Neetel Inside 文芸新都
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 私の矢が、防がれた。それも二回。
 剣のロアーヌ。実力は本物、という事なのか。しかし、どうやって防いだのか。私は今まで、全てのものを一矢で終わらせてきた。それは木や岩であったり、命であったりする。全てのものには、急所があるのだ。その急所を射ぬけば、どんなものでも一矢で終わらせる事が出来る。
 だが、ロアーヌにはそれが出来なかった。何故だ、という思いはあるが、気落ちはしていない。むしろ、高揚している。待ち望んでいた人間が現れたのだ。自分と比肩しうる男。私の矢を、二度も防いだ男。
「お前の力量、見せてもらうぞ」
 ここから、ロアーヌはどう動くのか。さらに近寄ってくるのか。それとも、退がるのか。私の矢を見て、恐れおののいただろう。私の矢は、常人とは比較にならない。飛距離、威力、命中精度。全ての点において、常人を凌駕するのだ。だから、退がったとしても、それは恥ではない。
 瞬間、虎縞模様の騎兵隊が、縦一列となった。ロアーヌが先頭。気が、大きく膨れ上がっている。戦闘続行の意思。だが、そこから前に進めるか。前に進む、すなわち、私に近付くという事は、自ら矢の的になろうとする事と同義だ。ロアーヌ、お前にそれが出来るか。
 近付かなければ、叩きのめす事ができん。前方に居るスズメバチが、そう言った。
 瞬間、スズメバチが突っ込んできた。
「ほう」
 これが答え。私はそう受け取った。右手をあげる。弓騎兵隊が一斉に動き出した。
 弓騎兵は接近戦を得手とする兵科ではない。最も戦果が期待できるのは中距離だが、とりあえずは様子見が先である。すなわち、遠距離で戦を展開する。
 スズメバチと並走する形で、原野を駆け回っていく。
「弓構えっ」
 号令。弓騎兵隊が、一斉に身体をねじった。脚で馬を制御し、上半身は弓矢に委ねる。
「放てぇっ」
 風切り音。同時に、スズメバチの足元で土煙。その土煙の中へ、矢が無数に飛び込んでいく。だが、妙に手応えがない。どうなっているのか。これを目で確認したいと思ったが、土煙に遮られていた。
 土煙が収まる。やはり、スズメバチは健在だった。何も無かったかのように原野を駆けている。構わず、さらに射撃を繰り返す。だが、同じように手応えはなかった。ただ、射撃の瞬間に土煙が竜巻の如く舞い上がっている。
 馬術か。私はそう思った。未だに見た事はないが、馬術も鍛え抜けば、出来るはずもない事が可能になるという。今回の場合で言えば、急な方向転換である。要はその度合いだが、土煙の舞い上がり方を見る限り、スズメバチはほぼ直角に方向を変えている。
 サウスとの戦を経ての結果だろう。普通の生ぬるい戦の経験しか積んでいないなら、あんな調練をやらせよう、とは思いもしないはずだ。
 ロアーヌのスズメバチは、直角に進む方向を変えられる。これはつまり、戦場を縦横無尽に動き回れる、という事だ。弓騎兵隊の立場で言えば、矢の軌道を見切られた時点で、攻撃をかわされる。
 ならば、矢の軌道を見切られないようにするには、どうすればいいのか。いや、見切られる前に、敵に矢を突き立たせる。そう考えれば良い。そうすれば、自ずと答えも出てくる。
「距離を詰める」
 スズメバチと中距離で戦うのは気が進まないが、やるしかないだろう。おそらく、これはロアーヌも同じだ。もう小手調べは済んだ。ここからは、互いに手の内を見せ合う時だ。
「一万という数は忘れる。そして、スズメバチは一万五千の兵力。そう想定して戦うっ」
 馬腹を蹴る。弓騎兵隊が、一斉に弓矢を構えた。


