Neetel Inside 文芸新都
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 俺とシグナスは、東に向かって駆け続けていた。季節は秋から冬に移り変わろうとしている。
 都を出て、すでに五日が経っていた。今頃、俺達は罪人扱いとなっているだろう。逃亡だけでなく、見張りの兵士を三人殺したのだ。全国にも手配書が回っているだろうし、追手もかけられているはずだ。
 しかし、焦りは無かった。胸に大志を抱いているのである。一振りの剣と大志があれば、どんな苦しい事にも耐えられる。俺はそう思っていた。やはり、都を出て良かったのだ。
 メッサーナの主義と俺達の大志は、完全にとは言わないが、ほぼ一致していた。あとは直接、この自分の目で真実を確かめるだけだ。だからではないが、メッサーナに到着するのが楽しみである。
「もう五日も経つか。東は遠いな、ロアーヌ」
「あぁ」
 すでに食料は尽きていた。メッサーナまで、あと四日という所だ。一気に馬を駆けさせると、すぐに馬は潰れてしまう。使い物にならなくなるのだ。だから、少し速度を落として駆けさせなければならない。当然、休憩も挟む。しかしそれでも、十分に速い、というペースだった。
 この五日間で、いくつかの町や村を通った。どこも民は苦しそうで、覇気が無かった。その反面、役人や駐屯している軍人は生き生きとしていた。これはつまり、役人や軍人が民から潤いを搾取しているという事だ。そして、その搾取する量は都などよりもずっと多い。
 もっと都から離れれば、こういう所は少なくなるはずだ。優秀な人間は地方に飛ばされている。そこでは、きちんとした施政も敷かれているだろう。メッサーナもその中の一つである。しかし、所詮は地方だった。民の数は少ないし、土地も良くない。気候などに左右されやすいのだ。それだけではなく、異民族を警戒しなければならない所もある。
 馬で駆けていると、また村が見えてきた。すでに食料は無く、昨日は野宿だった。宿は取れずとも、食料だけは手に入れておきたい。僅かだが、銭もある。
「行ってみるか」
「大丈夫か? そろそろ、追手が追いつく頃だぜ。食料なら、そこらへんの野兎を仕留めれば良い」
 シグナスの言っている事はもっともな事だった。しかし、弓矢は持って来ていない。そうなると、石つぶてで仕留める事になる。俺達は、その類の心得は持っていなかった。
「まぁ、ギリギリかな。良いぜ、行くか」
 俺のそんな思いを察したのか、シグナスは明るい表情で言った。
 村に入った。のどかな村で、十前後の家屋が見える。数人の村人が、野良仕事のために外に出ていた。やはり、眼には覇気がない。だが、今まで見て来た町や村よりは、マシだという印象だ。
「すまぬ、食料を手に入れたいのだが」
 俺は馬から降りて、村人に声をかけた。村人はゆっくりと俺の全身を見てから、ちょっとだけ溜め息をついたようだ。
「軍人様か。食料なら、あっちに」
 村人は奥の家屋の方に指を差した。顔には諦めの表情が浮かんでいる。下手に隠せば、村を荒らされる。それを知っている表情だ。
「おい、勘違いするなよ、村人。俺達は腐った軍人じゃねぇ。銭もある」
「やめろ、シグナス」
「しかし」
「それだけ、この国は腐っているという事だ。村人、俺達は食料を奪いに来たわけじゃない。銭で買いたいのだ」
 村人は、ただ黙っていた。
 すると、村の入り口が急に騒がしくなった。振り返る。十数人の軍人だった。追っ手か。俺はそう思った。
「おい、村長を出せ、クソ田舎っぺども」
 隊長らしき男が、馬上で威張り散らしている。
「この偉い偉い俺様がこんな田舎に来てやったんだ。とっとと接待をはじめんか、アホどもが」
 俺はただ、黙って聞いていた。シグナスはすでに怒りを顔に表している。
 村長らしき老人が出てきた。すでに足腰が弱いのか、ヨロヨロとした歩みである。
「おいっ。何をトロトロやってんだ、ここに俺様が居るんだぞ。走ってこい、マヌケ」
 あの野郎。シグナスがそう呟いている。
「申し訳ありません。すでに足腰が弱っておりまして」
「うるさいわ。とっとと接待の用意を始めろ。まずは酒だ。それとな、ここにロアーヌとシグナスって奴は来なかったか」
 男が手配書を出した。老人は首をかしげている。
「クソの役にも立たんな、お前らは。人間以下の家畜だ」
 俺は剣の束に手をやった。生かしておく価値もない。斬るか。そう思った時には、シグナスがすでに場に躍り出ていた。
「おい、誰が人間以下の家畜だ? お前は一体、何様だ。馬を降りろ」
「なんだ、貴様は。どこのどいつだ」
「お前の持っている手配書を見てみろ」
「あぁん?」
 男が手配書と、シグナスの顔を何度も見比べている。目を見開いた。口を大きく開けた。そして、すぐに鞘から剣を払った。
「お前がシグナス」
「そうだ。だとしたら、どうする?」
「こうしてくれるわっ」
 男が馬を駆けさせた。シグナスと交わる。一合。男の胸を、一本の槍が貫いていた。
「残りの奴らも、この男と似たようなもんだろう。おら、さっさとかかってこい」
 槍を死体から引き抜き、シグナスが吼えた。残りの兵が一斉に飛び掛かってくる。俺も鞘から剣を払い、場に躍り出る。
「遅いぜ、ロアーヌ」
「その分の働きはしてやる」
 会話は、それだけだった。次々に向かってくる兵を剣で斬り倒す。六人を斬った所で、残りの兵が戦う事を躊躇し始めた。目には怯えが見える。
「お前達、戦う意志がないなら、戻って上官に伝えろ。俺達を捕えたければ、精兵千人を連れて来いとな」
 俺はシグナスのその言葉を聞きながら、剣を鞘に収めた。すでに兵からは、殺気が消えている。怯えているだけだ。
「わかったかっ」
 シグナスが声をあげると同時に、兵達が逃げ出した。シグナスがそれを見て、舌打ちする。
「なんて事を」
 不意に、後ろの老人が呻くように言った。俺とシグナスが振り返る。
「なんて事をしてくれました。もう、この村は終わりです」
「何を言っている?」
「軍人様を殺してしまいました」
「殺したのは俺達だ」
「しかし、この村で殺しました。本当になんて事をしてくれたのです」
「あのまま放っておけば、あの軍人は威張り散らしたままだったんだぞ、ご老人」
「たったそれだけです。そして、村の蓄えを渡しておけば、今後も村は平和に暮らしていけました」
 俺は、目を閉じた。
「この村は何も罪を犯してはいないではないか。そして貧しい。それなのに、蓄えを出さなければならない。これはおかしい事だ。そうは思わないのか」
「そういう世の中です。あぁ、本当になんて事をしてくれたのです」
 シグナスもこれ以上は、何も言えないようだった。
 そういう世の中。この老人は、確かにそう言った。真面目に生きている者が損をし、腐った人間が得をする。弱者は強者に虐げられ、強者は私腹を肥やす。これはどう考えても、おかしい事だ。だが、そんなおかしい世の中で、この村は生きて来た。それを、俺達が壊してしまったのか。俺は目を開いた。
「行くぞ、シグナス」
「ロアーヌ、俺は」
 そうだ。シグナス。お前は間違っていない。俺達は間違った事はしていない。しかしそれは、今の世の中では通用しない事なのだ。それを正すために、俺達は東に行く。
「行くぞ」
 もう一度、俺は言った。シグナスは、悔しさでその身を震わせていた。

       

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