Neetel Inside 文芸新都
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剣と槍。抱くは大志
第十二章 原野、飛翔

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 メッサーナ軍が動いた。兵力は三万。しかし、そのほとんどは歩兵で、騎兵はロアーヌのスズメバチ隊のみ、という情報だった。
 対するこちらの兵力は五万である。実に二万の兵力差だ。その中の一万は弓騎兵隊で、さらにもう一万は騎馬隊である。残りの三万は歩兵だが、戦の中心として動くのは弓騎兵隊だった。
 戦の指揮には自信があった。名門の生まれという事で、幼い頃から軍学だけは入念に叩き込まれていたのだ。また、それを嫌だという風にも感じなかった。弓の腕が上達するのと同じように、軍学を習得すれば、それだけ人に勝てたのだ。そして、これを強く実感したのは、童達だけでの雪合戦だった。
 その雪合戦では、陣立てから雪玉を投げる機まで、私が全体を細かく指揮した。雪合戦といえども、要領は戦と同じである。雪玉の補給は兵糧に見立て、体力のある者達は歩兵、足の速い者達は騎兵、肩力の強い者達は弓兵に見立てた。
 そして、陣形をきちんと組み、手強い敵は伏兵で破るなどした。つまり、軍学をフルに活用したのである。結果的にこれが面白いようにハマり、雪合戦は圧勝だった。
 思えば、他人より頭抜け始めたのは、あの頃からだ。軍学・弓の腕・馬術。この三点に至っては、私と肩を並べる者は居なかった。
 剣のロアーヌとは、どのような男なのか。メッサーナ軍には名将、猛将、知謀の士と人材が豊富だが、その中で私の興味を引いたのは、剣のロアーヌ、ただ一人である。
 ロアーヌの官軍時代の印象としては、無口で人付き合いが下手な男、といった感じだった。ただし、剣の腕は一流で、それこそ天下に二人と居ない使い手だろう。軍学の方はよく知らないが、それなりのものも持っているはずだ。
 だが、そのロアーヌは官軍を抜けた。というより、国を捨てたのである。
 羨ましかった。いや、むしろ、妬ましいと言って良いだろう。ロアーヌの家系は平凡な軍人の家系で、言ってしまえば失うものなど何も無いのだ。だが、私は違う。私は名門の生まれだ。これは、私にとって誇りだ。だが、それと同時に枷でもあるのかもしれない。
「バロン」
 軍営の中で思いに耽っていると、シルベンがやってきた。
「どうした、シルベン。行軍に何か問題が出たのか?」
「いや、そうじゃない。エイン平原には予定通りに到着するさ」
 エイン平原とは、コモン関所の真北に位置する広大な原野である。ピドナ地方と北を繋ぐ交易ルートの一つで、商人の行き来が盛んな場所である。今回の戦場は、このエイン平原だった。
 北の大地を戦場にするわけにはいかない。本来なら、地の利を活かして北で戦いたい所だが、長らく平和が続く北に、戦を持ち込む真似はしたくなかった。それでゴルドが、戦場としてエイン平原を選択したのである。
「この軍営の中に、フランツの間者が紛れ込んでるらしい」
 シルベンが囁くように言った。
「何?」
 間者、という言葉が引っ掛かった。
「何故だ?」
「分からん。ただ、サウスに援軍を依頼しなかったのが、どうも気に入らなかったようだな」
「私は疑われているのか?」
「さぁな。だが、サウスはサウスで、メッサーナを攻める気はないみたいだぞ。何でも、政治家如きの命令で動いてたまるか、と声高々に喚いているらしい」
「サウス将軍の手など借りずとも、我々は勝ってみせる。そもそもで、私はフランツに疑われるような事をした覚えはない」
「声がデカい。落ち着け。何のための間者か、まだよく分かっていない。だが、やましい事は何も無いだろう。あくまで、表面上ではな」
 心の内は違う。シルベンはそう言っている。
「私は高祖父の血を引いているのだ。その高祖父の功績に、私が泥を塗るわけにはいかん」
「分かってるよ。興奮するな」
 腹が立った。何のために私が軍を動かしたのか、フランツは全く分かっていない。いや、分かろうともしていない。
「弓騎兵隊だけで先行する」
「何を言ってる、バロン」
「身の潔白を証明するのだ。初戦は弓騎兵隊のみで十分だ」
「メッサーナを甘く見るな。あのサウスを壊滅寸前に追い込んだ軍だぞ」
「私がサウスに劣るとは微塵も思っておらん。それに、まずはロアーヌのスズメバチが出てくるだろう。手並みを見てやる」
 そこまで言うと、シルベンが小さくため息を吐いた。
「深追いするなよ。頭に血が昇ると、視野が極端に狭くなる。子供の頃からの、お前の悪い癖だ」
「覚えておこう」
 確かに頭には血が昇っている。だが、勝算は十二分にあるはずだ。一万の弓騎兵隊に対し、ロアーヌのスズメバチは僅かに千五百なのだ。それに、兵の質はともかく、馬の質は完全にこちらに分があると言って良い。北の大地で育った馬は、力と速さを兼ね備えた名馬が多い。その名馬の中から、さらに選りすぐったものを、弓騎兵隊に組み込んでいるのだ。
「私は鷹の目、バロンだ」
 握りこぶしを作っていた。
 苛立ちは、すぐには収まらなかった。

       

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