決まってはいた。北への攻撃軍にはクライヴとロアーヌ、ヨハンが向かう。ピドナの守りはシーザー、クリス、ルイスである。
 しかし、勝算はあまりにも低いと言わざるを得なかった。今まで、いくら寡兵で戦ってきたからとは言え、二つの戦線を同時に持った事などなかったのだ。また、その力も無いと言って良いだろう。
「私は、北に関してはそれほどの心配はしていないのです」
 不意にヨハンが言った。
「勝てると?」
「はい。それも戦わずして」
「何? 戦わずにか?」
「いや、戦わずして、というのは言い過ぎかもしれません。ですが、北の大地は清廉すぎるのです。法律等は国のそれに沿っていますが、政治のあり様は我々のものに近い」
「だが、バロンは戦の構えを見せている。これは我々と干戈を交えるためだろう?」
「それは間違いありません。しかし、何かの切欠があれば、我々の方に傾くのでは、という気がしてならないのです。そしてこれは、ロアーヌ将軍やシグナス将軍に感じたものと似ています」
「お前とロアーヌの勘はよく当たるからな。正直、アテにしたい所だが。しかし、問題はサウスか」
「そこです。まず第一に、攻めてくるのかどうか。戦の準備という意味では、サウスはいつでも動けるはずです。先の戦での傷は癒えているはずですから。しかし、今はまだ牙を見せていません」
「我々が北へ動くと同時に、攻めてくる可能性が高いか」
「私はそう思います。しかし、これに関しては何とも言えません。サウスの人となりには特殊な所がありますから。ロアーヌ将軍の意見も聞くべきかと」
 確かにそうかもしれない。特に軍人という人間は、我々とは全く違う人種である。戦を、酷く言えば、殺し合いを楽しんでいるのだ。それは強者特有のものかもしれないが、少なくともシーザーは戦好きである。ロアーヌも嫌いではないだろうし、シグナスも同じような事が言えた。だから、軍人の事は軍人に聞くのが一番だろう。
「ロアーヌを呼ぼう」
 私が従者を使いに出すと、ロアーヌはすぐにやって来た。
「調練中にすまないな、ロアーヌ」
「いえ。アクトが居ますので。俺の騎馬隊は、放っておいても自らを鍛えます」
 アクトというのは新たな槍兵隊の指揮官で、朴訥な男だった。私も何度か話してみたが、必要最低限の事しか喋らない。そういう印象の強い男だ。この点に関してはロアーヌも同じようなものだが、アクトはさらにそれを上回る。しかし、芯の強さも人一倍だった。
「我々が北の大地を目指しているのは知っているな」
 私が言うと、ロアーヌは黙って頷いた。表情は読み取れない。
「北に攻め込んでいる間、サウスはピドナを攻めてくると思うか?」
「いいえ」
 即答だった。
「ほう、何故だ?」
「サウスは戦好きな男です。そして、強い軍と戦いたがる。シグナスが居なくなったメッサーナに、サウスが未だに興味を持っているとは思えません」
「まだお前が居る」
「俺は二度負けました。それも見事にです。サウスの中での俺は、剣のロアーヌではなく、ただのひよっこでしょう」
「だから、攻めてこないと?」
「はい。もし攻めて来るならば、俺達が北の大地を手に入れてからです。今のメッサーナは、サウスにとって弱すぎます」
 一応、話の筋は通っていると言えるのか。しかし、この機会をサウスがみすみすと逃すのだろうか。北へと兵力を割いている間のピドナは、これ以上ない程に落としやすいはずだ。これをサウスが、いや、フランツが見逃すのか。
「ヨハン、どう思う?」
「運が絡みます。しかしそれでも、我々には北しかありません。ロアーヌ将軍の話にも頷ける部分がありますし、ここは決断の時だと思います」
 目を閉じた。どの道、北を手に入れなければ、我々は滅びる。天下が夢と消えるのだ。しかし、失敗すれば同じく滅びだ。
 その時、一瞬だけ、シグナスの姿が脳裏に浮かんだ。それで、何故か決心が付いた。
「すぐに北を攻めよう。おそらくだが、上手く行く」
 言っていた。
 勝てるのではなく、上手く行く。根拠はないが、何故かそういう気持ちになっていた。
 戦は避けられないだろう。だが、上手く行く。微かに予感めいたものが私の中にはある。
 死して尚、シグナスは勇気をくれたのか。私は、そう思った。

       

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