Neetel Inside 文芸新都
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剣と槍。抱くは大志
第十五章 天下兆候

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 偉く高飛車な小僧だった。大将軍の末っ子である。大将軍自身から息子の初陣を頼む、と言われて、どんな御子息なのかと思っていたら、ただのクソ生意気なガキだったのだ。失望というより、驚きだった。このガキが、あの荘厳な大将軍の血を引いているとは、とてもじゃないが思えない。
 確かに自分で言うように、ハルトレインの武芸の腕は卓越していた。コモンにやってきての最初の一言は、自分より強い奴が居るか確認したい、だった。そして、腕に覚えのある兵を一瞬で片付けてしまったのだ。ならば戦は、と模擬戦をやらせてみたが、これも卓越していた。
 だが、ガキだった。俺から言わせれば、このハルトレインは教科書をよく読んだ優等生である。武芸に関しては、実戦では使えないような技をこれみよがしに使いたがるし、戦でも教科書通りの事しか出来ないのだ。つまり、お勉強だけが出来るお坊ちゃんという事だ。
 このお坊ちゃんを卒業させるために、レオンハルトは息子をコモンに寄越したのだろう。今、コモンは全国の中で最も戦の臭気を漂わせている場所である。いつ、メッサーナが攻め込んで来てもおかしくないのだ。
 前回のコモン戦は、俺の負けだった。兵のぶつかり合いでは勝ったが、戦には負けたのだ。兵糧を焼かれたのである。シグナスの副官のウィルとかいう男が、決死隊を率いて兵糧庫を燃やし尽くした。このせいで、俺は軍を退かざるを得なくなってしまったのだ。あれがなければ、ピドナは落とせていた。あの時、俺はすでにピドナを攻囲中であったし、攻城兵器も輸送させていたのだ。
 今回は勝つ。コモンの唯一の弱点である兵糧庫も、フランツがあれこれと動き回っている間に俺は改良を加え、火に強くした。全体を石壁で覆うようにしたのだ。兵糧庫自体も拡張し、前回よりもずっと潤沢に兵糧を蓄える事も出来るようになっている。
 兵力は合計で七万である。前回は六万で、内四万でメッサーナを打ち破った。大軍を率いるのは好きではなかったが、仕方がない事でもあった。もはや、メッサーナは天下を二分する内の一つの勢力なのだ。さらに国と違い、異民族の脅威も少ない。コモンに向けてくる兵力は、五万を軽く超えるだろう。
「おい、ウィンセ、このタイミングで帰るのか」
 フランツからの書簡を見て、俺はウィンセに言った。
 ウィンセとは、フランツ子飼いの男である。フランツからの書簡には、このウィンセを都に戻す、とあった。もう軍事については十分に経験を積ませたから、今度は政治の経験を積ませたいらしい。
「フランツ様の命令です。軍事については、レオンハルト大将軍にお任せするとの事ですから」
 相変わらず、涼しい顔である。最初の内は、これにイラつく事もあったが、今ではもう慣れたものだった。俺はこの男と共に、数年の間、コモンを守り通してきたのだ。
「それは分かるが、お前が副官でなくなるのは惜しいな。フランツなど捨てて、俺の下に来い。いずれ、将軍にもなれるぞ」
「御冗談を。私はサウス将軍ほど、優れた軍才は持っていません。どなたかの副官が、せいぜいと言った所でしょう」
「政治なら、力を発揮できるか?」
「フランツ様が、私に目をかけてくれています。そして私は、裏で国の歴史を守りたいのです」
 ウィンセは、裏と言った。つまり、もう政治家が表舞台に立つ時代ではなくなったのだ。ウィンセは、これをよく理解している。俺はそんなウィンセの発言に、好感を持った。
「明日、ここを出立します。最後にメッサーナ軍と干戈を交えたかった、というのが本音でしたが」
「フランツは戦には出したがらんだろう。命の危険が絶えずある。まぁ、せいぜい達者でいる事だ」
「サウス将軍も。子供の世話が大変でしょうが」
 言われて、俺は舌打ちした。ハルトレインは生意気すぎるのだ。
 翌朝、ウィンセは都へと出立した。
「サウス将軍、私の軍の兵力が五千とは、どういう事だ」
 部屋に入ってくるなり、ハルトレインがいきなり言ってきた。
「何か不満か?」
「私はレオンハルト大将軍の息子だ。その息子が五千の兵力だと」
「口の利き方に気を付けろ、ハルトレイン。俺はこのコモンの統治者だ。お前は、ただの大隊長だぞ」
「大隊長である前に、私はレオンハルトの息子だ」
「口の利き方に気を付けろ、と言ったはずだ。それに、兵力は軍議で決まった事だ」
「私は軍議に参加していない」
「参加する必要がないと俺が判断した」
 俺がそう言うと、ハルトレインが殺気を飛ばしてきた。俺はそれを受け流し、無言で睨み返す。
 大隊長で五千の兵力というのは、異例な事だった。それも、将軍と同等の指揮権まで与えてあるのだ。つまり、将軍の下につくわけではなく、大隊長という名の特別枠を設けたのである。それでも、ハルトレインは納得しなかったという事だ。
 ハルトレインの考え方は幼すぎる。軍は兵力ではなく、指揮と質だ。現にロアーヌのスズメバチは僅か千五百の兵力であるのにも関わらず、その実は十倍、二十倍の兵力に相当する強さだ。これはロアーヌの指揮と、スズメバチ隊の強さから生み出されている。
 それに、指揮官には種類があるのだ。ロアーヌは少数精鋭の指揮は上手いが、大軍となれば駄目だろう。そして、バロンはその逆である。これは指揮官の視野の広さや視点の違い、要点の見極め方などによって左右されるが、その多くは実戦を経験しなければ分からないものばかりである。
「まずは実戦だ、ハルトレイン」
 ハルトレインの目を睨みつけたまま、俺は静かに言った。
「戦を経験してみろ。今のお前は、女を知らないのに女はクソだ、と言っている輩と同じだ」
 俺がそう言うと、ハルトレインの顔が紅潮した。
「なんだ、図星だったのか。てことは、童貞だな。何なら、俺の女をくれてやろうか? 今のお前にとっては、少々年増だがな」
「ひ、必要ありません。馬鹿にしないで頂きたいっ」
 急に敬語になったハルトレインを、俺はもう少しからかおうと思った。

       

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