 手強い。一万という数の劣勢を無視しても、弓騎兵隊は手強い。
 遠距離戦では、こちらは逃げ回るしかなかった。攻撃手段が無いのだ。だが、逃げ回るだけならば、そう難しい事ではない。弓矢は飛び道具である。飛び道具であるが故に、攻撃の軌道さえ読めれば、かわすのは容易いと言って良い。だが、これはスズメバチ隊ならば、という話である。
 サウスでの敗戦から、俺は色々なものを学んだ。そして、それを調練の中に組み込み、スズメバチ隊の強化へと繋げた。それが今、生きている。
 今度は、その弓騎兵隊が距離を詰めてきた。中距離戦である。これは、やろうと思えば、近距離戦に持ち込める距離だ。だが、逆に弓矢の脅威も増してくる。矢の軌道を見切ってから方向転換、というのはもう無理だろう。ここからは勘だ。弓矢を撃ってくる機、こちらが踏み込むべき機。これを肌で感じ取るしかない。
 バロン自身が、弓矢を構えていた。それを肉眼で捉えた。同時に、鋭気。矢だ。矢が飛んでくる。剣。振る。
「ちぃっ」
 舌打ちと同時に、矢が虚空へと飛んでいた。見えなかった。鋭気に向けて、渾身の力で剣を振るっただけだ。この距離はまずい。
 だが、逃げてたまるものか。俺は剣のロアーヌ。シグナスの志を受け継ぎ、天下へ向けて駆け抜ける。これしきの事で逃げて、何が天下だというのだ。
 機はそう何度もない。だから、それを逃がさない事だ。その機が来るまで、飛んでくる矢などいくらでも弾き飛ばしてやる。
 ひとしきり、原野を駆け回った。
 瞬間、弓騎兵隊から気炎が立ち昇る。来るか。いや、思い定めろ。来る。
「反転っ」
 直角に馬首を巡らせる。刹那、真横を矢の嵐が通り過ぎた。進行方向。見定める。その先に弓騎兵隊。駆け抜ける。敵軍は次の射撃に入ろうとしているが、俺のスズメバチが先だ。斬り込める。
 バロンと目が合った。その姿が、どんどん大きくなっていく。近付いていく。
「我が名はバロン、鷹の目だっ。名を名乗れっ」
 バロンが弓矢を構えた。構うものか。俺は逃げん。
「剣のロアーヌだ。お前の首をもらうっ」
 瞬間、鋭気。飛んできた。それに向けて剣を振るう。矢が刃を掠めた。同時に、視界が回った。身体が宙に浮いている。
「将軍っ」
 兵の声。地面に投げ出されていた。馬から落ちたのだ。何故。いや、まずい。
 立ち上がった。すぐに剣を構える。だが、殺気はない。
「馬か。私が仕留めたのは、馬であったか」
 バロンが、馬上から俺を見降ろしていた。ふと脇に目をそらすと、馬が地面に倒れ込んでおり、その眉間を一本の矢が貫いていた。おそらく、即死だろう。
「お前の心臓を貫くつもりだったのだがな。剣で軌道を変えられた」
「何を言っている。ここは戦場だぞ」
 首を取りに来ないのか。今なら、俺の首など簡単に取れるはずだ。それとも、情けのつもりか。
「この勝負、そんな安いものではあるまい」
「何だと?」
「命を預けたとは思わん。羽を失ったスズメバチの親玉など、仕留める価値がない。ただ、それだけの話だ」
「俺の首を取らない。絶好の機であるのに、取らない。お前はそう言っているのか」
「我が弓騎兵隊は、高尚な戦果のみを望むのだ。今のお前の首など、何の価値もない」
 言って、バロンが馬首を巡らせた。
「名馬を一頭、くれてやる。駄馬で再戦されても、結果は見え透いているからな」
 言い終わると同時に、バロンは颯爽と駆け去った。その後を、弓騎兵隊が駆け抜けていく。
「あの男」
 不思議と、侮辱されたという気はなかった。むしろ、気持ちが良い程の潔さだ。
 あの男に、借りが出来た。俺は、そう思った。

       

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