Neetel Inside 文芸新都
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剣と槍。抱くは大志
第十三章 離間の計

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 全軍で陣を構え、睨み合っていた。俺達は再び、バロン軍と干戈を交える事になったのだ。
 バロンは俺にタイクーンを引き渡した後、すぐに軍を動かした。兵力は五万で、その内の一万は弓騎兵隊である。さらにもう一万は騎馬隊であり、バロン軍は主に機動力を重視した構成となっている。
 対するメッサーナは三万の兵力で、そのほとんどは歩兵だ。騎兵は俺のスズメバチ隊だけで、はっきり言って軍の足は遅い。だから、機動力という面では、バロン軍とは勝負にならないだろう。だが、俺はこの構成で良いと思っていた。
 北の軍と騎馬隊で張り合っても、勝ち目は薄い。これはバロンの弓騎兵隊とぶつかり合って分かった事だが、まず、馬の質が違いすぎる。俺のスズメバチはともかく、他の騎馬隊では勝負にならないだろう。シーザーの獅子軍も機動力という一点だけを見れば、北の軍には劣っていると言わざるを得ないのだ。
 だから、今回は機動力を捨てて、他の部分で勝負する事だった。今回の歩兵は重装備で固めてある。機動力を捨てた代わりに、防御力を手に入れたのだ。これは主に矢に対抗する為で、さらに言えば弓騎兵を封じる為だった。弓騎兵は原野を疾風の如く駆け回り、好き放題に矢の嵐を浴びせてくる。考えてみれば、厄介な事この上ない兵科なのだ。
 弓騎兵は言ってしまえば風だった。それに対し、重装備の歩兵は山である。山のようにどっしりと構え、風を受ける。相性で言えば、これは悪くはない。
 俺のスズメバチ隊は、アクトの槍兵隊に寄り添う形で陣を組んでいた。これはシグナスが生きていた頃の名残りである。俺はあいつと共に、戦場を駆けてきた。そのシグナスはもう居ない。だが、その代わりに、タイクーンが居る。これから俺は、このタイクーンと共に、戦場を駆けていくのだ。
 アクトが、馬上で目を凝らしていた。バロン軍の陣形を読み取ろうとしているのだろう。どういう動きをしてくるのか。その予測を立てようとしているのかもしれない。
「アクト、指揮官としては初陣になるが、気負っていないか?」
 タイクーンに乗ったまま、俺はアクトに話しかけた。相変わらず無表情で、物静かな男である。
「馬上の景色に戸惑っています」
 ぼそりとアクトが言った。
「どういう事だ?」
「俺は、今まで歩兵でした。馬に乗る事は無かったのです」
 そんなアクトの言葉に、俺は笑ってしまっていた。アクトは、これから始まる戦の事よりも、今の馬上の景色の事を気にしていたのだ。もしかしたら、俺が思っている以上に、アクトの肝は太いのかもしれない。
「安心しろ。お前のような奴ほど、本番では上手くやるものだ」
「失敗の事など考えていません。そのために、俺の槍兵隊は激しい調練をこなしたのです。槍兵隊は生まれ変わった。俺は、そう思います」
 シグナスではなく、アクトの槍兵隊。俺はふと、そんな事を思った。だが、アクトの言う通り、槍兵隊は生まれ変わったと言っていいだろう。アクトは、騎馬隊に対する調練を念入りにこなしていたのだ。
 槍兵が最も力を発揮するのは、対騎馬である。騎馬隊から見ても、やはり槍は脅威だ。単に突き出されるだけでも、かなりの圧力を感じてしまうのだ。だが、大概の槍兵は騎馬の勢いに踏み潰される。これが弱点と言えば弱点だが、アクトはこの部分を入念に鍛え上げていた。あとは実戦で、その真価を問うだけである。
「相手は風のように速い騎馬隊を擁している。弓騎兵は俺が抑えるが、騎馬隊はお前が抑えなくてはならん」
「わかります」
「クライヴの弓兵隊も援護に入るはずだ。無理はするなよ」
「無論」
 アクトの声は、覇気に満ちていた。
 それからしばらく、両軍の睨み合いが続いた。時が経つにつれ、両軍の気が高まっていく。タイクーンの鼓動が、身体の芯まで伝わってくる。
「駆けよう、共に」
 呟く。同時に、角笛が鳴った。戦の開始の合図だ。
「ロアーヌ将軍」
 アクトが言った。声は落ち着いている。
「派手に動くなよ、アクト」
 俺が言ったのは、それだけだった。
 不意に、敵の騎馬隊の旗が揺れた。突撃の合図だ。横一列になり、駆けてくる。勢いに乗って、踏み潰してくるつもりだ。
「将軍、ご武運を」
 アクトがそう言い、馬で駆け出す。すぐに槍兵隊が陣形を変えた。魚鱗である。まずは敵の騎馬隊の突撃を受け流すつもりなのだろう。
「槍、突き出せっ」
 アクトの大音声。ザッという足を踏み出す音と共に、槍が一斉に前に突き出された。
 敵の騎馬隊の喊声。勢いに乗っている。踏み潰される。そう思った瞬間、槍兵隊が一斉に一歩前に出た。いや、それだけではない。気迫を放っていた。その気迫が、敵の騎馬隊を圧す。騎馬の勢いが緩んだ。次の瞬間、敵の騎馬隊は槍の餌食になっていた。
 見事という他なかった。アクトは、騎馬突撃の絶妙な呼吸を感じ取り、槍兵隊を前に出させたのだ。そして、気迫で敵の勢いを削いだ。これはやろうと思って出来る事ではない。槍兵全員の呼吸が合っていなければならないのだ。だが、アクトの槍兵隊は、それをやってのけた。
 さらにアクトは円陣を組ませた。四方八方に槍を突き出し、その姿はさながら針鼠のようである。敵の騎馬隊が、攻めあぐねているのがハッキリと分かった。
 それを見かねて、敵の歩兵が動き出す。アクトはまだ針鼠を解いていない。クライヴの弓兵隊が、脇から援護射撃を繰り出していく。
 まだバロンの弓騎兵は動いていなかった。いや、動くべき時でもない。だが、アクトの針鼠を打ち破るには、バロン自身が出て行かなければならないだろう。あれは、それほどの堅陣なのだ。
 敵の騎馬隊が何度か突撃するも、針鼠は崩れなかった。むしろ、敵の騎馬隊を損耗させている。アクトの指揮は落ち着いており、騎馬が突っ込むべき穴を作って誘い込み、それを槍で串刺しにするという戦法を取っていた。これを何度か繰り返すと、今度は敵の騎馬隊が攻め込むのを嫌がり始めた。それもそのはずだ。蹴散らせると思って攻め込んだら、逆に蹴散らされるのだ。
「そろそろだろう、バロン」
 お前が動く時だ。俺は心の中で、そう呟いた。
 目を閉じ、返事を待った。バロン流の返事。
 瞬間、鋭気。それを感じ取ると同時に、剣を抜き放った。金属音。矢が、虚空へと消える。
「タイクーン、駆けるぞ」
 弓騎兵隊一万が、原野へと駆け出していた。

       

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