Neetel Inside 文芸新都
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 レンは音を上げなかった。何度、打ち据えても立ち上がる。そして、また打ち据えられる。この繰り返しは、端から見れば虐待のようにも見えるだろう。クリスが側で見ていなければ、何事かと騒ぎになっていてもおかしくなかった。
 槍の稽古だった。今までは、クリスと二人でやらせていたが、レンが八歳になってから、俺自身が稽古をつけるようにした。十歳までは、クリスとやらせるつもりだったのだが、予想以上に飲み込みが早かったのだ。それで、八歳で本格的な対人の稽古を積ませる事にしたのである。
 レンには木の棒を持たせ、俺は竹で作った剣で相手をしていた。今はとにかくレンに打たせ、俺は隙のある所に竹を叩き込むという事をやっていた。まずはどこが脆いのかを教えなければならない。攻撃は最大の防御だが、その攻撃に隙があるというのは話にならないのだ。
 口で説明する、というのはやらなかった。そういう事は俺は得意ではないし、意味があるとも思わなかった。身体で覚える。どうやれば、反撃を貰わずに打ち込めるのか。どうやれば、反撃されないのか。これは実戦で習得するしかないのだ。
 レンがジッと構えていた。どうやっても反撃される。一体、どうすれば良いのか。そう考えているのが分かった。
 容赦はしなかった。その構えの隙に向けて、竹を打ち込む。レンが地面に倒れ込み、呻いていた。
「レン、もう終わりか。槍のシグナスの息子は、剣のロアーヌの息子は、この程度なのか」
 俺がそう言うと、レンは目を真っ赤にさせて俺を睨みつけてきた。純粋な憎悪が、俺を貫いてくる。強くなりたい。しかし、弱い。この弱さが憎い。憎悪が、そう言っている。
「父上のように強くなるんだ、強く」
 レンが立ち上がる。俺が打ち込んだ所は赤く腫れ上がっていて、それは身体中にあった。毎日、こんな稽古をやっているのだ。さすがの俺もどうかとは思ったが、止める事はしなかった。レン自身が望んでいるのだ。そして、レンは一人の男だった。八歳と言えども、一人の男なのだ。
「来い」
 レンが打ちかかって来る。棒を出す瞬間、腰が回っていなかった。下半身を使っていない証拠だ。上半身だけの打ち込みなど、実戦では武器を撥ね飛ばされるだけだ。そして、武器の次は首である。
 俺はレンの棒を虚空へと弾き飛ばし、腹に竹を叩き込んだ。レンがうずくまる。
「武器を無くすな。武器を無くしたら、その時点で死だ。これは騎乗でも同じだぞ。戦場だったら、お前は身体ごと真っ二つだ」
「強く、なりたい」
「何故、武器を撥ね飛ばされたのか考えろ。何故、腹を打たれたのか考えろ。そして、どうすれば良いかを考えろ。今のお前には、そうできる時間がある。戦場では、一秒ごとが命のやり取りだ。だから、そんな事を考えている暇はない」
 これ以上は、何も言わなかった。レン自身が行き着かなければならない答えなのだ。多くを語れば、それはレンを惑わすだけだ。
 レンは呻きながら、小さな身体を震わせていた。これ以上続けるのは、今日はもう無理だろう。
「今日の稽古は終わりだ」
 俺がそう言うと、すぐにクリスが駆けつけてきた。
「大丈夫か、レン」
「兄上、僕は強くなりたい。強く」
「なれる。だから焦るな」
 レンは涙を流しながら、鼻をすすっていた。そのままゆっくりと、木の棒まで這っていく。
「ロアーヌさん、レンはまだ八歳の子供です」
 クリスが俺の側に来て、小声で言った。
「関係無い。それに、レンが望んでいる事だ」
「しかし」
 これ以上は取り合わなかった。クリスの言い分も理解できる。だが、それはレンを傷つける事になるだろう。子供だからと言って手を抜けば、それはすぐに分かるのだ。これぐらいの事が理解できる程度には、レンはすでになっている。
 俺はタイクーンに跨り、調練場を出た。あとのフォローはクリスに任せる。俺がやれば、変な事になるからだ。
 調練場を出た俺は、そのまま軍議室へ向かった。
 戦が始まろうとしていた。まだ準備段階の域を出ていないが、コモン関所攻略戦である。すなわち、あのサウスと再び干戈を交える時が近付いているのだ。あの男には、因縁がある。そして、俺が勝たなければならない人間の一人だった。
 軍議室の中では、それぞれの面々がすでに席についていた。バロンも居る。
「クリスはどうした、ロアーヌ?」
 ランスが言った。この男も、出会った頃に比べるといくらか老けた。髪の毛には、白いものが混じっている。
「レンの世話です」
「おいおい、親父が真っ先に来てどうすんだよ」
 シーザーが言った。このシーザーも今では親である。娘と息子が一人ずつ居て、娘は絵に描いたようなお転婆であり、息子は親に似てかなりの乱暴者らしい。この息子とレンは友人らしいが、あの真面目なレンと気が合うのかは甚だ疑問だった。
「そう言うな、シーザー。稽古の後か、ロアーヌ?」
「はい」
「なるほど。お前の愛情は真っ直ぐすぎる所があるからな。稽古後は、兄と慕われているクリスに任せる方が賢明だ」
 ランスのこの言葉を聞いて、俺はただ頷いた。バロンが微かに口元を緩めている。
「レンはまだ八歳だろ? よく稽古をつける気になったな」
「シーザー、お前の息子のニールも一緒につけてもらったらどうだ」
「いや、その必要はねぇよ、ランスさん。ニールは喧嘩で強くなるからな」
 シーザーがそう言うと、みんなが笑い始めた。
「? 何がおかしいんだ?」
「鳥頭の息子は、やはり鳥頭だという事だ」
 ルイスのこの言葉に、シーザーが怒鳴り声をあげた。

       

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