Neetel Inside 文芸新都
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「レオンハルト大将軍、メッサーナがコモンに攻め込んで参りました」
 フランツが静かに言った。今回のコモン戦は、まさに天下分け目の戦だが、この男は落ち着いている。こういう所は、やはり国の宰相と言うに相応しかった。
「内政は着実に整い始めています。ここに来てようやく、私の政治も周囲に理解され始めました。おかげで、やりやすくなりましたよ」
 決戦が間近に迫っている。これにより、私腹を肥やそうとする者が減って来た。国家の存亡がかかっているのだ。国が消えてなくなれば、それまで築きあげた財産は無意味と化す。だから、一時的ではあるにしろ、国は一つにまとまりつつあった。
 これは、民ですらも同様だった。つまり、民はメッサーナではなく、国に味方をしようとしているのだ。フランツは長期に渡って善良な政治を行った。だから、民も国を信じてみよう、という気になったのだ。仮に国が腐ったままであったなら、民は一人残らずメッサーナに味方しただろう。そして、民が敵に回ったら、国は潰れるしかなかった。
「問題は、コモンですな」
「うむ」
 儂は、短く返事だけをした。
 コモンにはサウスが駐屯している。あの男の戦ぶりは儂も認めているが、今回のメッサーナ軍を蹴散らせるかどうかは、微妙な所だろう。今のメッサーナは強すぎる。シグナスが居ないだけマシではあるが、それを差し引いても強すぎるのだ。
 コモンにはハルトレインもやっていた。そして、この戦が初陣である。天下を争う戦が初陣というのは荷が重いだろうが、儂の息子だった。ここで命を落とすような育て方はしていないし、少なからず何かを学んで帰って来るだろう。
「大将軍が、コモンを守る、という事は出来ませんでしたか?」
 不意に、フランツが言った。サウスではなく、儂がコモンで戦うべきではないのか。フランツは、そう言っている。
「その選択肢もあった。だが、気勢はあちらにある」
 言ってみただけで、深い意味は無かった。
 要は、儂は楽しみたいのだ。コモンを奪った後のメッサーナの方が、今よりも脂が乗っている。まさに天下最強の軍と言える強さに昇華するだろう。儂は、これと戦いたかった。コモンを奪う前のメッサーナは、今一つ魅力が足りない。容易くとはいかないだろうが、蹴散らす事はできる、と言い切れるのだ。
 だが、コモンを奪った後では分からない。これは流れだ。気勢を十分に身にまとい、運ですらも味方につける。コモンを奪った後のメッサーナは、ここまで昇華するはずだ。
「コモンは、落ちますか」
「戦は時の運。結果は分からん。だが、儂は落ちると思っている。これは、時代がそうさせる」
 すでにサウスは、メッサーナ軍とぶつかり合っているだろう。苦戦の様子が、ハッキリと頭の中で描ける。
 ハルトレイン、強くなって、大きくなって戻って来い。そして、共に戦場を駆けようではないか。儂は、心の中でそう呟いていた。


 強い。本当に強い。メッサーナは、まさに天下を争う軍だ。兵、馬、指揮、いや、軍の質が磨き上げられている。シグナスが生きていた頃よりも、数段強くなっている。それも、憎らしい程にだ。
「若僧どもがぁっ」
 馬上で、自らの腿を叩いた。腿の上で、握りこぶしが震えている。
 バロンが総指揮官だった。一万の弓騎兵を巧みに奔らせ、約五万の歩兵を上手く動かしている。さらにロアーヌのスズメバチと連携し、俺の軍をグチャグチャにしてくるのだ。あのスズメバチは、もはや魔物だ。あれが駆け抜けた後、そこには死体しか残らない。その魔物の往く道を、弓騎兵が作っている。さらにそれを歩兵が広げ、騎馬隊が踏み越えて行く。
「騎馬隊を五千ずつの二隊に分けろっ。弓騎兵を封じんか、間抜けがぁっ」
 怒鳴り声をあげるも、弓騎兵は速い。騎馬隊が挟撃に持ち込もうとするが、間隙を突いて駆け抜けていく。
 怒りで頭がどうにかなりそうだった。全てがもどかしい。若い頃であれば、俺自身が前線に出られた。そして、あの弓騎兵など、どうにでも出来た。だが、もう俺は老いた。最前線で無理が出来る程、若くはないのだ。
 苦渋の決断で、一万五千の歩兵を弓騎兵の前面に回した。メッサーナ軍の歩兵がその分だけ自由になるが、あのうるさい蝿をどうにかしなければ、勝ちはない。
 騎馬隊が再び弓騎兵に挟撃を仕掛ける。三方面からの囲い込み。合計二万五千で、一万の弓騎兵に対する。考えてみれば、滑稽な事だ。だが、それだけ手強いのだ。
 その瞬間、右の方から兵達の悲鳴が聞こえた。
「将軍、右翼から虎縞模様です、スズメバチですっ」
 情けない声を出すな。思ったが、口には出さなかった。その名だけで恐慌状態に陥らせる。ロアーヌのスズメバチは、ここまで成長したのだ。
「おのれ」
 唸りながら、馬腹を蹴った。本陣の前面まで出るのだ。こんな後方では、俺はまともな指揮は取れない。それに、最前線でなければ、俺もまだ戦えるはずだ。
 横目で弓騎兵の方へと目をやった。何とか、動きを封じ込めている。だが、シーザーの騎馬隊がこちらに向けて駆けてきた。一万の騎馬隊である。本陣を突き崩そうと言うのだろう。猪武者めが。本陣の兵力は、四万だ。突き崩せると思っているのか。
 暴れ飽きたスズメバチが、弓騎兵の方へと駆けていった。右翼は散々に食い散らかされ、ズタボロにされている。それを見て、俺は舌打ちした。あの魔物だけは、別格だ。
 シーザーの騎馬隊が、近付いてきた。さらにその後ろには、槍兵と戟兵が居る。
 確実に追い込まれつつある。だが、俺は南方の雄だ。どれだけ追い込まれようと、活路を見出す。俺は、そうやって勝ち続けてきた。
「まずは、シーザーを止める。騎馬隊は陣を組めっ。正面からぶつかるぞっ」
 右手を上げ、振り下ろす。
「突撃、怯むなぁっ」
 一万の騎馬隊が、地鳴りをあげて駆け抜ける。
「次いで、歩兵だ。駆け抜けてきたシーザー軍を刈り取れっ」
 騎馬隊とシーザーがぶつかり合った。押し合いは長くは続かず、互いに馳せ違う。獅子軍の旗が、敵中を突き抜けた。
 思ったより、抜けてくる敵の数が多い。まず、これを思った。シーザーの騎馬隊も、質が各段に上がっている。だが、三万の歩兵ならば、受け切れる。
 そう思った瞬間だった。
「我はレオンハルトの血を受け継ぐは末子、ハルトレインっ」
 若い声が戦場に響くと同時に、五千の騎馬隊がシーザーの横っ腹を衝いた。そのまま駆け抜け、後ろの歩兵も踏み潰す。
 慌てて、メッサーナ軍の槍兵が針鼠の陣形を取った。だが、ハルトレインはそこには突っ込まなかった。一直線に、スズメバチの方へと駆けて行く。
「あの小僧」
 やはり、大将軍の息子なのか。絶妙な機で、脇から割って入ってきたのだ。だが、今はそんな事はどうでも良い。
「反撃の機だ、押し込めぇっ」
 本陣が前進する。弓騎兵が居なければ、十分に戦える。

       

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